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災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第1部 第1章『チープな英雄劇に立役者は二人いる』
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第12話 遭遇。筋骨隆々!?蜂の魔獣

 二人の前に現れたソレは、まさに昨晩ヴィクターが予想を立てていた魔獣の姿形そのもの。写真の中から飛び出してきたかのようであった。

 人間とそっくりな筋骨隆々の身体は全身にペンキを塗りたくったような芥子色(からしいろ)。申し訳程度の蜂要素なのか、手と足の先だけが黒く染まっている。果たしてこれは人間なのか? そんな疑問を打ち消すかのように、首から上にはご丁寧にも蜂の頭が乗っていて――じっと獲物を見つめるその魔獣の手には、ヴィクターの身長程の長さもある黒い槍が握られていた。


 この魔獣が決して友好的なものではないのだと、クラリスの直感が囁く。

 脳内を埋め尽くす警告信号に、彼女は思わず一歩後ろへと後ずさった。しかし、それとは対照的に興奮を隠しきれなかったのはヴィクターである。



「ほら見たまえクラリス、ビンゴだ! ワタシの予想通りのやつが出てきた! 人型の身体に蜂の頭がくっついた魔獣だ。背中にしっかり羽も生えているし、お尻の針に代わった得物を握っているよ!」


「喜んでる場合じゃないでしょ! とにかく逃げないと……あの魔獣が本当にアナタの予想通りなら、あれだけの大きさでも走ったらとんでもない速さで接近して――」



 そう言いかけた瞬間、クラリスの目が大きく見開かれた。風を切る鋭い音。たった今の今まで目の前にいたはずのヴィクターが、突如として姿を消したのだ。

 理由なら分かる。ふわりと風圧で浮き上がる前髪。自分の目と鼻の先を、鋭利な槍の先端が横薙ぎに通り過ぎていくのを、彼女はたしかにその目で見ていた。



「ヴィクター! 嘘でしょ……」



 土の匂いが鼻につく。薙いだ槍が通っていった先、木の根元で砂埃が上がっている。きっと彼はあそこまで殴り飛ばされてしまったに違いない。もしも攻撃を受けたヴィクターが気を失っているなんてことがあれば、次は避けることなんてできないはずだ。


 ――早く、ヴィクターを助けないと。でも……


 しかしクラリスの前には、あの黄色い魔獣が立ち塞がっている。この数十メートルを一瞬で移動してくるくらいだ。自分が走りはじめたその瞬間に、それを上回る速さで殴り殺されたとしてもおかしくはない。

 石でも投げて気を逸らすか? いや、そんなもの手近にあるわけもなければ、引っかかる確証も無い。ならばいっそのこと、殴りかかってみるか? いや、非力な自分では簡単に腕を掴まれて、そのまま小枝を折るようにポキリと握り潰されてしまうだろう。


 ――ううん。それでも行かなきゃ。どうせ逃げたって追いつかれるんだ。役立たずでも、足でまといでも……ヴィクターを置いて一人で逃げ出すなんて、私にはできない!


 怖い、逃げたい、死にたくない。嫌な想像が頭の中を駆け巡る中、それでもクラリスは一か八かの賭けに出ることにした。魔獣の動きに注意して、飛んできた攻撃を避ける。そんなことが本当にできるとは思っていないが、やらねばここで二人して魔獣の餌だ。



「ッ!」



 意を決して、クラリスが震える足に力を込めて前に踏み出す。しかし魔獣は敏感にもその動きに勘づいたのか、彼女が身を低くして通り過ぎようとする一瞬で重い槍を振り上げた。刹那――



『Brrrr!』



 まるで人間が巻舌をしたかのような発音は魔獣の鳴き声のものらしい。そして同時に聞こえる、なにかがぶつかる鈍い音。

 最初は自分の頭に振り下ろされた槍がぶつかったのかと、クラリスはとっさに丸めた体の中心でそんなことを考えていた。しかしあるはずの痛みも衝撃も、いつまで経っても感じることはない。なぜか。その答えは、彼女が見上げた音の出所にハッキリと存在していた。



「挨拶も無しに人のことを殴り飛ばした挙句、クラリスにまで手を出そうとは――(あざ)になったらどう責任を取ってくれるというのかね。この虫ケラがァッ!」


『Brr!?』



 クラリスと魔獣との間に割って入り、あの巨大な槍を蹴り上げていたのは他でもないヴィクターであった。あの重量感のありそうな塊を足一本でどうにかしたことにも驚きではあるが、なにより攻撃を受けたにも関わらずピンピンとしている彼の姿には、クラリスどころか魔獣すらも驚きを隠すことはできない。

 ヴィクターは引っ込めた右足と入れ替わりにステッキを突き出すと、先端の苺水晶(ストロベリークォーツ)を魔獣の大きな顎へと突きつけた。次の瞬間――



「わぁっ!?」



 地面を揺るがす大きな振動と爆発音に、クラリスが飛び上がる。瞬く間に目の前に広がる黒煙。ヴィクターの放った魔法が、魔獣のゼロ距離で爆発を起こしたのだ。


 ――こんな目の前で爆発させるだなんて……み、耳がキンキンする!


 そうクラリスが悲痛な心の声を上げている間に、()が振られた風圧で煙が晴れる。魔獣は――まだそこに立っていた。

 高出力の魔力によって、その片側が吹き飛んでしまった強靭な大顎。それでも槍を握る手の力が緩まることは無い。もしやあの一撃を寸前で避け、ダメージを最小限に抑えたとでもいうのだろうか。



『Barr! ――Brrrrrrrr!』



 魔獣が咆哮を上げる。頭の四分の一を削り取られながらも、そこまで必死に獲物を狩ろうとする理由とはなんなのか。そんなものクラリスには分かりやしなかったが、魔獣がこの一瞬でより弱い獲物(クラリス)へと標的を絞った――その事実だけは、目まぐるしい攻防の渦中であっても理解することができた。

 彼女へ向けて、再び槍が振り上げられる。今度は叩き潰すためではない。獲物を確実に仕留めるため――刺し貫くためだ。



「ッ!」



 息を呑む音。クラリスがとっさに身を縮こませたその刹那――槍を振り上げた魔獣の膝を、三本の光の矢が貫いた。

 バランスを崩して傾く魔獣の身体。すかさずクラリスの全身が何者かに引き寄せられると同時に、彼女の背後――あの魔獣がいた場所から、飢えた()の唸り声が轟いた。



「――クラリス、少し走るよ! さっきの爆発に気がついて、付近にいるアレの仲間が寄ってくるかもしれない。()()()()()()()前だけを見て走るんだ!」


「う、うん!」



 クラリスのピンチを救ったのは、やはりヴィクターだった。彼は訳も分からないままの彼女の背を押して森の奥に向けて走り出す。

 途中ヴィクターが後ろを振り返る。ついさっきまで彼らがいた場所には、もうあの魔獣の姿は無い。代わりにあるのは――地面から生えた巨大な()()()だ。血を(したた)らせたその顎がゴクリと喉を鳴らしたかと思えば、口内に含まれていたナニカがズルズルと地面へ飲み込まれていく。


 ――ひとまず、あの個体が我々を追ってくることは無い、か……。アレがクラリスの目に入らなくてよかった。


 食事を終えた獣の顎が、光の粒子となり消えていく。それを見送ったヴィクターはほっと息をついた。

 これで一件落着……とはいえ、いまだここは敵のテリトリー内。周囲から聞こえる無数の羽音に、彼の警戒はしばらく続いていた。



「そういえばヴィクター、体は大丈夫なの? さっきの魔獣に殴られたところとか、足とか……」



 そうクラリスが尋ねたのは、聞こえていた羽音がひとつ、ひとつと遠ざかりはじめた頃だった。きっと先程の爆発現場の方へ向かっていったのだろう。

 ヴィクターは隣を走る彼女のつむじに目を向けると、不思議と可愛らしく見えてしまう麦畑のような景色に頬を緩めた。



「心配してくれるのかね。大丈夫。槍がぶつかる直前にコレ(ステッキ)で防いだから、直撃したわけではないよ。足もこうして走れるくらい平気だ。……とはいえ、体の内側にまで響くくらいだったからね。今のところ骨に問題はなさそうだが、次もあのスピードでパワープレイをされると考えたら……まったく。それこそ骨が折れるような思いをしなくてはならなそうだ」


「そっか……それならよかった。助けてくれてありがとう、ヴィクター」


「……かっこよかった?」


「そりゃあもう。私じゃなかったら惚れてたかも」


「えへへ……ん?」



 褒められたことを素直に喜ぼうとしたヴィクターではあったが、ふと。クラリスの言ったことに違和感を覚えて、宙に浮いたままの思考で彼女の言葉を反芻(はんすう)する。()()()()()()()()() だが、その言葉の意味に気がつくと、なんだか悲しい気持ちになるような気がして。彼はそれ以上考えるのをすぐにやめた。

 しばらく走り続けた後、ようやく彼らが足を止めたのは村から魔獣に出会った地点――それからさらに倍近い距離を移動した後だった。



「こ、ここまで来ればもう大丈夫よね……」


「ああ。周りに魔獣の気配もしないし、少し休憩しよう。紅茶……は今はやめた方がいいか。常温ですまないがクラリス、これを飲みたまえ」



 そう言ってパチリとヴィクターが指を鳴らす。彼の手元に七色の花火を散らして現れたのは、ペットボトルに入ったミネラルウォーターであった。



「ううん、十分だよ。ありがとう」



 クラリスは差し出されたペットボトルを受け取ると、都合よく道端に転がっていた手頃な岩に腰をかける。もちろんいち早く彼女の行動を察したヴィクターが、慌ててハンカチを敷いたことは言うまでもない。

 体が水分を欲していたのか、気持ち急いでキャップを開ける。一口飲めば、体中に水が染み渡る感覚。ただの水ではあったが、走った後の一口はとても美味しく感じられた。



「ぷは。ちょっとだけ生き返った……これならまた動けそう」


「また飲みたくなったら言うといい。それじゃあ先に進もうか」



 ここは既に魔獣のテリトリー内。ヴィクターの予想が正しければ、巣があればそろそろ見えてくる頃だ。

 クラリスの準備は万端。彼女が立ち上がったタイミングを見て、ヴィクターが指を鳴らす。すると再び小さな花火を咲かせて、ハンカチと半分中身の残ったペットボトルは跡形もなく姿を消したのだった。

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