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【第1部完結】災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第1部 序章『ヴィクター・ヴァルプルギスはその昔、有名な魔法使いだった』
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第2話 優雅なティータイムは硝煙の匂いと共に

 きっとヴィクター達のその行動は、強盗団からしてみればふざけていると思われて当然だったのだろう。

 なにせここにいるのはステッキを片手におかしな言動をする魔法使いの男と、その後ろで椅子に座りティータイムを楽しむよう強要されている女。しかしここはオシャレなカフェでも自宅のリビングでもない道のど真ん中で、二人を囲むのは観葉植物なんかではなく金品を奪い取ろうと企む強盗団。まともに見えるはずがない。



「なんだアイツら……この状況で遊んでるのか……?」



 ポツリと呟く男を筆頭に、どよめく強盗団。しかしこの不可思議な状況を作り上げたヴィクター本人だけは、既に次の行動に移ろうとしていた。

 なにせ決着は早くつけねばならない。まだ小寒い春の風に吹かれ、こうしている間にもポットの中のダージリンは少しずつ冷えてしまっているのだ。どうせ飲むのなら、温かいうちに楽しみたいというのが人間心理というものだろう。



「おや、どうしたのかね。もしやキミ達もティータイムにしたいとでも? 残念だが、ワタシのポットはワタシとクラリス専用だ。ほら。キミ達はあっちの海水でも飲んで喉を潤わせてくるといい」


「う、うるせぇ! こんな戯言(ざれごと)だらけの魔法使い、やっちまうぞ、テメェらァ!」



 そう一人が指示を出すのと同時に、強盗団は奇声に近い雄叫びを上げて次々にヴィクターとクラリスに向けて駆け出した。

 彼らの得物は短剣とも言える長さのナイフに、メリケンサックや鉤爪(かぎづめ)といった物までそれは様々だ。そう、近距離で戦うための武器が、それはもう様々と。


 ――見たところ、あの中に魔法使いはいないみたいだね。いるのは普通の人間だけ……それも強盗団の中でも下っ端のみ、か。()()()()な。今回は少し脅して帰ってもらうとしよう。


 ヴィクターがそう考えている間にも、先陣を切って鉤爪を付けた男が彼に向けて飛び掛かってきた――が。



「すまないが、あまり近づかれてはカップに砂埃が入る。ホコリを立てぬよう修行を積んでから出直してきたまえ」



 パチリと指を弾く音が響くと同時に、ヴィクターとクラリスの周りで起きた同心円状の爆発が男の体を吹き飛ばす。三度に分かれて生み出された衝撃波は、鉤爪の男以外にも何人もの男達を巻き込んで彼らを吹き飛ばした。

 しかし幸運にもその爆発に遭わずに済んだ一人の男が、煙の中を突き抜けてヴィクターへ鈍色の刃を向けて躍りかかってきた。



「おっと! やっぱり雑にやっちゃあ少し逃がしたか」



 わざとらしくヴィクターが笑う。

 彼の声に重なるように聞こえたのは、硬い金属音。とっさにステッキで刃を受け止めた先――血走った目を彼に向けていたのは、他の強盗に指示を出していたあの男だった。



「さっきからごちゃごちゃと……よく喋る魔法使いだな。この人数相手に勝てるだなんて、本当に思ってるのか?」


「勝てるかだなんて……愚問とはまさにこのことだね。たったの二十人ちょいだろう? むしろ少なすぎて、準備運動にしても物足りないくらいだ」



 ヴィクターはそう言うやいなや、長い足を活かして男の腹を蹴りつけ距離を取る。すかさず相手のみぞおちにステッキの宝飾を押し付けると、彼の瞳孔がわずかに開いた。

 服越し、ほんのりと暖かい熱が男の腹に広がる。それを皮切りにパチパチと次第に音と速度を上げて、苺水晶(ストロベリークォーツ)の周りで静電気が走りだした。そして――



「たかが強盗ごときが、あまり魔法使い(ワタシ)を舐めるなよ。喧嘩を売るのなら、まずは相手のことをよく見てから考えたまえ」


「ッ――!?」



 熱い。焼けた石を押し付けられたかのように、皮膚が溶けるような感覚。急激に温度を上げていく宝飾に、男の目が見開かれる。

 嗚呼、こうして有利と思い込んでいた相手を一方的に蹂躙(じゅうりん)するのは、いつの時代も気持ちが良いものだ。

 溢れる熱に当てられたヴィクターは無意識に口角を上げては、先程クラリスに向けたものとは真逆。映画スクリーンに踊る悪役スターのように、隠されていた犬歯を剥き出しにした笑みを浮かべた。



「――BANG!」



 瞬間、目が眩むほどの閃光がヴィクターと男の間で引き起こされた。爆風が男の体を弾き飛ばし、弧を描いて何十メートルも先の海にまで飛ばされていく。

 ぽちゃん。間抜けな着地音に、その光景を見ていたのは先の爆発で地面に散らかっていた他の強盗団だ。さすがに実力差を思い知ったのだろう。彼らは自分達に指示を出していたあの男が飛ばされたことが分かると、一人また一人とみるみるうちに顔が青ざめていき――やがて、全員揃って脱兎のごとく砂浜がある方角へと逃げ出していった。

 その様子を見ていたのは、ヴィクターと――彼の後ろで椅子に座ったままチョコチップクッキーを齧るクラリスだ。


 ――なんだか映画を見ているみたいな感じで終わっちゃった。私達が旅に出て半年……こうやって魔獣とか暴漢に襲われることもたまにあるけれど。いまだに魔法使い(ヴィクター)の戦い方って、現実味が無く見えちゃうのよね……


 昔は爆発の度に悲鳴をあげていたが、近頃は少し慣れてきたものだ。

 彼女は最後の一口を食べ終えると、硝煙漂うステッキを片手に、強盗団の逃げた方向を見つめているヴィクターの背に向けて声を掛けた。



「ヴィクター、おつかれさま。やっぱりアナタって強いのね。あっという間に強盗達を追い払っちゃ――わっ!?」



 クラリスの口からつい驚いた声が飛び出す。それもそうだろう。彼女に呼ばれたヴィクターが、季節外れに分厚いコートを翻して向かいの椅子に飛び込んできたのだ。

 その衝撃に、とっさに彼女は揺れるテーブルと回るカップを両手で押さえる。幸いにもカップの中の紅茶は無事だ。


 一方揺れの元凶であるヴィクターはといえば、無駄に長い脚を上手に組んだかと思えば、ようやく定位置に落ち着いたテーブルに両肘をついてクラリスを見上げた。

 その紅梅色(こうばいいろ)の瞳は先程までとは打って変わって、キラキラとただ真っ直ぐに彼女のことを見つめている。



「ねぇ、クラリス。どうだった?」


「どうって……なにがよ」


「ちゃあんと約束を守って追い払ったよ。偉い?」



 ヴィクターはこてんと首を傾げてそう問いかけた。

 いくら顔が良くとも、デカい男にこうも可愛こぶられるのはなかなかにくるものがある。もちろん、悪い意味でである。



「はいはい。五十点ってところかしら」


「それは……あまりにも低くないかい。だって、約束通りに殺しもしなかったし、魔力も調整したから大怪我もさせなかっただろう。……多分」


「そんなの当たり前。さっきは楽しくなっちゃって、問答無用で爆発させてたでしょ。飛んでった先であの人が岩に頭をぶつけてたりしたらどうするの? こんなに強いアナタなら、もう少し穏やかな解決もできたんじゃないかしら」


「……」



 しゅんとした顔をされても、困るのはクラリスの方である。

 今の会話の通り、この男と世間の常識とでは基準が違いすぎるのだ。いくら自分を守るためだったとはいえど、そんな基準で毎度褒めていたらキリがない。


 ――これでも旅を始めた頃に比べたら、ところ構わず爆発させなくなっただけマシだけれど……。この顔であの態度だから、下手すると妙な因縁をつけられちゃうのよね。かといって……


 クラリスがヴィクターの顔色をうかがうと、彼はまだしょぼくれたままであった。

 心なしか、全体的に髪がペシャンとしている気がする。これが犬だったら、先程まではちぎれんばかりに振っていた尻尾は今や静かに垂れ下がっていたことだろう。


 ――まぁ、ヴィクターも私のためを思って追い払ってくれたんだし。ここで小言を言うのも違うよね。


 その想いは本当に嬉しいし、もちろん感謝だってしている。その気持ちを伝えるためにクラリスはこほんとひとつ、咳払いをした。



「そんなに落ち込まないで。それはそれ、これはこれで感謝してるんだから。……ありがとう、ヴィクター。すこーしだけ、かっこよかったわよ」


「……本当に?」


「す、少しよ? 町行く人がアナタの顔を見て賞賛する程度の、全然取るに足らないくらいの――」


「HAHA! いいや、いいんだ。いいんだワタシの可愛いクラリス! 嗚呼、このワタシがまさか、キミからの賛辞をうっかり聞き逃そうとしていただなんて。しかし、いやぁ……うん。今日は良い日だね。そうだ、先日立ち寄った村で珍しい茶葉を買ったんだった。二杯目はフレーバーを変えて楽しもうじゃあないか!」



 コロッと一転、再び晴れやかな笑顔に戻ったヴィクターがそう言った途端に、彼の背後――ちょうど肩から頭の少し上に向けて、パチパチと音を立てて小さな()()が打ち上がった。

 この昼間に、拳ほどの大きさをした花火が、である。


 ――失敗した。やっぱり迂闊に褒めるんじゃなかった……


 クラリスが心の中でそう後悔の言葉を述べている間にも、ポコポコと花火はヴィクターの背後で咲き続ける。

 挙句の果てに彼は杖先でテーブルを軽く叩くと、どこからともなく色違いの黒色のティーポットを呼び出した。

 くるり、くるり。ポットはヴィクターの手を借りずともひとりでに空中で紅茶を淹れはじめ、鼻歌交じりにご機嫌な彼の周りを回り続けている。


 ヴィクターの機嫌が良い時――特にクラリス関連で良いことがあった時。この馬鹿げた体質の花火は彼の意識とは関係なく打ち上げられ、それに連なる一連の行動はいつもクラリスを悩ませる。単純に目立つのだ。

 後ろからやって来た一台の車が、そんなヴィクターとクラリスを見てはクラクションを鳴らして通り過ぎていく。こんな道のど真ん中で場違いな花火と邪魔なガーデンテーブルを広げている人間なんて見れば、きっと誰だって同じようにするだろう。



「……ヴィクター。一杯だけよ。一杯飲んだら行くからね」


「はぁい」



 この腑抜け顔にも慣れたものだ。

 なにせ旅自体は半年でも、目の前の魔法使いとはもう二年近くになる付き合いなのだ。慣れてしまわなければ、とんだ奇行のオンパレードにそれこそ胃に穴が空いてしまう。


 ――さっきの爆発……町で変な噂とかになってなければいいんだけれど。


 今月何度目かも分からない懸念に頭を悩ませ、クラリスは新しく淹れられた紅茶に口をつけるのだった。

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