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災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第1部 第5章『王族殺しは他人の城で幸せの花火を打ち上げるのか』
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第102話 地獄の業火よ、光を打ち払い全てを焼き尽くして

 マモナ国に響く轟音。それは、これまでに起こった出来事を考えるだけでも忌々しいポール・マモナの城から響いていた。

 もしもこれが普段のことであれば、王がまたなにか不穏なことを企んでいるのではないかと、国民達は勘繰りもしただろう。


 だが、不思議なことは町の中でも起こっていた。――連れ去られたはずの花嫁候補の女達が、次々に城下町の家族の元へと戻ってきたのだ。

 女達はなぜかメイド服や鎧、果てにはマーチング隊の衣装なんて着ていたりもしたが、その誰もが怪我も無く愛する家族達と再会できたことに涙を流して喜んでいた。


 しかしもう一つ不思議なことがあるとすれば、それは女達が口々に城での不可解な出来事を話しはじめたということだ。

 彼女達は言う。国王ポール・マモナに婚姻を迫られた後、次に気がついた時には頭が割れるほどの騒音の中にいたのだと。

 そしてその騒音の発生源である城からは、今も絶えずに爆発音が地響きを繰り返し――



「ヴィクター、そのまま左に走って! 腕の角度はえっと……あと十五度くらい上!」


「じ、十五度!? このくらい――かッ!」



 言われるがままに宝飾に込めた魔力を撃ち放ち、ヴィクターが薄目に軌道をチェックする。彼が放った光球は『ポール』の右翼の目玉に向けて吸い込まれ――るはずが、大きく逸れて魔獣の後方の壁にて起爆した。

 これにはクラリスも失敗だと思ったのか、後ろから「ごめん!」と聞こえた声にヴィクターの口の端がひくりと痙攣した。


 ――ほ、本当にこのままクラリスに任せてしまって大丈夫なのかね!? いや、彼女が信じろと言ったのだからワタシには任せる以外の選択肢は無い。無いが……やっぱり素人に全行動を任せきりにするのは不安が……!


 先程までの昏睡と覚醒を繰り返していた時とは違って、意識がしっかりした状態ではヴィクターの心に不安を生み出すだけの余裕がある。ある意味余計な感情が生まれてしまったとも言えるだろう。


 それとは対照的に、気を良くしているのは『ポール』である。

 それもそうだろう。相手は魔法使いとただの人間。しかしその魔法使い側が一人では使い物にならないと手を借りているにも関わらず、結局それも失敗しているのだ。これを無様と言わずしてなんと言う。



『フヒ、ヒ、イヒヒヒヒヒッ! ドコヲネラッテルノカナァ? チャアント、()()アテナイトダメジャナイカァ』


「簡単に言ってくれるね……だが、今の私の目はクラリスに預けているも同然だ。そんな安い挑発に乗るわけがないだろう」


『ソッカァ……ヒヒッ、ソレナラ……』



 ゆらり。『ポール』の視線(ターゲット)がクラリスへと向けられる。もちろん見えていないヴィクターには分かるはずのない些細な動作ではあるが、彼の肌はたしかに魔獣の目が彼女に向いたことを感じ取っていた。

 そして――魔獣の堪えきれない笑い声が、眼窩(がんか)の奥から響く。

 


『ソレナラァ……ソロソロアッチノオンナノコモ、オソッチャオウカナァァッ!』


「ッ! クラリス!」



 ここでヴィクターが目を開けるのは、おそらく悪手だ。なにせ彼がまぶたを開いてクラリスの元へと駆け出すその瞬間に、『ポール』はターゲットを変えてヴィクターへと襲いかかってくることだろう。それではまた先程の繰り返しだ。

 そんなことを考えている間にも、魔獣の両翼に貼り付いた眼球が光を帯びていく。そして、放たれた光がクラリスを包み込み――



「――やれるものならやってみなさい。今だけは、私がヴィクターの目になるって決めたんだもの。どれだけ王様が邪魔してきたって……私はもう、絶対に負けないッ!」



 怪しく照らされたスポットライトの中心で、彼女はしっかりと正面の敵を見据えていた。

 視界いっぱいを覆い尽くす紫。『ポール』の魔力が彼女の思考を焼き付くし、暗闇に隠そうと魔の手を伸ばす。しかし――クラリスの瞳が曇ることはなかった。


 ――あの光を浴びているのに、なんともない……どうして……?


 気合い? そんなはずはない。もしや耐性ができたのだろうか――いや、そんな都合のいいことあるわけがない。仮に耐性があったとしても、それは人間の姿を保っていた頃のポールの魔力に対してだ。桁違いな魔力量を得た魔獣『ポール』とでは比にもならない。

 

 ではなぜ、クラリスはまだこうして意識を保つことができているのか。その時、彼女は足元がわずかに熱を持っていることに気がついた。

 心地よくて、暖かい熱。その発生源にあるのは――ドレスに絡まったままの数枚の黒い羽根。カラスの羽根だった。


 ――もしかして、最初に位置を入れ替えた時……フィリップさんが魔法を掛けてくれたの? 私が王様に操られないように……ちゃんとヴィクターをサポートできるように。


 思い返せば、ヴィクターに指示を出す上で、クラリスも多少なりとも『ポール』の放つ光は目にしていたはずだ。だが、ここまで一度たりとも彼女は意識が混濁することもなければ、気分を悪くすることもなかった。

 この戦いが始まった時点で、きっとフィリップは全てをクラリスに託していたのだ。そう――クラリス達にとっては()であるはずの彼が、()()であるはずの『ポール』を倒させるために。



「それなら……ヴィクター! そこから斜め右、目を閉じたまま高く飛んで!」


「でも、キミが――」


「私は大丈夫! もしも予想が正しかったら、王様は魔法を使ってる間は攻撃してこないはず……あっちも動けないんだと思うの! だから今のうちにアナタは王様に近づいて! 攻撃のタイミングは――私が合図する!」



 そう。戦いの中でクラリスはひとつ、あることに気がついていた。それは『ポール』が魔法と同時に舌や足を使った攻撃を仕掛けてこないということだ。

 同時に行うことが可能であれば、ヴィクターはとっくに踏み潰されていたに違いない。そうしなかったということは――いや、それができないということは、あの魔獣は常にひとつの行動しか行うことができないのだ。


 それは、ヴィクターでさえ気がつくことができなかった――『ポール』のもうひとつの弱点。


 ――ワタシに指示をしている最中に、まさかクラリスがそこまで魔獣の動きを観察し、弱点を見抜くまでに至っていただなんて……本当に恐れ入ったものだ。彼女はただの人間でありながら、闘いの中で成長している。いや……ただの人間だからこそ、自身の実力に溺れることもなく、彼女の内に秘めていた真価を磨き上げることができたのだろうね。


 ヴィクターがステッキをひと回転し、宝飾がカーペットへと押し当てられる。

 この短時間で、不利とされている状況で。クラリスは新たに示された『ポール』の弱点に気がついた。

 しかし彼女にはその弱点を突くための手段を持ってはいない――そう。ただ一つ、ヴィクターという彼女が知りうる限りの最強の矛を除いて。それならば――



「クラリス、分かったよ。キミがワタシを必要としてくれてるいる以上……どんな時だろうと、ワタシはただその期待に応えるまでだ!」



 瞬間、ヴィクターの足元で爆発が起こった。宝飾から硝煙を上げて飛び上がった彼の体は、弧を描いて『ポール』の頭上高くへ。

 杖先の苺水晶(ストロベリークォーツ)が熱を孕み、赤みがかったオレンジ色の揺らめきが宝飾の中でとぐろを巻く。ステッキを掴んだ指先に、腕に、そして全身へと――熱が、集まってくる。



「あそこが頂点……ッ、ヴィクター! そこから垂直に落下!」



 フィリップがクラリスに掛けた魔法にもさすがに限度はあるのか、だんだんと『ポール』の魔力が彼女の頭を蝕みはじめていく。その魔力に抗おうとする度に、頭を殴られたみたいな痛みに襲われる。


 ――ここで()を上げちゃだめ! 負けないって誓ったんだから……ヴィクターが王様を倒すまで、私は私にできることを!


 そうクラリスが活を入れた直後、ヴィクターは薄目で現在地を確認。天井に向けて小爆発を起こし、真っ逆さまに『ポール』の前方――光の中へ。

 とっさに目をつむったおかげで、直視は避けることができた。そして――



『アレェッ!? ドウシテ、キミガココニィ!』



 驚きに染まった魔獣の声。

 その一瞬、『ポール』の目が――あの忌々しき紫色の光が、やんだ。



「今だ……! ヴィクター、目を開けて! そのまま狙うのは正面……一気にやっちゃえええっ!」



 クラリスの叫び声に、ヴィクターの両目が見開かれた。そして目の前に広がる光景を見て……彼は思わず口元に笑みを作る。


 ――正面だなんて……体が外側を向いていて、このまま放っていたら狙いを外すところだったじゃないか。もう少し右に調整する必要がある。高度ももう少し余裕が欲しかったね。だが、それでも……合図のタイミングだけは完璧だ。


 刹那、()()へと突き出された苺水晶(ストロベリークォーツ)の中心で、激しい炎の奔流(ほんりゅう)が揺らめいた。

 炎は瞬く間に宝飾の表面へと溢れ出し、どこからともなく吹き荒れる突風と混ざり合う。そして風は熱風となり――マグマのように熱い熱風が、『ポール』へとまとわりついていく。

 まるで毛の先から、皮膚を突き破って溶かされていくような感覚。肌が、焼けて、溶けて、焼けて、溶けて、形が崩れていく。



『アツイ――アツイアツイッ! アッアアアアアア! ユルサ、ナイ……キミガッアアア、サキニ、シネエエエエッ!』



 耐え難い熱風の中、それでも『ポール』は最後の抵抗をするべく両翼を広げて魔法の発動準備へと入ろうとした。しかし――



『ア――エッ? ボクノ、メハ……?』



 どろり。奇妙な感触が羽に流れると共に、『ポール』の視界が闇に染まった。ついにヴィクターの起こした熱風が、魔獣の眼球を溶かしたのだ。

 同時に地上へ着地したヴィクターは、ステッキを構え直して杖先へと魔力を再構築していく。


 火力が足りない。

 こんな熱さじゃ焼ききれない。触れるものを焦がすような、溶かすような、灰燼に帰すような熱を――もっと熱い地獄の業火を! ヴィクターの抱えた怒りは――彼らの抱えた怒りは、こんなものじゃない。



「――焼き尽くせッ!」



 ヴィクターが言い放つと共に、苺水晶(ストロベリークォーツ)から放たれた炎は『ポール』の全身を飲み込んだ。

 その炎がどれほどまでの苦しみを魔獣へ与えているのかは、離れた場所にいるクラリスの元まで伝わってきた。なにせ思わずえずいてしまいそうな肉の焦げる臭いに、肌を焼く熱風。



『イギッ、ギヒ、ヒ、ヒハ! アツイア、ツ、フヒ、アアアアアァァァッ!』



 そして、悲鳴と笑い声が混じりあった『ポール』の断末魔。

 果たして鼻を塞げばいいのか、体を抱けばいいのか、それとも耳を塞げばいいのか。目を逸らしてもおかしくはない惨劇を目の前に、しかしクラリスは一度たりとも顔を背けることはしなかった。


 ようやくヴィクターがステッキを振ったのは、醜い魔獣の悲鳴が聞こえなくなってしばらくのこと。彼が横に薙ぐ動きに追従して、カーペットに燃え広がっていた炎が空気に溶けて消える。

 代わりに現れたのは、黒煙の向こう――巨大な燃えカスとなった『ポール』の姿だった。

 

 すっかり風通しの良くなった室内で、柔らかな風が魔獣の身体を撫でる。するとぽろり、ぽろりと次々に魔獣の身体は崩壊していき――やがて二人の見ている前で国王ポール・マモナは風に乗った灰となって消えていったのだった。

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