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災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第2部 序章『ハロー、世界の中心』
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第141話 『純』な紅茶に蜂蜜シロップを混ぜて、混ぜて

 思いもしていなかったたった三文字の言葉に、その場の全員の注目がアレクシスへと集まる。いくら期待していた言葉だからといって、心の準備もできないままに聞かされては理解するにも時間がかかるというものである。珍しく状況の飲み込めないエルマーが首を傾げてしまうのも無理はなかった。



「えっと……ごめん、アレクシス。なんだって?」


「だから、その二人を正式に魔法局へ迎え入れてもいいと言っているんだ。その代わり、責任と面倒は貴様が見ろよ。ウィークエンド」



 まるで子供が犬でも拾ってきたかのような言いようである。苦言を(てい)するかと思われていたアレクシスの口から飛び出たのは、やけにあっさりとした肯定の言葉だった。

 これにはエルマーも驚いたのか、ぽかんと呆気に取られた表情で瞬きを繰り返している。彼は一度クラリスと目を合わせると、それから動揺を隠さないままアレクシスへと向き直った。



「ああ、うん……ありがとう。でも本当にいいの? こんなにあっさり承諾しちゃって。もっと信頼できる証拠を出せとか、裏切られた時のリスクが……とか、契約だのなんだのについて話し合ったりしなくてさ」


「構わん。貴様の言動は昔からいけ好かないこともあるが、人を見る目だけにおいては誰よりも信用している。その貴様が問題ないと踏んだのなら、俺から口を出すことはなにも無いだろうよ。だが……」



 しかしアレクシスはそこまで言うと、顎に手を添えたまま考え込むように視線をデスクへと落とした。彼の鋭い三白眼がヴィクターへ向けられたのは、それからたっぷり十秒以上の間を置いた後のことである。



「ひとつだけ気になることがあるとすれば、その時間を操る魔法というやつだ。いくらウィークエンドの目を信用しているとはいえ、さっきの話のようにまたこの男が暴走した場合、サントルヴィル(中央大都市)どころか世界を巻き込むほどの脅威になりかねない。――ヴァルプルギス。今からここで、その時間を操る魔法とやらを俺に見せてみろ」



 そうアレクシスが言うと、目に見えてヴィクターの纏う空気がピリリと鋭い冷気に包まれた。

 魔法局に来てからのヴィクターは柄にもなく緊張していると口にしていたが、それがアレクシスと出会ってからは一転。まるで彼を敵視するかのような目つきに変わっていたことに、クラリスは気がついていた。


 ――なんだろう、この感じ……。なんだか初めてサラに出会った時と同じで、ヴィクターが突然不機嫌になっちゃったみたい。魔法局に因縁があるっていうのは今更だし……。二人は遠い親戚だって言ってたから、もしかしたらサラと同じなにかを感じ取ったりしたのかな……


 今までの言動を考えても、ヴィクターがアレクシスと面識があるとはとても考えにくい。見た目も性格も正反対のサラとアレクシスに唯一、血筋以外の共通点があるとすれば――それは、その鮮やかな髪と瞳の色。目にも眩しい金髪と、宝石のような『エメラルドグリーン(翠玉色)』の瞳だけだった。



「なに。ワタシに命令するというのかね。嫌だよ。アレは少し使っただけでも大幅に疲れるんだ。興味本位で見たいと言っているのなら、丁重にお断りさせて――」


「ヴィクター、今回はそこをなんとかお願いできないかな。それでアレクシスさんが納得してくれれば、魔法局からアナタの存在が認められることになる。私達、胸を張ってサントルヴィルを歩くことができるようになるんだよ」



 そうクラリスが下手(したて)に出れば、ヴィクターの研がれた牙がわずかに身を潜めた。ついつい感情的な言動が目立ちはしているが、ここでアレクシスに噛みつくことが必ずしも得策ではないと、彼自身頭では分かっているのだ。



「……分かったよ。クラリスがそう言うのなら、少しだけ見せてあげるとしよう。サラくん、ここに(つぼみ)を咲かせることはできるかね」



 渋々折れたヴィクターがそう尋ねると、ひとつ頷きを返したサラは祈るかのように両手を胸の前で合わせた。すると――ふわり。甘い花の香りが彼女を中心に広がり、握りしめられた手が開くと、その手には淡い桃色の蕾を付けた一輪の花が現れた。

 改めて、たいした魔法である。いとも簡単に(生命)を創造する彼女の魔法――その神秘的な光景を横目に見下ろしたヴィクターは面白くなさそうに目を細めると、皆の耳にも聞こえるように一度だけ指を弾いた。



「……ほう」



 ロジャーが短く感嘆の声を上げる。

 小さな花火が破裂すると共に彼らの前に現れたのは、手のひらに乗るほどの大きさをした目覚まし時計であった。それはよく見ればぐるぐると時計回りに長針が動いており、やがて短針が、ぐるり。()()した次の瞬間――サラの手にあった蕾は、満を持して大輪の花を咲かせた。



「なるほど。これが時間を操る魔法か。確かにこんな奇跡が可能なら、過去にウィークエンドとスウィートマンが手を焼いたというのにも頷ける」


「お気に召してもらえたならなによりだよ。……はぁ。それで? さぞや目利きの魔法局長様はなにをお考えだというのかね。まさか今後の事件は全てこれで片付けろとでも? だとすれば、我々があの『最高の魔法使い様』とやらをどうにかするよりも先に、ワタシが過労死する方が早いと思うがね」



 そんなわざとらしく嫌味なヴィクターの態度にも、アレクシスは眉ひとつ動かすことはない。代わりに彼は優雅な動作でコーヒーをひと口飲むと、小さく息を漏らして音を立てることなくカップをソーサーへと戻した。



「……いや。その逆だ。ヴァルプルギス。貴様には、今後俺かウィークエンドの許可を無しにこの魔法を使うことは禁止する」


「……は?」


「そう疑うような顔をするな。いいか。これは互いのリスク管理のためでもある。ウィークエンドの言った通り、貴様の存在は俺達にとってスウィートマンと同等――いや、もしかするとそれ以上に価値のあるものである可能性を秘めている。こんなものを連発されて大事な局面で倒れられても困るからな。……そもそもこれに頼らずとも、貴様ほどの魔法使いならば並大抵の魔導士や魔獣なんて相手にすらならないのだろう?」



 その落ち着いた声は先程と同じくヴィクターへ命令を下すものではあったが、それが毛羽立った彼の心を再度逆撫ですることはなかった。むしろここにはいない宿敵(オズワルド)の名を持ち出し、誇張表現こそあれどヴィクター自身の力量を認めたかのようなアレクシスの発言は、見事。この男の機嫌を直すまでに至ったのである。



「ふぅん……エルマーの後任の魔法局長がどんな奴なのか、これっぽっちも期待なんてしていなかったけれど……。思っていたよりも話が分かる相手のようだね。いいよ。そちらがそれで満足するというのなら、しばらくワタシから時間に干渉するようなことはしないと約束しよう」



 ちょろいものである。あれほどまでに敵視していたアレクシスに対し、ヴィクターはこういとも簡単に手のひらを返してしまった。それどころか、機嫌を良くした彼はすっかり緊張の糸も切れたのか、鼻歌混じりに自前のティーセットを呼び出しては一人で茶会の準備すら始めようとしている。


 ――すごい。これが魔法局長……。顔と話し方は怖いけど、あのヴィクターがころっと機嫌が良くなっちゃった。すごく乗せ方が上手いというか、なんか……大人の対応……


 クラリスがそう感心している間にも、ヴィクターは半分まで飲んだコーヒーに紅茶とミルクを注ぎ、スプーンを使って境目が無くなるよう丁寧にかき混ぜている。

 そんなカチャカチャと食器がぶつかる音を耳に、あちらも話がひと段落ついたと考えたのだろう。表情には出ずとも、ヴィクターとクラリスを見つめるアレクシスの目からも警戒心が解かれた。



「理解に感謝する。――ところでハニーボール」


「はい?」



 と、そんな中。この会話の最中に突然白羽(しらは)の矢が立ったのは、我関せずソファの端でコーヒーを啜り続けていたダリルであった。

 こんな上司の部屋のど真ん中でタバコを吸うわけにもいかず、彼の手は無意識にシャツの胸ポケットへと伸びたり戻ったり。声をかけられたのは、その口寂しさを紛らわせるため、まだたっぷり残っていたマドレーヌへと手を伸ばそうとした時のことだったのである。



「そういうことだ。貴様も、さっきのヴァルプルギスの言葉は聞いたな」


「時間操作を勝手にするなってやつですか? はぁ……そうですね。なんかアレ、ゾワゾワする感じがして僕も怖いと思ってましたし。別にいいんじゃ――」


「聞いたな?」



 その圧は、まるで一人だけ見て見ぬふりなどさせないぞとでも言うかのようであった。それまでとは打って変わったドスの効いたアレクシスの声に、慌ててダリルが背筋をピンと伸ばす。反射的に引っ込められた手は、行き場を失いゆっくりと膝の上へ着地をした。



「ああ……。ええと、そうですね。たしかに『()()』、取らせてもらいましたよ。はい……」



 どうやらダリルはあまりアレクシスのことは得意ではないらしい。……いや、どちらかといえば人見知りしていると言った方がいいだろうか。尻すぼみにそう言っては、彼は気まずそうにアレクシス、それからヴィクターとクラリスから視線を逸らした。

 代わりに前に出てきたのは、それまで黙って皆の会話を聞いていたエルマーである。



「うんうん。それじゃあ交渉は成立っていうことだね。これでヴィクターとクラリスは正式にボク達(魔法局)の仲間だ。ボクが面倒を見るってことは、二人共このまま()()で預かっていいってことなんだよね?」


「構わん。本来、魔法使い以外は現場へ出すことはしない規定だが……。まぁ、俺がどうこう言ったところで、その男が活躍するためにはアークライトがいなければ話にならないのだろう。わざわざ士気が下がるようなことは言わん。……その代わり、自分達の身はちゃんと自分達で守らせることだ。さすがの俺でも、そこまでの面倒は見きれないからな」



 そんなエルマーとアレクシスの会話を聞いている間も、すっかり上機嫌なヴィクターはまるで『分かっているとも』とでも言うかのごとく紅茶を啜って頷くだけだ。

 その自由奔放を具現化したかのような魔法使いと、彼を小声でたしなめるクラリスの姿にほんの小さな笑い声を零し、最後にアレクシスはこう言い残したのだった。



「ヴァルプルギス。アークライト。貴様らが魔法局(ここ)に来たことを、俺は偶然ではなく必然だったのかもしれないと思っている。――今日の選択が正解だったと思えるよう、これからの働きに期待しているぞ。我々(おれたち)の知らぬところで『小さな世界』を救い続けてきた、()()()()()()()



 そんな期待のこもったアレクシスの言葉を最後に、ヴィクター達は局長室を後にした。

 エレベーターに戻るまでの道中は、行きと比べて心なしか皆表情が穏やかだ。サラは宣言通り余ったマドレーヌを頂けるだけ頂き、ダリルは彼女に貰った飴玉をカラコロと口の中で転がしている。そんな二人の後ろ姿を眺めながら、クラリスは左隣を歩くエルマーへずっと気になっていたことを尋ねた。



「エルマーさん。もしかして、アレクシスさんって……実は、結構良い人だったりしますか? あんなに話があっさりまとまったのも驚きでしたけど、なんというか……事前に聞いてた話だと、もっと頑固そうな人が出てくるイメージだったので……」


「頑固? ……ああ、気難しいって言ったやつか。それ自体は本当だよ。彼、見た目通り神経質な人間だからね。結婚してからは丸くなったけど、ちょっとのことですぐ怒るし、いくつになっても冗談がきかないんだもの。真面目なロジャーが気に入られるのが分かるくらいだよ。……でも、こうして柔軟な考えができるくらいには融通のきく相手でもある。もしかしたらボクから連絡があった時点で、彼の中でも君達を迎える考えはある程度できて――おっと」



 すると、そんな会話をしていたまさに最中。クラリスとエルマーの話を遮るかのように、ぐいぐいと。ヴィクターが二人の間へと割り込んだ。自分を差し置いて、彼女が他の男の方をずっと見ているのが面白くなかったのである。

 こうして嫉妬に拗ねたヴィクターを見るのも久しいものだ。横からひょっこりとクラリスが顔を覗かせれば、予想通り。口先を尖らせた彼は牽制(けんせい)するかのごとく、じとりと鋭い視線をエルマーへ向けていた。



「……それで。この後はどうするのかね。正直疲れも溜まっているし、ワタシはそろそろベッドでゆっくり寝たいところなのだが」



 そう訴えるヴィクターの顔には、これ見よがしに帰りたいの文字が滲んでいる。それを知ってか知らずかエルマーはニヤリと怪しい笑みを浮かべると、自分よりも少し背の高いヴィクターの肩へと飛びつくかのごとく腕を回した。



「ちょっ……なんなのかね!」



 ぎょっと目を丸くしたヴィクターが振り払おうとするものの、彼自身が非力なのか、エルマーが馬鹿力なのか。押せども身を(よじ)ろうとも離れる気配が無い。あまりにも早急で力強い拘束に、彼が早々に諦めてしまうのも無理はなかった。



「そうだよねぇ。長旅で疲れちゃったよねぇ。本当なら魔法局を案内して、今後の話でもしたいところだったけど……移動続きだったせいで、ヴィクターはお腹が空いて眠くなっちゃったみたいだ。残念だけれど、これはまたの機会にしようか」


「人を子供みたいに言うんじゃないよ。まったく……それが分かっているのなら、今更ここに引き止めることなんてしないでくれよ。ワタシとクラリスは、これから近くにホテルでも取って休ませてもら――」


「なぁに言ってるのさ! せっかくみんな揃ってるっていうのに、このまま帰るだなんてもったいないじゃん。まだまだサルトルヴィルの夜は長いんだ。今日のところはもう少しだけ、ボク達の茶番に付き合ってくれよ」


「は? 茶番に付き合うだなんて……キミ。いったい、なにをするつもりなのかね」



 嫌な予感にヴィクターがそう尋ねると、エルマーは意味深な笑みで口の両端を釣り上げた。そして――



「なにをするだなんて、そんなの決まってるじゃん。もちろん君達の歓迎会、だよ」

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