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佐古下悠理は行方不明 『臙脂色の紫陽花』編  作者: はるたろー
深碧色の神隠し
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埼進での文学部におけるフィールドワークは他の大学と比較してもかなり力を入れている。地方の建築物や町並み、そこにある文化的背景、歴史、政治への結びつき方、風土風習、祭りや儀式。都市部に居れば感じられない景観が五感を全て刺激してくれる。

以前、霜村はそれを率先していた。ほぼ毎週のように地方を飛び回り、その地方の風習や文化、歴史に触れてきた。そこから建築物の造形の美しさ、日本独特の建築工学、経済を支える日本人の教育への考え方。霜村はそれら全てに興味を惹かれていた。

それが今は私立高校で一介の社会科教師である。

「えっと、どうかしましたか?」

人知れず苦笑していたことに霜村は気付かされた。口元を結び直した。

「失礼。それで、本題は?」

「はい、佐古下先輩なんですが、この前もそのフィールドワークに出掛けて、一昨日までは連絡が取れていたんですけど、急に取れなくなっちゃって」

別段不思議なことではない。と霜村は思った。

霜村が本気で仕事をしているときに、他人と連絡を取ることなどしない。仕事以外での他者とのコミュニケーションは一時的に排する。

佐古下も学ぶことに集中しているということではないだろうか。

「一昨日の時点で、明日には帰るから久しぶりにご飯でも食べようって、そう約束してたんです」

「それが昨日も一日連絡が取れず、今日になってもそれは変わらない、と」

「そういうことです」

「確かに約束を交わしていたなら、不実な態度だと思うよ。アポを取っておいてすっぽかしてるということだろう?佐古下君もそういうコミュニケーション能力は磨いておかないとね」

「違うんです。そうじゃなくて」

依田原は辛そうに眉を寄せた。泣き出しそうな彼女の面持ちに、霜村は口を閉ざさざるを得なかった。

「佐古下先輩は……長野県に行ってるんです」

――長野県で神隠し

霜村は押し黙ったまま目を細めた。



十六時の段階で佐古下は森の中の捜索を打ち切った。来た道は覚えているし、念の為道しるべに残したGPSも拾った。

間違いなくこの道を通ったのだ。

なのになぜ降りてきた階段が見当たらないのだろう。

佐古下は内心かなり焦っていた。日没までそんなに猶予はない。

GPSを拾ったものの、ここらが本当にあの本線から折れて下った階段付近かどうかの自信もなくなってきた。

何となくこの木にも見覚えがあるような気もする。目線の高さにウロがあったこの木だ。

でもそんな木はこの森に無限に存在していた。足元の草木も似通った形状のものしかなく、佐古下の記憶を誤認させるには十分だった。

まずい。佐古下はそう思った。

来た道が見つからない。あと三時間余りでこの森は完全なる闇へと沈む。

それまでにはどうにかして山を降りなければならない。

とにかく登山道へと戻れさえすれば、日没後だろうともなんとかなるはず。

だが、どうやって戻る?

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