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災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第1部 最終章『その名を呼んで。親愛なるファムファタル』
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第133話 エルマーの提案

 安心感から警戒心が緩みきっていたのだろうか。ヴィクターがその気配に気がついたのは、クラリスが彼を解放してからようやくのことだった。

 不規則に響く、二人分の足音。レモンのようにサッパリとした、嗅ぎ覚えのある魔力の香り。そして――パチパチと何者かが軽快に手を叩く音が聞こえてきたのは、ヴィクターが気配の元へと視線を向けた、その直後のことであった。



「――いやぁ、よかったよかった! これにて一件落着ってやつだねぇ。ずいぶんゆっくりにはなったけれど、二人が分かり合うことができて本当によかったよ。ダリルちゃんも、そう思うよね?」


「え? えぇ……そうですね。とりあえず丸く収まったんならいいんじゃないですか」



 大袈裟に拍手をしながらヴィクター達を祝福するのは、派手な花柄のシャツにサングラスをかけたアプリコット色の髪の男――見間違えるはずもない。ここにはいなかったはずのエルマー・ウィークエンドその人であった。

 ヒーローは遅れてやって来るとは、よくも言ったものだ。大遅刻も甚だしい。しかしエルマーは足を引きずるダリルに肩を貸したまま、悪びれる素振りひとつすらなく空いた片手をひらひらと振っては締りのない笑みを浮かべるのみ。そんな顔を見せられてしまっては、ヴィクターの赤らんだ目元が忌々しげに細められるのも無理はなかった。



「……空気の読めないところは昔から変わらないんだね。エルマー・ウィークエンド。この()に及んで何をしに来たというのかね。魔導士ならとっくにどこかへ逃げたよ」


「魔導士? ああ……うん。ハロルドのことね。それは分かってるから大丈夫。追手ならもう手配してるし、そもそもアイツがラクスに近づいているのはアレクシス(魔法局長)から事前に聞いていたから。()()取り逃した時のことなんて、最初から想定くらいしていたさ」


「……」



 それはすなわち。エルマーは初めからヴィクターがここへ戻ってくることも、ハロルドと衝突することも予測していたということになる。……ならば彼は、こうしてクラリスが危険に巻き込まれることや、あと一歩ヴィクターの到着が遅ければ死んでいたかもしれないあの状況だって予測していたとでも? それすらも全て、まさかこの男の想定内だったとでもいうのだろうか。

 真っ直ぐに睨みをきかせたまま、ヴィクターの左手がステッキに触れる指に力を込める。しかし、エルマーがそんな視線ひとつを相手に動じることは無かった。



「なぁに怒ってるのさ。お綺麗な顔が似合わないくらいに(こわ)ばってるよ。――それにしても、ヴィクター。いくら緊急事態だったとはいえ、まさか君がこうしてボク達の前にのこのこと戻ってくるだなんて……。こんなチャンス、もう二度と巡ってこないかと思ってたよ。それほど彼女が大事だったってことなんだね」


「……そちらがやる気なら、ワタシももう手加減はしないが」


「やらないやらない! ボクはともかくダリルちゃんは見ての通り怪我人だし、君だって魔力を使い果たして立つのがやっとなくらいフラフラでしょ。このままやれば死人が出る。そんな状態で危ない橋を渡るようなことはしないさ。――とはいっても、それは君がこちらの要求を呑んでさえくれればの話……なんだけれどね」



 近くの瓦礫(がれき)の山へとダリルを座らせて、エルマーがゆっくりと振り返る。普段笑顔の人間が見せる、ふとした真面目な表情にはやはり心がざわつくものだ。警戒心を解かぬヴィクターの元へとやって来たエルマーは、彼を――そしてクラリスの顔を交互に見比べては、含みのある表情でその口を開いた。



「単刀直入に言おう。『禍犬(まがいぬ)』ヴィクター・ヴァルプルギス。そしてクラリス・アークライト。これから君達には、ボクと一緒にサントルヴィル(中央大都市)にある魔法局本部へと来てもらい、ボクの下へとついてもらう。……そうだね。これはいわゆる、スカウトってやつさ」


「……なに? ……話が見えないのだが。魔法局はワタシを捕まえて、またオズワルドの箱庭にぶち込んでやるつもりなのだろう。それがなんだ……すかうと? 馬鹿は休み休み言いたまえ。エルマー、今度はいったいなにを企んでいるというのかね」



 エルマーの口から聞かされたのは、考えもしなかった提案だった。『禍犬』を捕らえるという彼の目的を知っているヴィクターからしてみれば、今の状況はまたとない絶好の機会だ。てっきり動けないところを、強硬手段でもって連行されるとでも思っていたのだ。

 すると、そんなヴィクターの腹のうちを探るかのような視線に耐えかねたのだろう。エルマーはポリポリと頬を掻きながら、なにかを考えあぐねるように唸り声をあげていたものの……どうやら自分の中で決断を下したらしい。次に彼から放たれた言葉は、さらにヴィクターを困惑させるものとなった。



「うーん、そうだなぁ……こうも怪しまれたままじゃあ、話も進展しなさそうだし……。もう話しちゃってもいいか。……ぶっちゃけ言ってしまうと、今の魔法局には君が毛嫌いするオズワルド・スウィートマンは()()()。つまりは君を拘束するための手段を、ボクらは持ち合わせていないということになるんだ」


「なに? オズワルドがいない……だと? まさか、あの男が死んだとでもいうのかね」


「……死んだ……か。それはどうだろうね。オズが生きているのか死んでいるのか、それはボクには分からない。ただひとつだけハッキリしていることは、二年前……魔法局から姿を消したのはヴィクター・ヴァルプルギスだけじゃなかった。オズワルド・スウィートマンも、消息を絶ったその一人だったってわけなのさ」



 そう述べたエルマーの表情からは、嘘の匂いはしない。ハッタリである可能性はほとんど無い考えて間違いないだろう。

 となれば。これはヴィクターにとっては願ってもいない朗報であった。なにせ()()オズワルド・スウィートマンが、魔法局を不在に――しいては行方不明になっているというのだ。それはイコール、彼にとって今の魔法局には脅威がほとんど無いにも同然の事実であったのである。



「……ふぅん。オズワルドが消息を絶った……ねぇ。だからワタシを拘束する手段は実質的に持ち合わせていないということになる……ということか。それもそうだろうね。たかが人の檻に入れられたところで、魔法が使えるのならば抜け出すくらい容易いものだ。だが……それが本当ならば、今ワタシを捕らえることは魔法局にとってもリスクが高いのではないのかね。それをキミ自信が理解していないはずもないだろう」


「んー、まぁそれはその通りなんだけど……ヴィクター。君はひとつだけ、勘違いしていることがある」


「勘違い?」


「うん。別にボクは君を今すぐ魔法局に監禁してどうこうすると言ったわけじゃない。……言っただろう? スカウトだって。ボクの下につくということは、ボクが取り仕切る部署へ来て、一緒に仕事をしてくれないかってこと。つまりは招待をしたんだ。……君が大好きな、クラリスと一緒にね」



 わざとクラリスを強調するような言い方に、ヴィクターの眉がピクリと反応する。そのわずかな変化ですら、エルマーが見逃すことはなかった。



「そんな疑うような顔をしないでくれよ。やましい気持ちは一切無い。ただ……彼女には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。――クラリス・アークライトには、ヴィクター・ヴァルプルギスを魔法局で飼い慣らすための首輪となってもらう。ほら。彼女がいれば君、下手な暴動なんて起こさないでしょ? ボクも本調子ではないとはいえ、この前の戦いで戦力差は痛感したところだからね……。無理に捕まえて暴れられるより、とりあえずボクの目が届く場所に置いたまま活用する方が遥かに有意義で安全だと、上も判断したわけなのさ」


「……なるほど。そういうことか。だが、そちらの勝手な都合に本気でクラリスを巻き込めというのかね。ワタシが万が一にでも彼女を裏切るようなことがあれば、損害を受けるのは魔法局の方だとは思うが」


「大丈夫でしょ。むしろそこの信頼性を推し量るために、この一週間ボクはダリルちゃんに全部を押し付けて()()に徹していたんだ。それでもって、今日確信した。……ヴィクター。君はボク達(魔法局)が『最高の魔法使い様』率いる魔導士達を打ち倒すための大きな鍵となる。……もちろんこの前の奇襲を水に流せとは言わないし、都合のいい話だっていうことは分かってる。それでも――」



 エルマーが掛けていたサングラスを外し、胸ポケットへとしまい込む。あらわとなった橙色の瞳は、燃える夕日のように静かに。そして確かな熱意を持って、真剣な眼差しを目下(もっか)()()達へと向けていたのだった。



「それでもどうか、ボク達に力を貸してほしいんだ」

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