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災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第1部 第1章『チープな英雄劇に立役者は二人いる』
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第15話 飛んで、飛び込んで、キャッチして!

 クラリスが、目の間を通り過ぎていった。ジェットコースターのように彼女が闇の中へ消えてしまった後も、ヴィクターはただその場で呆然とすることしかできなかった。

 もちろんしっかり掴むことができなかった自分にも落ち度はある。だが、どうして彼女はあんなにも高くまで飛んでいってしまったのか。それは乗る時に強く踏み込むなり、ジャンプして飛び乗るなりでもしたのだろう。あんなにも物体を跳ね返す力が、あのキノコにはあると分かっていたのに。


 ――計算上では、ちょうどこの辺りで勢いが収まるはずだったのだが……さて。どこかで着地するか引っ掛かるかなんてしていないかぎりは、そろそろ落ちてくる頃だと思うけれど……



「……ん。来たね」



 ヴィクターがそんなことを考えている間に、暗闇の中をなにかが降ってきた。間違いない。クラリス本人である。



「――いやああ! たすけてヴィクター! おちちゃう、おちちゃうよぉ!」


「まったくキミという人間は……こういうおっちょこちょいはワタシの前だけにしたまえよ……!」



 ヴィクターがステッキの苺水晶(ストロベリークォーツ)を前方に向けて、くるりと円を描く。すると橙色の花火に包まれ二人の前に現れたのは、この穴を塞ぐほどに巨大なプロペラであった。

 くるくるとステッキを回すと、それに応じてぐるぐると回転しはじめるプロペラ。ぐるぐる、ぐるぐると回るにつれてその勢いは増していき、やがて――その回転の先に上昇する突風を吹き上げた。



「ちょっと、その大きいのはなに――わぁぁ!」



 瞬く間に発生した突風がクラリスの全身を押し上げ、バランスの取れない彼女は空中でどうにか両腕を広げることで一身に風を受け止める。そのおかげだろうか。目に見えて落下速度が緩やかになり、ようやくクラリスの思考の端にわずかな余裕が生まれた。

 周りは土壁ばかりで掴めるような場所は無い。もちろん足場すらである。仮にあるとすれば、それはこの旋風(つむじかぜ)の外にいるヴィクターの元のみで――そこに立つ彼は、彼女と同じように両腕を広げてなにかを叫んでいた。



「クラリス、そのまま壁を蹴ってこっちに飛んで! 絶対に受け止めるから!」


「し、信じていいのね!? それじゃあ……遠慮なくいくわよ!」



 ヴィクターができると言うのなら、クラリスはその言葉を信じて応えるしかない。

 穴自体はそれほど大きくないのだ。頑張って足を壁まで伸ばして、少しでも体を地面と平行にすれば――足先が届いた。力は満足に込められやしなかったが、不思議と彼女はヴィクターの元まで飛べるはずだと確信していた。



「とりゃあ!」



 クラリスが思い切り壁を蹴りつける。広げていた腕を前に伸ばし、指先が旋風の外へと突き抜ける。頭が出ると詰まっていた息が楽になり、体が飛び出せば重力が彼女をヴィクターの元へと導いた。



「ヴィクター! お願い!」


「ふふん、任せたまえ。キミ一人くらい、華麗にキャッチしてみせ――ぶっ」



 クラリスを受け止めたヴィクターからは、彼の綺麗な顔には似合わない異音が発せられた。

 華麗にキャッチしてみせると言った手前、無様な受け止め方はしなかったものの――上から一人の人間が落ちてきているのだ。いくら風で勢いを殺そうが、実は自信がなくてこっそり筋力を強化する魔法を使おうが、その質量を受け止めるのは簡単なことではない。つまり彼は、受け止めたクラリスもろともそのまま後ろに倒れてしまったのだ。



「うっ……ありがとう、ヴィクター……アナタは命の恩人よ……」


「……」


「ヴィクター?」


「……クラリス。そこ、よけて……」


「えっ? ――あっ、ごめん! 重かったよね。今避けるから」



 どちらも怪我なく無事だったことは、まさに奇跡だったといえよう。

 役目を終えたプロペラは淡い光の粒となり、空気中を溶けて消えていく。ここまでが怒涛(どとう)のイベントの連続すぎて、こうして誰かと触れ合っていることの安心感にクラリスの肩の力がわずかに抜けた。


 ――ヴィクターには迷惑かけちゃったな。次からは気をつけないと。


 クラリスがヴィクターの腹から退いて立ち上がる。しかし――それでも彼は身動きひとつもせずに、両手で顔を覆って黙ったままだった。



「ヴィクター、どうしたの? もしかして今のでどこか痛めちゃったとか……?」


「ううん……違う。違うんだ。どこも痛くないし、キミは羽根のように軽かったから。なにも気にしないで……」



 ヴィクターは小さく首を振ると、サッと起き上がって乱れた襟元を正した。薄らと赤くなった耳元は、このわずかな光量の下では暗くて誰にもバレやしない。

 立ち上がって彼女の隣に並んだ頃には、彼はいつものヴィクターへと戻っていた。



「待たせたね、クラリス。……それじゃあ行こうか。ここから先はどこから魔獣が飛び出てきてもおかしくない。くれぐれも行動には気をつけて」


「分かった」



 ここはもう既に敵陣の中心地。覚悟を決めた様子でクラリスが通路の奥に目を向ける。――一方でヴィクターが視線を落としたのは、自身の両手だ。


 ――クラリスの重み……


 この場でこんな感情を抱くなんて、クラリスに怒られてしまうかもしれないが――正直に白状すれば、すごくいい匂いがした。なんとか声で誤魔化したものの、まだまだ心臓は鳴り止まない。それこそヴィクターの後ろで遅れて上がっている、照れと嬉しさの入り交じった小さな花火が見られていなくて本当によかったと思えるほどである。

 彼は一瞬、抑えきれずにもにょりと口の端を上げたものの――そこはさすがのポーカーフェイス。すぐに取り繕っては、先導するために彼女の前を歩きはじめた。



「他の部屋に繋がってそうな通路がたくさんあるのね……。村の人達の手がかりが見つかればいいんだけれど」


「そうだね。部屋ごとに識別できるプレートでもあればいいが……まぁ、見た目は人間に寄せていても、アレらもそこまでする知能は持ち合わせてないだろう。食料庫ならば入り組んだ場所にも造らないだろうしね」


「ヴィクター、その食料庫って決めつけるのはやめて。縁起でもないから」


「Um……そうかね。牢屋がある方が不自然だとワタシは思うけれど――」



 するとそんな会話の途中、ヴィクターの足がピタリと止まった。この細道に聞こえるのは、自分とクラリスが地面を踏みしめる音。それに混ざって、前方から微かに羽音が聞こえてきたのだ。



「クラリス、いったんそこの陰に隠れよう。蜂人間が来てる」



 素早く光源(キノコ)の少ない暗がりを選び、クラリスは息を殺し、ヴィクターは外に注意を向けたまま身を潜める。

 数秒後、彼が言った通り二人の近くを一体の蜂人間が通り過ぎていった。魔獣は二人のいる通路の、またその隣へと入っていったらしい。壁の向こうで地面に降り立ったのか、ドシドシと重量感のある足音が聞こえてくる。



「……アレが戻ってくる前に、急いで先に進もうか。他にもまだいると思うから、少しでも気配を感じたら教えてくれないかね」


「うん。ヴィクターの後ろは任せて」



 念のため外を確認する。付近に蜂人間がいないことを確認したヴィクターは、クラリスに合図を出して横道を抜け出した。


 ――どうか、このまま誰にも見つからないで終わりますように……!


 思わずクラリスは胸の前で両手を組んで、たいして信仰もしていない神とやらに向けてそう祈りを捧げた。

 今はとにかくまっすぐ前に向かって。いつどこから聞こえるかも分からない羽音に耳をすませながら、クラリス達は巨大な巣の中を歩き続けた。

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