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災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第2部 序章『ハロー、世界の中心』
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第138話 冷たい記憶の大理石に花を咲かせて

《数分後――魔法局玄関口》


 古今東西どんな価値観があろうとも。お金がかけられたものというのは、一目でなんとなくその価値が分かるというものだ。

 床や天井を覆う、黒大理石に包まれた空間。外観と同じく黒を基調とした内装は、堂々かつこの魔法局へ足を踏み入れた者達へと落ち着き払った涼しげな印象を与える。


 しかし、この一面を覆う艶やかな黒に対して、一人渋い表情を浮かべている者がいた。ヴィクターだ。

 ひんやりと全身を包む心地の良い冷気に反して、ヴィクターの肌を針のように突き刺す鋭利な緊張感。もちろんここで暴れてやろうだなんて気は今更ない。それでも首元を真綿で緩く締められるような息苦しさは、確実にヴィクターの精神へとストレスを与え続けていた。


 ――魔法局、か。建物の内部をちゃんと見るのはこれが初めてだ。昔は全体的にもっと小さかったはずだが……建て直したのだろうね。さすがに四百年も経てば、造りも現代寄りになっている。精神衛生上長居はしたくないものだが、これもクラリスと一緒にいるためだ。我慢する他あるまい。


 そうヴィクターが深い溜め息を吐き出す中、彼の隣を寄り添っていたクラリスは初めて見る魔法局の内装を興味深げに見回していた。

 視界には横一列に並んだ腰までの高さもある入館ゲート。天井にはシャンデリアなんて豪華な装飾こそ無かったものの、点々と等間隔に配置された埋め込み式の照明が真昼のように室内を照らしている。

 クラリスが床面へと視線を落とせば、黒大理石の向こうからは同じように彼女を見上げる(見下ろす)もう一人の自分と目が合った。どうやらスカートを履いての出社には向かない造りのようである。



「ヴィクター、クラリス。君達のことは事前に受付に話を通してあるから、安心して着いてきてもらっていいよ。ヴァルプルギスの夜についても、ボクみたいに昔からいる人間や上級役職の一部の人間しか()()は知らない。ほら、そっちに来客用のゲートがあるでしょ。受付で入館証は貰ってきたから、二人はこれで通ってきて。出た先でまた合流しよう」



 スーツを着た職員達が忙しなくゲートを行き来する中、エルマーが指で示したのはそれとは別。フロアの隅に設置された色違いのゲートであった。

 この玄関口を通る職員や、エルマー達が手にしている社員証は黒色。一方でクラリス達が受け取った入館証は白色。ゲートの色も相応に分かれていることから、これが魔法局内で身内と部外者を識別するための視覚的役割を果たしていることがよく分かる。


 ――服装からしても、私達が浮いているのは明らかだよね。エルマーさんとダリルさんがいるとはいえ、今日のところはなるべく目立たないようにしないと。ここ、初めて見るものも多そうだしヴィクターが変に興味を示さないといいんだけど……


 警備員の監視する白色のゲートを通り抜け、クラリスがそんなことを考えていた最中。ふと、彼女は後ろを着いてくるヴィクターがここに来てから一度も口を開いていないことに気がついた。

 どうやらチップの埋め込まれたカードをタッチするというシンプルな構造は、まだまだ過去の時代の人間である余韻が抜けないヴィクターにとっても分かりやすい仕組みであったらしい。しかし……いつもならばその好奇心から軽やかに回るはずの舌が、今はすっかり身を潜めてしまっていたのだ。



「ヴィクター。もしかして……少し、不安だったりする?」



 そうクラリスが尋ねると、まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。軽やかな電子音と共にゲートを通ったヴィクターが、意外そうにパチリと一度瞬きをした。



「不安? ああ……そうだね。先程から鼓動がわずかに早まっていてね。ここには良い思い出が無いからかな。なんだか息が詰まってしまって、柄にもなくワタシも緊張しているようだ」


「……そっか。なにかあったらいつでも言って。局長さんがどんな人なのかは分からないけど……今は私が隣についてるからね」


「うん。ありがとう、クラリス」



 心の不調を素直に吐露できるようになっただけ、ヴィクターも変わったものである。その成長を微笑ましく思いながら、クラリスが先に待っているであろうエルマー達を探そうと振り返った――まさにその時。それは唐突に聞こえた一人の少女の声によって、妨げられることとなる。



「――い。おーい! クラリスー! ヴィクター!」


「えっ? あれってもしかして……サラ?」



 聞き覚えのある透き通った声に、遠くからでも分かる腰まで伸びた金色の髪。満開の笑顔を咲かせた少女が、遠くからクラリス達へ手を振り駆け寄ってきたのだ。あれは間違いない。クラリスが旅先で出会った、友人の一人――花の魔法使いサラ・ウッドハウスその人である。

 クラリスはともかく、それこそヴィクターはなにをせずとも目立つ外見をしている。瞬時に二人だと確信したサラは、飛び跳ねるように行き交う人々の間を縫って彼らの元へとやって来た。



「やっぱりクラリス達だった! エルマーからこっちに来るとは聞いてたけれど、まさかこんなに早く再会することができるだなんて……ちなみにアタシのことって、覚えてる……よね?」



 いくら共に過ごした時間があるとはいっても、それはたったの数日の出来事だ。ましてや数ヶ月ぶりの再会に不安を覚えたのだろう。サラが不安げに尋ねれば、クラリスはまるで迷子の子供を相手するかのようにふわりと微笑んで頷いて見せた。



「もちろん。サラは旅の途中でできた大事な友達だもん。シロくんとクロくんはあれから元気にしてる?」


「よかった……。二人のことなら大丈夫。今は別館にある保護施設にいるんだけど、アタシが忙しい時はアリスタが面倒を見てくれてるんだ。たしか、クラリス達はアリスタにも会ったことがあるんだよね?」


「アリスタさん? たしかにサラと別れた後、パルデで何日か一緒に過ごしたことはあるけれど……そっか。アリスタさん、魔法局と連絡を取るようなことを自然と口にしていたけれど、元々繋がりがある人だったんだ」



 サラと同様、旅の途中で出会った白髪の青年の姿を思い出し、懐かしさがクラリスの胸に込み上げる。ここ最近、色々なことがひっきりなしに起きていたからだろうか。昔の話でもないのに、彼と出会ったことでさえなんだか遠い過去の出来事のように思えてくる。

 すると、そうクラリスとの話に夢中になっていたサラの肩が、突然何者かに掴まれた。びくりと体を震わせた彼女が恐る恐る振り返れば、そこには呆れ混じりに二人を見下ろすエルマーの姿があった。



「こぉら。サラ、局内は走っちゃだめでしょ。ましてやボク達のことは無視して、一目散に追い抜いていっちゃうんだもん。こっちにもおかえりなさいの一言くらいはかけてほしいな」


「ご、ごめんなさい……二人の姿を見たらなんだか嬉しくなっちゃって。おかえり、エル――あっ! ダリルさん! おかえりなさい。ダリルさんもみんなと一緒に帰ってきてたのね!」



 心底申し訳なさそうに眉を下げた表情から一転、ダリルの姿を見つけたサラがパッと笑顔を咲かせてエルマーの手を離れる。急に話しかけられたダリルは驚いた様子だったものの、後輩からこうして帰りを喜ばれることは素直に嬉しいのだろう。寝起きの彼の目には、慣れない照れの感情が入り混じっている。

 一方、エルマーはコロコロと表情を変えるサラに、諦めにも似た苦笑を零していた。きっと、彼女のこうした言動は今に始まったことではないのだろう。二人に向けられた視線はまるで、兄妹の再会を見守る父親のようでもあった。



「……ここで楽しくお喋りするのもいいけど、上で人を待たせたままだからね。せっかくだからサラも連れて向かおうか。その方が後から説明する手間も省けるし、なんといってもウチの魔法局長様は彼女の遠い親戚らしくてね。そのことを最近知ってから彼、サラにだけはちょっと甘いんだ」



 ちゃっかりした男である。いくら円滑に話を行うためとはいえ、ここにたまたま居合わせたサラまでも利用しようとするだなんて。だが――


 ――知ってる人が来て、ヴィクターも少しだけ気分が楽になったみたい。彼女がいるだけで空気も明るくなるし、エルマーさんの話が本当なら局長さんと話すのにも心強いかも。


 ヴィクターの様子を一瞥(いちべつ)し、彼の表情が先程よりもずっと(やわ)らいでいることにクラリスがほっと安堵の息を漏らす。気がつけば、ゲートを行き交う人の通りは先程よりもまばらになっていた。



「分かりました。それじゃあ……エルマーさん。案内をお願いします」


「うん。アレクシスは気難しい人間だから。くれぐれも態度には気をつけてね」



 そんなエルマーの忠告を受けて、クラリスが再びヴィクターを見上げる。いつものように釘を刺すためではない。彼の意思を確認するためだ。

 その視線に気がついたヴィクターと、互いに言葉こそ交わさずとも、今度はしっかり目を合わせて。頷きあったクラリス達は、エルマーに先導され魔法局の中心へ足を踏み出したのだった。

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