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災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第1部 第5章『王族殺しは他人の城で幸せの花火を打ち上げるのか』
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第100話 望まれないバッドエンドなんかじゃ終われない

 動かないヴィクターを前にして、クラリスの心はなんとかその場に立っているだけで精一杯だった。

 彼が起き上がる様子は依然として無い。仮に『ポール』による洗脳の暗示が動きを封じる指示だったのだとすれば、身動きが取れずに避けきれなかったというのにも納得がいくだろう。しかし――


 ――もしかして、魔法が……解けてない……?


 思えばクラリスが洗脳から覚めたきっかけは、膨張したポールの体から弾き飛ばされて転がり落ちたことが原因だ。そのこと自体を彼女が覚えていなくとも、あの痛みだけは覚えている。

 ならば、それより遥かに強い衝撃を受けた彼が目を覚まさない原因はなんなのか。もちろん気絶しているだけとも考えられるが、不思議とクラリスはそう思うことができなかった。


 ――そういえば、前にフィリップさんがヴィクターは魔法が効きやすい体質だって言ってた。それが本当だとしたら、暗示が強く掛かりすぎてて私と同じ方法じゃ解けなかったってこと……!?


 そう思うやいなや、ドレスの裾をたくし上げたクラリスはヴィクターの元へと走り出していた。

 どうにかして、彼を起こさなくてはならない。たとえ引っぱたいて殴りつけてやってもだ。


 なにせ、ヴィクターがこのまま起きなかった場合――塀の中に閉じ込められているマモナ国の人間は、『ポール』を止めることができずに全員が()()ことになる。



「そんなの……そんな最後だなんて、絶対に許さない!」



 慣れない邪魔なヒールを脱ぎ捨てて、前へ、前へ。

 必死に足を動かしヴィクターの元へと向かうクラリスだったが――しかし彼女の頑張りは、目の前に振り下ろされた巨大な肉塊によって、いともたやすく打ち砕かれることとなる。



『ネェ……ドコニイクノォ?』


「ッ、王様……」



 クラリスのわずか数歩先。鼠色をした大きな五指の足が、カーペットの下に隠れた床を軋ませる。

 『ポール』は頭の羽に貼り付いた目玉で彼女を見ていながらも、ぽっかりと穴の空いた豚頭の目元を歪ませて笑みを浮かべていた。



『カワイイオンナノコ……ボクトケッコンシヨォ? ヒヒ、フ、フヒヒ……ダイジョウブ、ボクノメヲミレバ……キミモ、イヒヒヒヒヒ! キットボクヲスキニナル!』



 絶対的な自信があるのか、『ポール』は立ち止まったクラリスの元へと顔を寄せて耳障りな笑い声を上げつづける。

 うつむいたままドレスの裾を握るクラリスの手は、わずかに震えていた。だがそれは、恐怖や怯えの感情から来る震えなんかではない。この震えは……今すぐにこのドレスを破り捨てて、投げつけてやりたくなるほどの――怒りの感情だ。



「……誰が……」


『ンン?』


「誰がアナタなんかと結婚なんてするもんですか! こんな動きにくくて趣味の悪いドレスなんて着せて……アナタみたいな豚の化け物、天地がひっくり返ってもありえないに決まってるでしょ!」


『エ、エッ……?』



 顔を上げたクラリスから放たれたのは、今までの彼女からは考えられないほどに声を荒らげた怒号だった。

 これにはさすがの『ポール』も面食らってしまったのか、彼は戸惑いの声を上げながら全身(顔面)をゆらゆら横に揺らしては実に人間らしい困惑ぶりを体現している。



『オンナノコ、ボクノコトスキジャナイノォ……? ナンデ、ドウシテェ……』



 もしも『ポール』がまだ人の姿を保っていれば、頭でも抱えて落ち込んでいたことだろう。しかしそんな腕すらも足に生え変わってしまった魔獣に、突き出た鼻先を覆って泣き出す(すべ)は無い。

 代わりにできることがあるとすれば、それは――手に入れた力による暴力(解決)。クラリスに? いや、自分を好きになってくる可能性があるうちは、わざわざオンナノコ相手に『ポール』は手出しなんてしない。


 するならば、今まさに彼の後ろ足にぶつかったモノ。瓦礫から顔を覗かせている紅髪の男――彼女が一目散に駆け寄ろうとしていた、この男だ。



『ソウカァ……ワカッタヨォ! コイツガイルカラ、ボクノコトヲスキニナッテクレナインダネェ。ソレナラグヒ、マッテテ! イマ……ヒヒヒヒヒヒ! ツブシテアゲルカラァ!』


「えっ……? そんな待って――」



 ゆらり、と『ポール』が後ろ足を持ち上げる。趣味の悪い魔獣だ。動かぬヴィクターの位置に目星を付けている彼の両目は、表情を歪ませたクラリスのことをしっかりと目に焼き付けようとしていた。

 大きな豚頭が、耳まで裂けてしまいそうなほどに口の端を吊り上げる。そして、足が、振り下ろされ――



「ヴィクター! お願い、起きて! お願いだから――そこから()()()()()!」



 喉が張り裂けてしまうことすら構わずに絞り出されたクラリスの悲鳴。だが彼女の声は次の瞬間、それより大きな轟音によってかき消されることとなる。

 下ろされた『ポール』の後ろ足を押し返したのは、突如として発生した熱と衝撃。前触れも無しに、魔獣とヴィクターとの間で爆発が起きたのだ。



『グゥ……! ナニィ……!?』



 よろめく『ポール』はとっさに羽を後ろへ向けて、爆発の発生源へと目を向ける。そこにいるはずのヴィクターの姿は――既に無かった。



「――よくもやってくれたね、クソ豚。他人の思考に脳みそを犯される感覚というのは、思っているよりもずっと最悪の経験だったよ。これをクラリスも味わっていたのかと考えると……吐き気がする」


『ナッ……キミィ、ナンデ!? ナンデキュウニ、センノウガトケテ――ギヒィィィッ!』



 汚い『ポール』の悲鳴が響き渡る。消えたはずのヴィクターが姿を現したのは、ポールの頭の上だった。

 爆発の衝撃で空中へ飛び上がった彼は壁を蹴りつけ、魔獣の頭へ着地をしてすぐに杖先の宝飾を『ポール』の脳天へと押し付ける。そのまま力任せに放出した魔力が、魔獣の体内へ突き抜けて口内で大爆発を起こしたのだ。


 それでもしぶとい魔獣には、まだ息がある。

 ヴィクターは眼窩(がんか)とだらしなく開いた口から黒煙を上げる『ポール』の頭を蹴りつけると、クラリスの前へと降り立った。



「――ヴィクター!」


「クラリス……ッ、すまない。ワタシが油断なんてしたせいで、キミにはいらぬ心配をかけてしまったね……」



 着地と共によろめく体をクラリスに支えられ、ヴィクターは申し訳なさそうに、それでも彼女にこれ以上の心配をかけまいと微笑んで見せた。



「いらぬ心配だなんて……ヴィクターが無事で本当に良かった。体は大丈夫なの?」


「もちろん、これくらい問題ないさ……とは言いたいところだが。打ち所が悪かったのか、正直背中と右半身がすごく痛い。骨に異常が無いことを祈るばかりだよ」



 クラリスから離れた彼は、ステッキの石突きをしっかりと床に付けて立っていてもなお、辛そうに肩で息をしていた。

 口の中を切ったのか、血の味がする。受け身も取らずに叩きつけられたせいか、全身が砕けたみたいに痛くて、気を抜いたらまた倒れてしまいそうだ。

 だが倒れるのは、今じゃない。また無様に空を見上げて黙りこくるのは――まずは、目の前の問題を片付けてからだ。



「クラリス。キミにひとつだけ頼みがある。どうやらあの豚王の使う魔法は、ワタシとの相性が驚くほどに良いらしい。弱点を見て狙いをつける以上、またあの光を浴びて正気でいられる自信があまり無くてね……外からワタシを起こしてくれる、誰かの助けが必要だ」


「助けだなんて、そんなこと言われても……さっきだってアナタを起こしに行こうとしたけれど、王様に邪魔されてそれどころじゃなかったのよ? 私にできるかだなんて――」


「HAHA! そんなことなら心配いらない。もう忘れてしまったのかね。キミは別に、ワタシを揺すって起こしてくれたわけじゃあなかっただろう。助けっていうのは……その可憐で鈴の音のように愛らしい、キミの()のことだ」


「声?」



 不思議そうにクラリスは首を傾げたが、ヴィクターは頷くだけで彼の背後――重い身体を起こして口から黒煙を吐き出す『ポール』へと振り返る。

 そして彼は左手でステッキを握り直すと、右手を自身の胸へと当てて高らかにこう言い放ったのだ。



「ああ。ワタシがあの目玉を破壊するまでの間、指示をしてくれ、クラリス。キミの声なら、キミの言葉なら――どんな邪魔が入ろうともワタシの()にしっかり届く!」

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