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災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第1部 最終章『その名を呼んで。親愛なるファムファタル』
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第128話 影を飛び越えて、閃光が切り開く先へ

 爆発の衝撃で揺れる地面。思わずヴィクターのコートを掴んだクラリスを焼けつくほどの爆煙が包み込み、口元を覆う指の隙間をきな臭い煙が通り抜けていく。

 不気味さを感じるほどの静寂。今のところ、この不明瞭な視界をハロルドが襲ってくるような気配は感じない。しかしこうしている間にも、あの感情を感じさせない金色の瞳が影の中から自分を見つめているのではないか――そんな疑心暗鬼に囚われたクラリスが、目の前のヴィクターに(すが)りつくのは当然のことだった。



「ヴィクター! 魔導士は……!」



 そうクラリスが尋ねると、ヴィクターは目線だけをサッと周囲に向けてから首を横に振った。軽くステッキを振れば、風が煙をさらって視界が明瞭になる。ハロルドの姿は――そこには無かった。



「……直撃する寸前で逃げられた。だが……そう簡単に諦めるとも思えないね。仮にまだ近くに隠れているとすれば――クラリス。なんでもいい。アレがどんな行動をしていたか、周囲にどんな影響を与えていたのか……些細な情報でかまわない。キミが見たことをワタシに教えてはくれないかね」


「じょ、情報? そんなこと突然言われたって……! えっと、あの魔導士は伝えた通り、魔法使いを食べることを目的としているみたい。さっきみたいに影の中を伝って自由に移動することもできるの。だからこうやって一度消えると、神出鬼没でどこから出てくるのかも分からなくて……あっ。そういえば、大きな声を出してガラスを割ったりもしてた……。隠れた私の居場所もすぐに分かったみたいだし、もしかしてあれも魔法の影響……とかだったのかな……?」



 この短時間の記憶を掘り起こし、その中で断片的に覚えていることを早口にクラリスが説明していく。彼女の話を聞いていたヴィクターは、顎に手を当てたまま沈黙を貫いていたものの……やがて考えがまとまったのだろう。ゆっくりとクラリスの方へと振り向いた。



「Hmm……なるほど。影を操る魔法に、超音波で物体に干渉する魔法といったところか。魔法同士の関連性は皆無だな。となると……アレは最高の魔法使い様とやらから、ずいぶんと都合のいい魔法を与えられたらしいね」


「ヴィクター、あの魔導士がどんな相手なのか分かったの……?」


「ああ。今までの情報から推測するに、アレは魔法使いを食らうことで()()()()()()()()()()()()()()()()ことができる魔導士だ。見た目はあんなだが、他人を捕食することによって失った魔力を吸収していると考えれば……人の形をした本体は別にいると考えた方が自然だろうね」



 すると、話が一段落したところでヴィクターがステッキを握っていない右手の指を鳴らした。

 パチパチと空気が弾けて、そこら中で発生したミニチュアの稲光が薄暗いショッピングモール内を照らしだす。その光の発生源に次々と現れたのは、拳サイズほどもある紫色のガラス玉だった。



「クラリス。しばらくワタシから離れないように。都合よくサントルヴィル(中央大都市)からの客人達もいるんだ……さっさと本体を引きずり出して、魔法局に突き出してやるとしよう」


「うん。絶対に……私達の手で捕まえよう!」



 その時だ。ヴィクターを見上げたクラリスの目が、暗闇に覆われた天井を蠢く深い()を映し出した。

 あの光景には、覚えがある。宙ぶらりんとなった、三つの首を揺らす巨大な肉の塊――ハロルドだ。やはり彼はまだ、諦めてはいなかった。クラリスが気づいた時にはもう既に、その身体は天井を離れて一直線に彼女達の元へと落ちてきていたのである。



「ヴィクター! 上から来てる!」


「ふむ、なるほど。影さえあれば、魚が水面下を移動するかのように動き回ることが可能ということか……このままでは潰されかねない。クラリス、ワタシの体に掴まりたまえ。少し――飛ぶよ!」


「と、飛ぶ!? ちょっと待って……!」



 そう涼しげな顔で指示を出されたとて、言っていることはまるで脈略の無い提案だ。言われるがままに、慌ててクラリスが後ろからヴィクターに抱きつく。次の瞬間、鼓膜を震わす爆発音が足元から響き――彼の宣言通り、クラリス達の体は一瞬にして空中へと押し上げられた。

 上と下、双方からの接近によって急速に迫るハロルドの巨体。ぶつかる――そうクラリスが強く目をつむった直後、ヴィクターが空中に散らしたガラス玉のひとつを蹴りつけた。



「わぁぁっ! な、なに!?」



 ヴィクターの体越しにクラリスへと伝わる振動。視界の端を爆風と共に舞うガラス片――蹴ったガラス玉が弾けたことで、彼女達の体はハロルドから逸れるように横方向へと軌道を変えて吹き飛ばされたのだ。

 追いつかない情報にクラリスが目を白黒とさせる中、なにが楽しいのかヴィクターが愉快そうな笑い声を上げる。その間も今爆発したのと同じガラス玉がいくつも二人の横すれすれを通り過ぎていき、身を縮こませたクラリスが抱きつく腕に力を込めた。



「ヴィクター! この浮かんでる丸いのって、まさか……」


「ああ! この玉ひとつひとつが触ると破裂する仕組みになっているのだよ! 安易に手を伸ばすと腕ごと持っていかれるから気をつけたまえ!」


「持っていかれるって……周りにたくさん浮いてるけど、それってこのまま飛ばされてて大丈夫なの!?」


「我々の軌道からは離れてもらうよう指示はしている! むしろ心配しないといけないのは――」



 跳躍の勢いが緩くなり、恐る恐るクラリスがヴィクターの後ろから顔を出す。そんな彼女の目が瞬く閃光を捉えたのは、彼の視線を追った先――二人を潰し損ねたハロルドの身体が、例のガラス玉が密集した場所へと差し掛かった時のことだった。

 ハロルドの顎先がひとつのガラス玉に触れたことをきっかけに、閃光は彼らの視界の端から端を駆け抜けるかのように誘爆。刹那――爆発の中心地を飛び出した鋭利なガラスの断片が、次々と魔導士の身体を引き裂いた。



『ぎ、ぃ゙、あ゙あ゙あ゙あああああッ!』



 ショッピングモール内をこだまするハロルドの悲鳴を耳に、ヴィクターが舌なめずりをする。すかさず呼び出した赤色のガラス玉の上に着地した彼は、かたわらの青色のガラス玉にクラリスを着地させると興奮気味に手元のステッキをぐるぐると回転させた。



「ビンゴ! 本体は別でも攻撃自体は十分に通る……! クラリス。休憩が済んだのなら、このまましっかりワタシに掴まっているといい。また逃げられないうちに……今度は至近距離から仕掛けるよ!」


「ま、待ってヴィクター……私、これ以上は腕が限界で――」



 そう言いかけたクラリスの、まさに足元。ガラス玉が小刻みに震える振動に、彼女の背中を汗となって嫌な予感が伝っていく。

 制止の声が聞こえていないのだろうか。いや、きっと既にクラリスに決定権は無いのだろう。ヴィクターが指を弾くと、ガラス玉達の震えがピタリと止み――次の瞬間、二人の体をミサイルよろしく前方へと押し出した。



「わぁぁっ! 落ちる落ちる落ちるぅ! こういうのって、アナタの魔法でもっと簡単に飛べるようにできないものなの!?」


「すまないがそれはできない! だが……ここはあと数秒の辛抱だ、クラリス。なんたって――目標はもう、我々の目と鼻の先にいるのだからねッ!」



 今にも千切れそうな手足をなびかせ、かろうじて繋がった三つ首から人とも獣とも区別のつかぬうめき声を漏らすハロルド。その全身が落下した衝撃で砂埃が舞い上がると同時に、砕けたガラスの破片が地面に散らばる。

 闇より深い漆黒の身体に、上方から掛かる影。魔導士の真上を位置どったヴィクターが突きつけた苺水晶(ストロベリークォーツ)は、既にこの怪物の脳天を射程圏内へと捕らえていた。



「さぁ……そろそろ観念してもらおうか!」



 ヴィクターの声に応えるかのように、宝飾の中心で魔力の奔流(ほんりゅう)が渦を巻く。しかし……ふと。振り落とされぬようにと、必死に掴まるクラリスが地上へと目を向けた時――彼女は、ある違和感に気がついた。


 ――魔導士の首が……無い?


 そう。その違和感の正体はハロルドの首の数だ。つい先程までは確かに存在していた彼の三つ首が、今は中央のひとつを残してさっぱり消えてしまっているのである。

 まさか、完全に千切れたことで消滅したのだろうか。はたまたトカゲが自ら尻尾を切り離すような、逃走のための策なのか? それとも――



「待って……ヴィクター、気をつけて! 私達のすぐ下――影の中から来る!」


「ッ!」



 クラリスの声でようやく異変を察知したヴィクターが、反射的に魔力の放出先を変えて横に飛ぶ。瞬間、二人の姿を映し出した影がゆらり、揺らめき――飛び出したのは、消えたはずのハロルドの双頭。先程の爆発の衝撃で裂けた喉からは赤い泡を吹き、絶叫を喚き散らす姿は紛れもない()()……そう。そこにいたのは、まさに『暴食』の()そのものを体現したかのような恐ろしい怪物だったのである。



『あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ! ま、て……まって、まってまってまってまって――まてよぉぉッ!』


「この……! 食欲旺盛すぎるというのも困ったものだな……。そんなに腹が減ったのなら、帰ってキミらの大好きなご主人様(マーリン)にでもおねだりしたらどうなのかね!」



 軌道を変えたことで初撃こそ避けることはできたものの、すぐに旋回(せんかい)したハロルドの双頭は牙を剥き出しにして二人の後を執拗に追いかけ続けてくる。もう一度軌道を修正するべきか? しかしこれ以上飛ぶ方向を変えたところで、追跡を振り切ることができないということはヴィクター自身が一番よく分かっていた。


 ――ここは地上に降りて迎え撃つべきか? いや、アレが我々の影を使って移動している以上、こちらから近づくのは悪手だ。かといってこのまま飛び続けていては、そろそろクラリスを本当に振り落としかねない。まずいな……追いつかれる!


 使い魔を呼ぶべきか、それとも小回りのきくガラス玉を目くらましに、一度体勢を整えるべきか。逃げ場のない空中でヴィクターが後ろを振り返れば、その足先へ今にも食らいつくべくハロルドが舌を伸ばす。

 そして――鋭い刃が肉を貫く音がクラリスの耳に飛び込んできたのは、まさにその直後のことだった。

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