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埋もれた短編

書くこと話すこと

作者: 平松冨永




 今日は残業四十四分。以前なら「あと一分粘らなきゃ三十分しか残業代がつかない」なんて考えたこともあった。時代と環境の変化はありがたい。


 最寄り駅で降りて改札を潜る。スマホ一つかざすだけでいい。見せられた定期券の有効期限を目視確認したり、差し出された硬券切符にハサミを入れたりしてた駅員は大変だっただろうな、と思う。自分なら眼精疲労と腱鞘炎になりそうだ。




 コンビニに寄って一周。平日の日課で無駄遣いや割高出費と分かっている。


 けど流行や新商品のネタを仕入れておけば、翌日の職場でほんの少し役に立つ。


 業務上の必要会話だけでは、ギスギスすることもある。そこに潤滑油ならぬ「田中さんチョコ好きでしたよね」「鈴木さん贔屓のあの選手、新聞の一面でしたねえ」、するとびっくり、スルリと会話が繋がるのだ。


 誰だって「自分を個として認識し、寄り添ってくれる」相手の言葉は無視しない。聞く耳を持たせる努力は、仕事の効率を地味に底上げしてくれて、巡り巡って自分のストレスを軽減してくれるのだ。


 だからこれは、必要経費。


 日用品や基本の食品は、週末に安売り店に買い出しに行く。




 マイバッグに新商品のチョコとスポーツ雑誌、「見方も分からない」競馬新聞。明日の昼休みに部長を捕まえ、一からレクチャーしてもらおう。酔って買ったけど分からなすぎて悔しいから、と。


 顔は怖いが教え上手で、しっかり部下を見てくれる人だ。自分たちを見て、新人たちが部長を敬遠しなくなればいい。


 去年はそれで上手くいった。実際にへべれけになって買った競艇新聞で。




 ありがとうございました、の声を背に帰途につく。街灯の青白さが目に入り、自分も歳を取ったなあ、と息を吐く。


 昔は蛍光灯の白い光だった。こどもの頃はオレンジがかってた記憶がある。


 同じ言葉で書かれた「夜の道」も、読む人と環境と時代に応じて、色が違うんだろうなあ、と思う。


 「夜空」だって季節で変わる。都市部の空と郊外の空は、遮蔽物の数も違う。




 自分が今、書いている小説は終末世界が舞台だ。


 仕事中は取引先で見かける、廃棄前の旧式機械にそそられる。型番や製造会社を教わって、ネットで調べても出てこないと浮き浮きする。それに因んだ謎の構造物を出してやろう、どう描写して読者に伝えようか、と脳が興奮するからだ。


 夜の静けさは、自分の創作意欲を掻き立てる。住宅地の空調や生活音がなければ完璧になるだろうが、それはまあ、仕方がない。




 見慣れた帰り道に、脳内の終末世界の瓦礫フィルターがかかる。この辺りは同じメーカーの一戸建ての並びだから、似た感じで崩れるだろうな、とか。あの庭木はぽつんと残って大きくなるかな、とか。


 瓦は何年、形を保つんだろう。陶板のように食べ物を焼くのに使える筈だ。


 マンホールが視界に入って、考える。ガス管や水道管は数十年で耐久限界がくると聞く。実家の親がこの前、工事をしたと言っていた。長くて二日で済むらしい。


 それでも下水道の管穴なんかは、もう少し保つだろう。マンホールがあった場所をトイレに使って、その付近を拠点にするのはありじゃないだろうか。




 いつしか足取りは軽くなる。


 書きたい。


 楽しい。


 急いで帰って晩飯を解凍しながら風呂に入って、チョコ食いながら録画と雑誌に目を通して。


 そこから寝るまで、自分だけの未完成な世界にダイブだ。まだまだ空白だらけのそこにこのアイデアを放出して、情報の粘土を捏ねて成型して焼き上げて、計算しながら組み立てていく。


 隅っこでは主人公が、待っている。もうちょっと我慢してくれ、舞台ができたら好きなだけ遊んでくれ。今はまだ、雌伏の時だ。




 玄関を潜りドアの施錠をした瞬間、頬杖ついてた主人公が脳内で呟いた。


 ───海に行きたい。魚が釣れたら、お腹一杯になるだろ。


 ああそうだな塩と蛋白質は大事だな、と脳内の彼に返しつつ。


 終末世界の海はどう様変わりしてるんだろうな、と考えながら、靴を脱いだ。


閲覧下さりありがとうございました。

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