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災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第1部 最終章『その名を呼んで。親愛なるファムファタル』
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第105話 さくさくトーストに未来の予定を詰め込んで

 どんな人間にも、朝は平等にやって来る。

 変わらぬ一日に、変わらぬ朝と()()()()は変わらぬ朝食(モーニング)。そんな繰り返し訪れる毎日の中で、当たり前のように変わるものがあるとすれば――



「……なにかね。このいかにもテキトーな似非(えせ)占い番組は」



 レストランの大方モニターに目を向け、モーニングのトーストを齧る口を止めた紅髪の男――ヴィクターがそう尋ねた。

 今日の朝食はサクサクふわふわのトーストに、分厚いベーコンと半熟の目玉焼きが乗ったモーニングセット。サラダとスープはおかわり自由で、お手製ウィンナーとバターの効いたスクランブルエッグ、さらにはデザートまでもがセットに含まれた大盤振る舞いの朝食だ。

 この夢のようなメニューを提供している場所は、絶品モーニングで有名なホテルのレストラン。ネット上での口コミを聞きつけて、ヴィクターの向かい側に座る金髪の彼女――クラリス・アークライトが前々から来たいと言っていたホテルなのだ。


 そんな二人がこうしてモーニングセットを頬張るのももう三日目。どうやら曜日ごとにメニューは決まっているらしく、あわよくばクラリスは全制覇をするつもりでいるらしい。先日退治したヒヒの首を元手に、しばらくの旅の資金は確保できている。ここのトーストはヴィクターも気に入ったのか、彼らの旅はここで少しの休息を取ることになっていた。

 そんな絶賛モーニング中な二人の視線の先。ヴィクターが言っていた通り、モニターの中ではなにやら占いと称して妙なランキング――誕生月占いが発表されていた。なにの順位を競っているかなど、言うまでもない。今日の運勢である。



「ああ……この時間はいつも町に出てたりするから、アナタはあんまり見たことないのか。ニュース番組の最後ってこういう占いコーナーをやってから終わるのが定番なの。ヴィクターって何月生まれだったっけ?」


「九月だよ。クラリスとは半年違いだからね」



 そう言って再びヴィクターがモニターを確認すると、ランキングは後半――つまり悪い運勢の月へと突入していた。目を離していたため、彼の生まれである九月がもう出たのかまでは分からない。しかしその一方で、彼の向かいに座るクラリスは話の最中でもしっかりと順位を確認していた。ここまでのランキングに、九月は――出ていない。



「……最下位」



 そう悲哀の混じった声でヴィクターが呟いたのは、一番最後の順位が発表されたのと同時のことだった。自分で似非占い番組などと言っておきながら、案外気にするタイプなのだろうか。しょんぼりとした様子でモニターを見つめる彼の手元から、半熟卵の黄身がとろりとこぼれ落ちる。



「ええと……なになに。張り切りすぎて大失敗。焦りすぎないように何事も慎重に行動しよう。ラッキーアイテムは……コーンスープだって」


「今日の日替わりメニューはポタージュスープだろう。手遅れだ」



 そう言って、ヴィクターはスプーンで当のポタージュスープをひと掬い。スープと共に口に入れたカリカリのパンを食感を楽しんだ……のだが。なぜだろう。コーンスープなんて文字を見てから飲んだおかげで、やけにスープが塩っぽく感じる。

 もちろん占いの結果なんて信じている訳ではないが、朝から今日の運勢が最悪と聞いて良い気分になる人間なんていない。このしょっぱさは、きっと涙の味なのだ。


 ――前にクラリスが買ってたコーンスープ味のお菓子でもいただいて……いや、勝手に食べるのも悪いか。そもそも本当にお菓子程度で運気が変わるなんて話、あるわけもないし……


 せっかくのラッキーアイテムならば、どこぞのパワースポットでしか採れない石でも示してくれた方がそれっぽい感じも出るし諦めもつく。いや、そもそもあんな占いに本当は意味なんて無いのではないか……そんなことを考えているうちに、ヴィクターはモーニングセットをペロリと食べ終えてしまっていた。

 一方のクラリスはといえば、既にデザートのフルーツヨーグルトに手をつけていたらしい。薄く蜂蜜の掛かったヨーグルトを口に運ぶと、ふと。彼女は思い出したことを口にした。



「そういえば……ヴィクターの誕生日祝いって、まだしたこと無かったわよね」


「えっ? そうだったかな」


「そうよ。だってアナタ、去年も一昨年もその時期って()()()でしょ? なんか記憶に薄いと思ったら、祝いたくても祝えてなかったのねぇ。今年は三年分盛大にやれたらいいんだけれど」


「……三年分豪華なケーキを食べたい、の間違いではないのかね」



 そうヴィクターがからかうと、クラリスの頬がぷくっと膨れた。あの顔はそんな失礼なことを考えているのかと抗議したくとも、あながちハズレでもないところを突かれてなにも言い返せない――といったところだろうか。


 ――さすがクラリス。機嫌を損ねた顔ですら愛らしいなんて……今日も可愛さに磨きがかかっているね。願わくばそのままの表情でこちらを見ていてほしいのだが……


 声に出せばそっぽを向かれてしまいそうな気がするため、称賛の言葉は胸の中だけに留めることにして。ヴィクターは食後のコーヒーに口を付けては、密かに笑っていることがバレないようにとカップで口元を隠した。


 二人が町へと繰り出したのは、それから一時間は経った頃である。世界中の人々から一流が(うた)われる町――『ラクス』。高級までとはいかずとも、この町は他の町に比べて少しだけリッチなブティックやレストランが通りに何軒も連なっている。

 ヴィクターは上手くこの町の雰囲気に溶け込んでいるようだったが、実のところクラリスは少しだけ肩身が狭い思いをしていた。すれ違う人がこうも皆高級ブランドばかりを身につけていれば、自分の場違い感が浮き彫りになっていることくらい嫌でも分かる。旅行客であることがひと目でバレてしまうくらいだ。



「さて……クラリス、今日はどこに行こうか。昨日見たがっていた、お店がたくさん入ってる建物にでも行くかい?」


「ショッピングモール? うーん……それでもいいんだけれど。なんだか連日ラクスの雰囲気に呑まれてか少し疲れちゃって……。ショッピングモールは今度にして、今日はどこかのんびりできる場所に行きたいかも」


「のんびりか……それならピクニックでもするかい? さっき通った道に美味しそうなホットサンドの専門店があったんだ。郊外まで足を伸ばせば大きな公園があるみたいだし、天気も良いから楽しめると思うよ」



 そう言って、ヴィクターはポケットから取り出した懐中時計で時間を確認した。まだ時間にして十時過ぎ。ゆっくり買い物をしてから歩けば、ちょうどランチタイムまでに着くことができそうな時間だ。

 彼の提案を聞いたクラリスはわずかに考えていたようだが、すぐににんまりと笑みを浮かべた。もちろんピクニックという言葉自体にも惹かれるが、なにより――あのヴィクターが目をつけたホットサンドというものが気になって仕方なかったのだ。



「ピクニック、いいじゃない。それじゃあそのホットサンドと……それからデザートも買ってから行きましょ! 合わせるなら飲み物はミルクティーがいいんだけれど……」


「もちろん用意はあるよ」


「やった! なら、早く準備して良い場所を探さないとね!」


「あっ、ほら待ちたまえクラリス! 急がなくたってホットサンドも公園も逃げたりはしないのだよ!」



 制止の声なんて聞きやしない。浮き足立って一目散に駆けていくクラリスを追って、ヴィクターも急ぎ足で後ろを着いていく。

 そんな彼らが追い抜いていったのは、道路脇に停められた一台の黒い車。いつから停まっていたのだろうか。チカチカ点滅するハザードランプが消えて間もなく、エンジンを吹かせる音が通りに響き――車はヴィクター達とは反対の方向へ向けて走り出すのだった。

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