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佐古下悠理は行方不明 『臙脂色の紫陽花』編  作者: はるたろー
深碧色の神隠し
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坪井は一年生担当の社会科講師であった。飲み込みは早く、授業も独り立ちするのは平均よりも早かった。

霜村から見ても、評価できる人物であった。

坪井は自身のコーヒーカップと共に紙コップを持ちそれぞれのデスクに置いた。そのまま坪井も腰を下ろした。

視線を校庭に向け、すするようにコーヒーを飲む。

霜村も倣って紙コップに口をつけた。インスタントとすぐに分かる味だから、美味いも不味いも感想はなかった。

「何か良いことありましたか?」

坪井は霜村を見ずに言った。

「最近気温が安定してきたね」

「それが良いことですか?」

坪井は霜村を上目使いに見て微笑んだ。

「君にとっては違うのかい?」

「え?」

「僕は気温が不安定であるよりも、安定している方が余程良い。特に五月の晴れは高気圧が安定しているから上着を着なくても身軽に過ごせて、寒暖差によるストレスもない。この上なく良いことだ」

霜村は再び紙コップを傾けた。

「霜村先生は面白いですね。私はまだ、そんな当たり前が良いと言えるほど落ち着いていられません」

「そうなの?」

「はい」

「僕には他の誰よりも、君の教師としてのスタート地点の方が落ち着いて見えるよ」

「本当ですか?」

「僕は不当な評価はしない主義だ」

「ふふ、ありがとうございます」

その会話の間、霜村は一度も坪井のことを見ることはなかった。ちらちらと顔色を窺う坪井の視線には気づいていた。

「坪井先生」

教員室の端から大声を出したのは教頭の仲小路(なかこうじ)だった。禿げた頭をポマードで後ろに撫でつけているのがトレードマークだ。冬の木枯らしで吹き飛びそうになるエノコログサのようだった。

やや出っ張った腹をベルトで強引に締まっており、常に窮屈そうである。

「はい」

坪井はカップをデスクに置いて立ち上がりながら振り返る。

「弓道部の笹野(ささの)ですけどね」

坪井はそのまま仲小路の方へ向かっていった。

坪井は弓道部の顧問である。新任は暗黙の了解で部活動の顧問にされることが多かった。

坪井は確か弓道も全くの素人だったはずだが、外部から弓道の指導者を招いて熱心に活動する部活動の顧問に任命されていた。

霜村は現在部活動の顧問は務めていなかった。というより顧問として打診されたことは過去にあるが、全て丁重に断ってきている。

その為今現在霜村に顧問の打診がされることはなかった。

霜村は無駄な時間だと思っていた。自身がその道で生きており、且つその道を教授することに満足できる者だけが顧問として生徒を導いてやれば良いと考えているからだ。

教頭の仲小路を筆頭に、霜村のその断固とした態度には苛立つことも少なくなかったが、霜村は無視し続けていた。

霜村が民俗学会の若き新星と認知されていた過去を知っていたからだ。

霜村が発表した「暮らしに潜む心理と宗教と怪異」という本が世聴社から出版されると、特集された霜村のグラビアのような写真も相まって異例の重版となったほどだ。

当の本人はまるで意に介すことはなかった。霜村は他人の評価を全く気にしなかったのだ。

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