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災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第1部 第1章『チープな英雄劇に立役者は二人いる』
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第13話 ヴィクターは慎重派?

 どこまで続くのかと思われた林道の終わりは、意外にも唐突に訪れた。

 次第に地面を照らす光の面積が増えていき、木陰が濃くなるにつれてクラリスの心を覆っていた不安が薄まっていく。見渡す限り森であった視界の先に、ひらけた空間があると気がついたのはヴィクターであった。



「クラリス、ストップ。……少し迂回しよう。さっきの魔獣の仲間がいる」



 魔獣が目立つほど大きい上に、派手な色で助かった。

 ヴィクターはステッキを握っていない右手でクラリスを静止すると、目を細めて遠くの黄色いシルエットに目を向ける。いち、に、さん……少なくとも三体は確認できる。あの爆発現場に向かった魔獣達のことを考えれば、実際の数はそれ以上いるのだろう。


 ――三体か……。クラリスを連れた状態であの速さを複数体相手するのは厄介だな。焼き払うことができれば早いが、それでは中に村人がいた場合巻き込むことになる。あまり褒められた行動とは言えない、か……


 魔獣の視界はそこまで良くないのか、まだこちらに気がつく様子はない。

 これが村を襲う魔獣の討伐を目的とした依頼ならば、先手を打って攻撃してしまえばそれでいい。しかしあくまで今回の目的は村人の救出……人助けに重きを置いているクラリスの好感度を考えれば、ただ皆殺しにするわけにもいかないのだ。魔獣の生態がよく分かっていない以上、やみくもに刺激せず、ここは冷静になって観察をしておく方が吉と考えられる。



「ほんと? それじゃあ……気乗りはしないけれど、木の間を隠れながら移動しましょうか」


「うん。枝で肌を傷つけないように気をつけて」



 そう言って、ヴィクターがルートから逸れて茂みに足を踏み入れる。後ろを続くクラリスは不安げだが、あの魔獣の巨体を隠すほどに背の高い木々が並んでいるのだ。そうやすやすと見つかることもないだろう。

 進む方向は変わらず正面。万が一にも付近に魔獣の仲間がいないか細心の注意を払いながら、彼らは時間をかけて茂みをかき分けていく。

 再度ヴィクターが静止の声をかけたのは、魔獣達のいるあの空間の全貌が見えた頃であった。



「ここで少し様子を見ようか、クラリス。……きっと、あそこが我々の目的地だ」


「ええと……あれって、なにかの施設……なのかな。頻繁に魔獣が出入りしているように見えるけど……」


「Hmm……人工的にも見えるが、建築物に用いられる(たぐい)の資材が使われている気配は無い。きっとあれが魔獣達の巣なんだろうね」


「巣? あれが!?」



 クラリスが驚くのも無理はない。

 一本。空間の中心に生えた巨木を覆い隠すかのごとく、幾何学模様(きかがくもよう)の小部屋がいくつも重なり合い要塞の(てい)をなしている。しかし小部屋とはいっても、あの魔獣が出入りできるくらいだ。きっとひとつひとつの部屋が、クラリスが両腕を伸ばしても天井に届かないほどに大きいのだろう。

 それが建築家(アーティスト)によって手がけられた建造物であるならまだしも、ただの()だとは。まるで前衛的なアートのようである。



「こら。静かにしたまえ。見つかったらどうするのかね。まぁ、パッと見巣には見えないが……元々蜂って、あんな感じの巣を作る生き物なのだろう? それに加えて人間に近い身体の構造を持っているのだから、我々の想像を超えてより緻密な作業ができたとしてもおかしくないはずだ。……そうだ! ただの魔獣呼ばわりでは味気ないし、これからはアレを蜂人間(はちにんげん)と呼ぼう! ピッタリなネーミングセンスではないかね」


「えっ? うーん……ヴィクターがそれでいいなら、私はなんでもいいけれど……さすがにそのまますぎない?」



 そんなことを言っている間にも、魔獣――改め蜂人間達の中に動きが見られた。外から戻ってきた仲間の一体が、なにかを担いで帰ってきたのだ。

 担がれているのはまだ子供の鹿であった。槍に刺されたのか腹から出血してはいるが、まだ息はしている。仲間とはぐれてテリトリーから逃げ遅れてしまったのか、はたまたテリトリー外まで蜂人間が狩りに出掛けたのか。後者であれば、今後村への直接的な被害も危惧されてくる。


 ――わざと生け捕りにしているのか……。食料として捕らえられているのだとすれば、行き先は食料庫か? ならばそこに村人もいるはず。後ろから着いていきたいところだが、正面から堂々と行くのは少し無理があるな……


 ヴィクターが考えている間にも、小鹿を担いでいた蜂人間は根元にの小部屋へと入っていってしまった。あそこが食料庫かとも考えたが、どちらかといえば玄関のようなものと考えた方が自然だろう。



「……あっ。ねぇヴィクター、あっち。反対の方。今の魔獣……じゃなくて蜂人間が入っていったのと似てる部屋があるよ。もしかしてあれも入口なんじゃないかな」



 そうクラリスが示した先にあったのは、今見たのと同じ、巨木の根元に建てられた小部屋だった。二人のいる()()には警備の蜂人間が複数体いるが、そちらには一体のみ。言ってしまえば、かなり手薄な状態だ。



「さすがワタシのクラリス! よく気がついたね。あそこが裏口になっているに違いない。ありがたく使わせてもらうとしよう」


「でも見張りがいるし、こっちのにも気づかれちゃうんじゃない?」


「それなら問題ない。古来より暗殺という素晴らしい方法が存在しているのを、キミは知っているかね」


「暗殺って……アナタ、そんなことできるの?」



 できると聞いたこともなければ、実行している姿を見たこともない。無遠慮で派手好きなヴィクターが隠密行動に向いているなんて、クラリスは一度たりとも思ったことが無かった。

 だがヴィクターはそんな心配を鼻で笑って一蹴すると、羽織っていた分厚いコートをクラリスへと手渡した。



「まぁ見ていたまえ。これでもワタシは慎重派なんだ。バレずに殺るくらい朝飯前さ」



 そう言うとヴィクターはクラリスにその場で待つように伝えて、一人裏口へと回った。

 先ほど確認した通り、見張りの蜂人間は一体。近くに他の個体もいないため、この場所は表の蜂人間達からは死角となっている。



「クラリスに良いところを見せないとね」



 見張りの蜂人間が後ろを向くその一瞬の隙をついて、ヴィクターが茂みを飛び出した。身を低くして、足を伸ばし、音も無く地面を蹴りつけ走る。走るというよりは、もはや跳んでいる感覚だ。

 ものの数秒で敵の背後に接近したヴィクターが、ステッキを構える。しかしさすがの野生の勘というものか。そのわずかな環境の違和感に、蜂人間の触角がピクリと反応をした。



『Brr?』



 蜂人間が振り返る――だが、そこには誰もいない。キョロキョロと付近を見回すものの、いつもと代わり映えのない景色がそこには広がっているだけである。なんだ気のせいかと、人間であればそう呟いていたことだろう。

 そして魔獣がまた退屈な監視業務へと戻ろうとした、まさにその瞬間。



「面白いね。個体によってこうも反応速度に差があるのか。さっき出会った個体の方がよほど優秀だったよ」


『Br――』



 いるはずのない人間の声。それが聞こえた時には既に、蜂人間の後頭部にはなにか固いものが押し付けられていた。

 当の本人からは見えなかったが、その突きつけられた凶器――ヴィクターのステッキの苺水晶(ストロベリークォーツ)からは、紺色の光が溢れ出していた。それはキラキラと眩しいものではなく、どこか怪しい彩度を落とした光。その輪郭がバチリと嫌な音を立てて弾けた時――見張りの蜂人間は、悲鳴を上げるまでもなくその場へと崩れ落ちた。



「……クラリス。もう大丈夫だ。こっちに来て」



 ヴィクターは魔獣が動かなくなったことを確認すると、聞こえているのかも分からない囁き声で彼女を呼んで手招きをした。表側の蜂人間達に気づかれた様子はない。クラリスは茂みを出ると、小走りにヴィクターの元へと駆け寄っていった。

 預かっていたコートを手渡せば、彼は季節感も感じられないそれに性懲りもなく袖を通す。



「どうかね。やればできるだろう」


「うん。まさか本当にやっちゃうなんて……それで、さっきのはどういう魔法なの? すごく静かだったけれど、あれって眠らせる魔法とか、力を吸い取るみたいな魔法なのかしら。これなら村の人達を助けるのにも使え……ヴィクター?」


「……」



 急に話さなくなったヴィクターを不思議に思いクラリスが尋ねると、彼はサッと目を逸らした。そういえばこれは暗殺だと、最初にそう言っていたはずだ。


 ――こんな状況だと、楽観的なことばかり言っていられないものね。


 そう納得してクラリスが足元の蜂人間に目を向けると、ふと。魔獣の口からなにかが溢れているのが見えた。

 あまり見慣れないものだ。いや、見慣れないものというよりは、生物の体内から出るにしては見慣れない色――赤色と灰色のマーブルカラーのナニカが、顎の間からトロトロと流動し続けているのが見て分かる。……マーブルカラー?



「……もしかして、私が想像できる以上に怖い魔法とか使ったりした?」


「そ、そんなことは……まぁ、隠密行動に向いた魔法なんて他にいくらでもあるし……これは人間相手には使わないと約束しよう。それよりもほら、コレの仲間が集まってきてしまう前に早く中に入ってしまおうよ」



 ヴィクターはそう言ってコートの襟元を正すと、そそくさと小部屋へと入ってしまった。あまり突っ込まれたくないのだろう。

 体内からマーブルカラーの謎の液体が出る魔法とは、いったいなんなのか。きっと世の中には知らない方がいいこともある。


 ――あれ……絵の具、みたいだったけれど。まさかそんなものが、ね。


 さすがにもう一度目を向ける勇気はない。自分のためにも、ヴィクターのためにも。今見たものは全て忘れることにして、クラリスも彼を追って小部屋の中へと向かうことにした。

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