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二時間目 女家庭教師の洗礼

 リディアは、今日の授業時間が終わると自分の部屋に戻って来た。リディアの部屋は、使用人部屋と同じ階にある。一応客室ということになっているが、恐らく使用人が使う部屋だ。

 建築費をケチったのか、窓の建付けが悪く隙間風が部屋の中に入ってくる。ベッドと書き物机とチェストが置いてあるが、部屋が狭いのでぎゅうぎゅうだ。

 場所も、屋敷の三階にあって余っていた部屋なので日当たりが悪い。ランプを付けないと一日中薄暗い部屋だった。


 慣れないことをしたリディアはクタクタだった。古い木製のベッドに腰かけて、ふーと大きな息を吐いた。


「あんなに何時間もやるなんて思わなかった……。子供の体力って凄い」


 リディアが、服を着替えて庭に向かったのは午後一時過ぎだった。今は夕方で、もうすぐ陽が暮れる。遊ぶと言っても長くて二時間くらいだろうと思っていたのだが……考えが甘すぎた。


「でも、楽しかったな。ボール投げなんて初めてやっちゃった」


 リディアから、ふふふと笑いが零れる。全くボールが飛ばないリディアに呆れながらも、ブラッドはずっと一緒に遊んでいた。

 すぐに飽きるかと思っていたが、不慣れなリディア相手に繰り返しボールを投げてきた。最初の一、二時間は、生意気な態度だったけれど最後の方では笑顔も見られた。

 無邪気なブラッドの笑顔が見られて、生意気なだけじゃないことがわかって嬉しかった。できれば、嫌々ではなく学力やマナーを身に着けて欲しい。それには、もっと打ち解けてなぜ学ぶことが必要なのかわかってもらわなくてはいけない。


「でも、明日、腕上がるかな……」


 子供の頃に、外で遊ぶのが好きだったといえ貴族の女の子なのでお花を摘んだり綺麗な石を拾って集めたり、兄妹とかけっこをする程度だった。

 こんな風に体全体を使って遊ぶなんて初めてで、体が重くて疲労感が凄い。


 リディアは、そのままベッドにバタンと横になる。


「さすがに疲れた……。でも、明日の授業の確認をしないと」


 リディアの独り言が、暗い部屋に響く。使用人たちは忙しく働いている時間なので、この階にはまだリディアくらいしかいないから、シーンとしていて静かだった。


 暫く、そのまま動かずに天井を見てぼんやりとしているとこちらに向かってくる足音が聞こえた。リディアは、誰か三階に上がってきたなと思った瞬間、自分の部屋の扉を叩く音がして飛び起きる。


「クラーク先生、入ってもいいでしょうか?」


「はい。どうぞ」


 そう返事をすると、すぐにドアが開いてメイドらしき女性が沢山の服を抱えて部屋の中に入ってきた。


「これ、奥様が今週中に繕って欲しいそうです。できたら直接、奥様に渡して下さい」


 メイドは、扉のすぐ横にある書き物机の上に抱えていた服をドサッと置いた。そしてすぐに退出しようとして扉を開けるが、言い忘れたことがあったのかリディアの方をもう一度振り返った。


「あっ、あと今日の夕食もお部屋でいいですよね?」


「あっ、はい」


 有無を言わせぬ問いに、リディアは「はい」としか返事ができない。


「わかりました。では」


 メイドは、今度こそ部屋を出て行く。部屋に入って来て出るまで、ニコリともせず仏頂面だった。

 女家庭教師ガヴァネスは、雇われた家でとても微妙な存在なのだ。子供を教える先生として屋敷で生活しているので、使用人たちにとっては客人としての位置づけではある。しかし、貴族の癖に女家庭教師ガヴァネスにしかなれなかった半端者と思われ疎まれている。

 一方、屋敷の主人たちは女家庭教師にとって雇い主に当たる。客人とは違い壁があるのが常だった。だから勤め先での女家庭教師は、馴染むことができずに孤立していることが多いのだ。


 女家庭教師は、子供の教育には必要な存在であるはずなのに屋敷内では下に見られている。しかし、屋敷の主人の性格によって待遇よく暮らせる場合もある。全ては、雇用主の考え方次第なのだ。


 残念ながら、リディアが派遣されたジョーンズ家は女家庭教師を見下していた。

 リディアは、立ち上がって書き物机の上にある衣類を手に取る。男児の子供服だった。手に取ったズボンは、膝小僧の部分に穴が空いている。

 これらを一週間で繕うのかと思うと頭が痛い。


 女家庭教師の仕事は、基本的には子供の教育だ。でも中には、子供の日常の世話をさせたりこんな風に洋服を繕わせたりする家がある。

 子供に乳母が付いていない場合、その仕事もさせてしまおうとする家が多いのだ。リディアは、日中は子供の相手をして夜は次の日の授業の確認や準備を行うつもりだった。そこに服の繕いも加わるとなると睡眠時間を削るしかない……。


 なかなか、前途多難な毎日が始まったとリディアは天を仰ぐ。だけどリディアは、こんなことくらいでへこたれるもんかと拳を握り締める。だって、有名な女家庭教師もきっと初めはこんな風に始まった筈なのだ。

 最初から全部上手くいくなんて、そんな美味しい話があるはずがない。リディアが目指すのは、女家庭教師の頂点である王宮で雇われること。

 初めての生徒が生意気な男の子でも、雇われた屋敷が劣悪でも、絶対に最後には笑顔でここを去ってやると志を新たにする。


 リディアは、実家から持ってきた裁縫道具を出して机に座った。縫物は得意な方だ、一週間あればきっと何とかなる。

 中には、繕い物だけではなく子供の服を作らせるような家もあると聞いた。それよりは数倍ましだと自分に言い聞かせる。


「これくらいの繕い物、さっさと終わらせてやるんだから!!」


 リディアは、声に出して気合を入れた。


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