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佐古下悠理は行方不明 『臙脂色の紫陽花』編  作者: はるたろー
深碧色の神隠し
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「――以上。明日は一九五五年以降、世界的にも日本が経済大国へと成長するにあたって非常に重要だった時期。所謂高度経済成長期の話をします」

霜村輪人(しもむらりんと)はタブレットの教科書に栞を付けて、静かに顎を引いた。タブレットを小脇に抱えて教室を後にする。

毎年決まった週に決まった授業を行う。霜村の授業内容は遅れることも早まることもなかった。

授業の内容は各クラス週ごとに目標を定め、それを週間の授業数で割ってきっちり五十分に仕上げているからだ。

数年前までは埼進(さいしん)大学の民俗学専攻の准教授を勤めていた。二十代で准教授は稀であったが、霜村の論文や民俗学会における貢献、フィールドワークにおける役割は関わる人間全てに有無を言わせなかった。

とある事件を境に霜村はその荷を下ろし、今では埼玉県さいたま市にある私立東晴(とうせい)学園の社会科講師を勤めていた。もう三年になる。

教鞭を執るのは変わらなかったが、野心を持ってフィールドワークに励むことは少なくなった。別のことに割く時間が増えたと言える。

()()()()に霜村の野心は削がれてしまったのかもしれない。

いや、野心ではない。自身の思考、精神を成長させるのことに意義が見いだせなくなったということであろう。

人の脳内のキャパは外部メモリのように容量を上げることはできない。十七・五TB内で如何に上手くデータを保存し続けられるかでしかない。

重要なことはアーカイブし、不要なものは削除しメモリを空ける。

霜村の思考は以前よりもシンプルになったと言える。



教員室には様々な状態のデスクが並列に並んでいた。

私立故に他校から異動で講師が赴任することは公立ほど多くはない。

毎年変わらない顔ぶれが多かった。

霜村は無言で自身のデスクに腰を下ろした。霜村のデスクの上には何も置かれていなかった。空きデスクのようだった。ミニマリストの意識があるわけではない。ただ、霜村にとって共感できることが少なくないとも認識していた。

せっかく腰を下ろしたが、すぐに壁際のコーヒーメーカーでコーヒーを淹れれば良かったと僅かな後悔がコンマ数秒だけ脳みその容量を埋めたが、すぐに削除した。

「淹れましょうか?」

変わらない顔ぶれの中でも、隣の席の女性はまだ出会ってから三ヶ月ほどしか経過していない。坪井美鈴(つぼいみすず)。埼進大学で民俗学を専攻し奇しくも霜村の講義を取っていたようだった。霜村はもちろん覚えていない。

率先して素性を知ろうとすることもなかったが、霜村にとっては特にまだ分からない部分が多い人物だった。にも関わらず、シンプルな霜村の思考回路の先を読める少ない人物の一人である。同じ民俗学専攻もとい社会科講師は同じ思考の方向性へと行き着くのだろうか。

「ありがとう」

それは主語を抜いた「コーヒーを淹れましょうか?」の問いに「お願いします」の敬語と名詞を抜き「ありがとう」の感動詞で霜村の肯定の意を伝えた答だった。

などと馬鹿らしいことを考え表情には出さず苦笑した。

「ご機嫌そうですね」

「そう見える?」

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