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佐古下悠理は行方不明 『臙脂色の紫陽花』編  作者: はるたろー
深碧色の神隠し
3/76

自分が評価する対象は自分が正当に評価している、という自覚がある。しかし、他人の思考を覗くことはできない。他人の評価を意に介さないのは、他人が自身と同等の評価基準に基づいたもので推し量っているのかの判別がつかないことに起因していた。ある意味徹底した完璧主義者かもしれなかった。

(当たり前が良いと思える、か)

霜村は独り言ち坪井の言葉を反芻した。

次に口づけたコーヒーは既に温度が下がり始めていた。



冬の間枯れ木だった木々に新緑が芽吹いて久しく、野尻湖周辺は明るい緑で埋め尽くされている。

戸隠連峰の尾根が隆々と波打っていた。秋になると冠雪が確認されるが、今はただ濃淡の緑が蔓延っているのみだった。

陰になっている部分は深い森と見える。

そこには広大な自然が繁栄していた。

割合近くにある黒姫高原でも、あと二ヶ月もすればコスモスの花々が咲き始める頃だろう。

旧暦で晩夏――水無月――の晴れ間。中部地方は先週雨が続いていたからか、地面がぬかるんでいるところも少なくない。

佐古下悠理(さこしたゆうり)のスニーカーの靴底には泥が付いていた。

佐古下は野尻湖周辺の公園にあるベンチに腰掛け、波もなくただ水面が揺らめいているだけの景色を見ていた。

本格的な登山とまではいかずとも、それなりの装備を念の為揃えてきて正解だったかもしれない。

これから足を運ぶ予定の黒姫山は標高二〇五三メートルにも及ぶ山である。ブナが群生し森を形成しており、豊富な栄養が詰まった土壌のおかげで動物や虫たちも密度を高めて暮らしている。登山者から中級者もしくは上級者向けとされる山である。特に新潟からの登山道は険しいとされる。

信濃富士。

頂上まで行く登山をする気はないが、通常の登山客のように明確なゴールがある旅路でもない。わざわざ難易度の高い新潟方面から臨むつもりはなかった。

体力もある方だし、動きやすい服装ではあるが、果たして体力が続く間に手掛かりは見つかるのだろうか。

佐古下はスマホでネットニュースの記事を開いた。

長野県で六人目の行方不明者

世間を賑わせている事件のタイトルがすぐに表示された。

ことの発端は二ヶ月前になる。長野県信濃町付近で一人旅行をしていたと思われる齋藤益巳(さいとうますみ)(五二)が行方不明になった。

会社に四日間の有休を取得して長野県に旅行に行く。と周りに言っていたそうだ。最後に姿を確認しているのは前日泊まったホテルのフロントだった。

監視カメラにもその姿は映っており、荷物を抱えながらホテルを後にする彼の姿があったそうだ。

そこからは短い間隔で次々と関連性のない人たちがやはり信濃町付近で行方が分からなくなっている。

佐古下は導かれるようにこの地に足を運んでいた。こんなときは予感がした。今回が初めてではない。過去にも数回同様の経験をしてきた。

佐古下は栗色のミディアムボブの髪を揺らしながらベンチから立ち上がった。

視線の先には黒姫山が(そび)えていた。

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