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白と黒の天使  作者: YUKI
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一つ目の代価

「お母さん」

窓から差し込む暑い日差しに目が覚めた僕は、空気の流れのない空間に呼びかけた。息を殺し聞き耳を立てたが何も変わりはしなかった。今日も母は帰ってこない。

その日も今日と同じように母を呼んだ。奥の襖が開き、綺麗な服に身を包んだ母、手には大きな鞄を持っていた。窓の側に敷かれた布団に正座する僕を見て、小さく舌打ちをした母は、

「冷蔵庫にお弁当とかおにぎりがあるから食べなさい。旅行に行くから外に出たらダメよ。解ったわね。」

厳しい口調で言い捨てた母は部屋を出て行った。

冷蔵庫が空になる頃に母は帰ってくるなんて事は何度もあった。だから、僕は冷蔵庫の物を少しづつ食べるようにした。でも、今回は冷蔵庫が空になっても母はいないまま。水だけで過ごす日々が続き、寝返りすることも辛くなってきた。手を伸ばせば冷たい畳がある。爪を立てれば微かに畳が手に取れた。無意識のまま口に運び力なく咀嚼してみる。変な味がして吐きそうになる。

でも、吐く力もなくヨダレが口の端から滴り落ちただけだった。

何日経ったんだろう。

『お母さん』

もう声も出ない。


遠い所で声がする。お母さんが帰って来た。優しくはないけど、また、僕の名前を呼んでくれる。

『お母さん、僕はここで大人しくしてたよ』

空気を僅かに揺らす程の声は、呼ぶ声に届かず、指先がほんの少し畳を引っ掻くのが精一杯。

それでも必死で動かそうとしたら、テーブルに不安定に置かれたペットボトルが畳に落ち転がっていく。でも、途切れ途切れで聞こえる声は、なんだかお母さんの声じゃない。

こんなに頑張ったのにお母さんじゃないの。ガタガタと音がする。何、耳鳴りのような水の中で話し声を聞いた時みたいな、ふわふわと僕の思考にまとわりつく。

微かに開く事の出来た僕の瞼、そこに浮かぶ姿は、光の中に佇む黒い大きな翼を広げた天使だった。

僕は、良い子じゃなかったから地獄に行くんだ。迎えに来たんだきっと…。ごめんなさい、お母さん。どんどん闇に吸い込まれ溶けていきそうだ。このまま息をするのも忘れてしまうのかもしれない。

さっき見た天使、少し怖いようなでも、とても綺麗だった。地獄に連れていかれるのは嫌かもしれないけど、もう一度会いたいなぁ。

闇の中にほんのり明かりが見えたけど、手を伸ばせばすぐに闇に飲み込まれてしまう。誰かこの闇から連れ出してほしいと思いながらも、僕は良い子じゃないからここがふさわしいとも思う。

あの綺麗な天使が、あの大きな翼で僕を隠してくれたら、お母さんも心穏やかに過ごせるだろうに。存在自体を否定するような母の冷たい視線を向けられることもなくなるのに。だから、お母さんの視界から僕を隠して、お願い。


深い海底から光に向かい浮上する様に、重い瞼を開いていく。

あぁ、僕はまだ生きている。柔らかい薄い水色のカーテンが僕の視界を包む。

『此処はどこ』

戸惑い、不安な思いが体を締め付ける。

カーテンが開き、僕と目があった女性、

「あら、お目覚めね。良かった、少し顔色も良くなってきたわね」

「ココはドコ?」

「病院よ。安心していいのよ。もう大丈夫だからね」

優しい手が僕の頭を撫ぜてくれる。でも、初めての感覚に体が固まる。

「お母さんが帰って来たら、僕がいないと……」

母の機嫌が悪くなる。外に出るなときつく言われたのに。

「お家に帰る」

ベットから降りようとした僕は、自分では立てない程弱っていた。

「駄目よ、ベットに寝ていないとね、お願いよ」

抱きかかえられベットに戻される。

「どうした?」

白衣を着た大きな男の人がベットに座る僕の頭を撫ぜながら

「大分と顔色も良くなったね。柔らかいものから少しずつ食べていこうね。直ぐに普通に食べられるようになるよ」

「お医者さんなの?」

「そうだよ」

「僕、お家に帰りたいの」

「もう少し元気になったら帰ろうね」

「お母さんが怒るよ。僕、お家から出ちゃダメなの。だから、お家に帰して」

先生は、優しく笑って

「お母さんにはちゃんと言ってあるから大丈夫。お母さんもね、君が元気になるのを待っているよ」

お母さんが、僕の事心配してくれてる?そんな事有り得ないと思うけど、もしかしたらと嬉しかった。

「早く元気になるよ。お母さんに心配かけないように」

嬉しそうに笑う僕に「そうだね」とまた、頭を撫ぜてくれた。



僕は一生懸命ご飯も食べて、元気になって母の待つ家に帰る事だけを考えていた。僕の事を心配してくれてるとお医者さんの言葉を信じた僕は、母の愛を初めて感じてもいいのだと思いたかった。

暦の上ではもう秋なのに、居残りを決め込んだ夏はまだまだ暑さを提供しつつあった。

僕は、風が吹き抜ける屋上が大好き。今日も日陰のベンチを見つけ空を眺めていた。

「もう大丈夫なのか?」

不意に声をかけられびっくりして振り向いた僕に

「ごめん、驚かすつもりじゃなかったんだ。元気になって良かった」

優しい声で話しかけてきた少年、僕は誰だろうと思いながらも「ありがとう」と笑った。

少年も嬉しそうな笑みを浮かべ

「隣に座ってもいい?」

「うん」

「ありがとう」

「あの時は本当に俺、びっくりして何も出来ないでウロウロするばかりで、気になってたんだ。元気な顔見れて良かった」

少年の言葉に、もしかしたらこの少年が天使様なのかな、優しい眼差し、笑みが僕の心を包み込んでいく。

「お兄ちゃんが僕を病院に連れてきてくれたの?」

「えっ! 病院に運んだのは父さん、僕は君を見つけて、父さんに知らせただけ」

少年は苦笑いしながら僕の頭を撫ぜながら 独り言のように「元気になって良かった」と笑いかけてくれた。

「ねぇ、君の名前教えてよ。俺は葛城愁、6年」

僕は目の前の凛とした男らしい大人びた少年が小学生ってびっくりして

「うそ、中学生だと思った」

「あぁ、よく言われる。老け顔だって」

「そんな事ないよ。凄くカッコいい」

真っ赤な顔の僕につられるように愁も少し顔を赤らめ「ありがとう」と返した。

「僕、僕の名前、御坂友紀で9歳」

「じゃ3年かぁ、どのクラス?」

「えっ!僕、学校行った事ないからわからない」

僕は普通じゃないって思ったら悲しく俯いてしまった。

「ごめん。学校行ってなくても友紀は何も悪くない。いい子だから」

優しい腕はそっと僕を抱きしめてくれた。その腕の中は暖かく僕を幸せにしてくれる。





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