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前世孤高()のブラックだったオレが異世界で魔法少女になってしまった件について

作者: 佐崎

こういう話が読みたいなぁと思って書いたものを加筆修正しました。リハビリ作品です。

 身体が鉛のように重い。それでも攻撃を緩めるわけにはいかない。

 息が苦しい。けれどもこの場から引き下がるという選択肢はなかった。

 誰かの悲鳴が聞こえる。非才であるこの身に出来ることは多くない。

 咥内に広がる鉄の味。血液が身体から失われていく感覚。

 炎が渦巻き、熱いはずのこの場所で、自分の身体はどんどん冷たくなっていく。


「――ブラック!!」


 どこかで、かつてのオレを呼ぶ声がした。


―――――

―――


 アルシオン・サミュエル・アトルム。

 第七大陸セプテムにあるソレイユ王国貴族、アトルム公爵家嫡男。それが今のオレの肩書きだ。


 今のと表現すると妙な勘繰りをされるかもしれないが、オレはれっきとした公爵家の血を受け継いだ嫡男である。ではどういうことかと問われれば、なんということはない。オレがこうして生を受けるのが三度目というだけのことだ。


 一度目は、西暦20XX年、地球という星にある、日本という国に生まれた。

 科学が発達した世界で、父と母、歳の離れた妹が一人。ごく一般的な核家族。共働きの両親に保育園へと預けられ、小学校から高校までを地元で過ごし、大学進学で上京。そのまま大学からそう遠くない会社に就職した。多くの人間が歩む人生のスタンダードコース。社会人になって何年か経った後、交通事故に巻き込まれて死んだ。


 二度目は、一度目の世界と似ていたが、一度目よりも技術が発展した世界で生まれた、のだと思う。

 思う、と言うのも一度目で車に跳ね飛ばされて死んだと自覚した瞬間、水槽のなかで目が覚めたのだ。その時点で、身体は青年のもの。目を覚ましたオレに気付いて、白衣を着た男が成功だ!と狂ったように雄叫びを上げた。


 ところで、紳士淑女の諸君は特撮というものをご存知だろうか。所謂、日曜日の朝からテレビでやっているヒーロー番組。仮面を被ったライダーがいたり、戦隊を組んで戦ったりしているアレである。オレが目を覚ましたのは、どうやらそんな特撮に似た組織がある世界線だった。しかも、悪の組織側の実験体モルモットとしてオレは人工的に造られたらしい。


 No.XXX成功体、通称ブラック。それがオレの呼び名だった。


 組織の手によって、ヒーローの力を再現するために生み出されたヒーローモドキ。見た目だけはヒーローにそっくりなオレは、その見た目を活かして、二重スパイとしてヒーローたちのもとへと送り出された。最初は一から十まで彼らに貼り付いて弱点を探れという命令だったのだが、いかんせん、この被験体ボディは口下手だった。口下手、もしくは上がり症とも言うかもしれない。


 なにしろ成長後はともかく、子供の頃はオレだってヒーロー戦隊に憧れるような純粋な子供だったのだ。子供の頃に憧れたヒーローたちが目の前にいる。それだけで恥ずかしくておしゃべりできない(物理)状態に陥るのは当然と言えば当然のことだった。


 しかも、だ。この身体、様々な改造を加えられたからか、それとも他に要因があるのか分からないが、目覚めた当初はまったくオレの言うことを聞かなかった。

 もしかしたら、この身体はもともと別人のもので、そこにオレという精神が宿ったか取り憑いたかしたのかもしれないとも考えた。そのせいで上手く行かないのかと悩むこともあった。

 そうして何度も失敗を重ねた結果、気付いた時には、オレは彼らの危機に駆けつけ力を貸す、ともすればオレという存在によって彼らを混乱させる、孤高()のブラックというポジションを手に入れていた。いやなんでだ?とは言わないでほしい。オレ自身よく分かっていない。長いものには巻かれろ精神が裏目に出た瞬間である。


 オレと彼らの間には、会話がそう多くあったわけではない。正義のヒーローである彼らは、正義の味方らしく戦闘後に心配してくれたりもしたが、持ち前の孤高感()でフイにすることも多かった。敵対組織に造られたせいか、オレの身体は彼らのことを拒絶していた。


 怪しまれない程度に協力し、彼らの情報を組織に流す生活をすること数年。彼らと組織の最終決戦が近づき、組織は市民を囮にした大規模作戦を決行した。彼らが罠に嵌まれば少なくない犠牲が出るはずだった。だが結果的に出たのは戦闘員一名の犠牲者のみ。その戦闘員というのがオレだった。


 この頃にはようやく身体が自由に動くようになり、しかしオレが組織の作戦を知ったのは決行直前だったため、彼らに直接伝える時間もなかった。だから、身体を使って守ることにした。組織の実験体だったこの身体は一般人よりもずっと頑丈で攻撃に対して様々な耐性があった。


 だからまぁなんとかなるだろうと思っていたが慢心だった。だがまあ人生二度目だったオレはそこまで生に執着することもなく、むしろヒーローを守れてラッキー程度の気持ちしかなかった。組織にいてやつらの所業を知っている身としては、早くヒーローにやつらを倒してほしくて仕方なかった。彼らに看取られる形で死んだのだから、最後くらいは正義の味方らしく見えたんじゃないだろうか。そうしてオレの二度目の人生は幕を閉じた。


 だがまあ、二度あることは三度あるとでも言うのか。こうして三度目の人生を歩んでいるわけである。


 三度目のオレは、王国の公爵家の嫡男として生を受けた。この世界はオレが二度過ごした世界に比べてずいぶん前時代的な世界観で、似たところを上げるとするなら中世ヨーロッパを思わせる街並みをしている。もしくは、よくある勇者がいるようなロールプレイングゲームの世界。この世界には魔法があるから、どちらかと言えば後者の方が近いかもしれない。


 この世界で前世の記憶を取り戻したのは五歳の誕生日だった。この家では五歳を迎えると、ある訓練をするようになる。その説明を受けている最中、記憶が戻ったオレは盛大にぶっ倒れた。身体が弱いなんてこともなかったはずだが、医者が言うには一気に知識が増えたせいで脳が混乱しているのだとか。ある意味正解である。


 アトルム家の当主は代々環境保全省の大臣を務めている。主な仕事は王都のインフラ整備や公共施設の建設を担っている。あくまで表向きだが。裏では王族の影の警護、貴族や領主たちの監査、重犯罪者の捕縛や、場合によっては処分など。つまるところ、国の暗い部分を担っているのがアトルム公爵家だ。


 そのため、アトルム公爵家では五歳から通常の勉強とは別に特殊な訓練を行うようになる。要は暗器の隠し方だとか気配の消し方だとか、姿を変える術だとか、そういうやつだ。普通の子供であれば音を上げそうな訓練量だったが、前世、組織でありとあらゆる実験を受けさせられていた身からすれば軽いものだった。一部は復習のような内容もあったりしたから、然程苦もなく熟してしまったのがまずかった。貴族学院に入学する頃には、アトルム家歴代最強だかなんだかと言われるようになってしまっていた。

 現在王家には国王陛下と正妃様、側妃様の他に、三人の王子殿下と四人の王女殿下がいる。とは言っても第一王女殿下は既に他の公爵家へと降嫁されているし、第三王子殿下に至っては現在齢一つである。誤解なきよう言っておくが、正妃様と側妃様の仲は良好だ。何せ彼女らは幼馴染であるという。

 陛下と正妃様は王侯貴族にしては珍しい恋愛結婚だった。しかし結婚からしばらく経っても子宝に恵まれず、側妃をと周囲から求められた折に正妃様が選んだのが側妃様だった。恋愛結婚と言えどやはり国王陛下の妃が一人というのは重圧だったのだろう。側妃様が王室入りしてから間もなく、正妃様が身籠りお生まれになったのが第一王女殿下だ。


 以降、立て続けに第一王子殿下、第二王女殿下を身籠られ、側妃様も第二王子殿下、第三王女殿下をお生みになった。王族同士の関係は非常に良好である。一部、王子同士を除いて。


 どうにも優秀すぎる第一王子殿下に対して、第二王子殿下は少なからず劣等感的なものを感じている、らしい。というのもオレはまだ二人に対面していないため、その様子を直に確認していないのだ。しかし、いかに優秀と言えど一人で国を治めることはできない。第二王子殿下には第二王子殿下なりの良さがあり、陛下はそれに期待をかけていることを分かってもらえたら良いのだが。


 さて、ここで問題なのはアトルム公爵家の次代と思われているオレが両殿下とも微妙に歳が離れているところだった。第一王子殿下は三歳年上、第二王子殿下は二歳年下と本当に微妙な差なのだが、学院は中等部と高等部に分かれており、それぞれ三年間ずつ様々なことを学ぶと言えば、どういうことだか察してもらえると思う。第一王子殿下、第二王子殿下共にほとんど学院生活が被らないのだ。


 オレと同学年には第三王女殿下がいるが、陛下は王位を王子に継がせると名言している。男尊女卑とまではいかないが、やはり王位も爵位も男児が優先されているのがこの世界の現状だ。それに第三王女殿下は卒業後隣国の皇子のもとへ輿入れすることが決まっている。夜会でお互いに一目惚れしたそうで、オレのところまで噂が流れてくるほどラブラブらしい。おめでたいことだ。


 公爵家と言えどたかが一貴族が王位継承に関係あるのかと疑問に思われるかもしれないが、そこがアトルム家のすごいところと言える。なにせ国の暗部を統べる家門である。近衛すらも入れないようなプライベートスペースの警護もアトルム一族が担っている。つまり、王と当主は阿吽、もしくはツーカーの関係でなければならない。


 アトルムの目は先を見通す真実の目だと言われている。オレ自身に自覚はないが、とにかくアトルム家の人間は第六感的な何かが鋭いらしい。アトルムが真実心の底から忠誠を誓う王の時代は国が栄えるだとか、逆にアトルムに見限られると国が廃れるだとか、噓みたいな言い伝えが今なお色濃く残っている程度には影響力がある。


 通常であれば学院生活のなかで仕えるべき主を見つけるのだが、嫡男のオレがどちらの王子殿下とも学年が被っていない。そのため、異例であるもののオレの卒業から数年間、立太子まで猶予期間が設けられることとなった。この猶予期間に両殿下を見極めてほしいというのが国王陛下の命だった。


 国王陛下も我が父もまだ三十代半ばと働き盛り。前世基準ではそう焦ることもないと思うが、早めに次が決まっていた方が良いというのも分かる。ちなみに、どちらに仕えるか決まっていないため、どちらの王子殿下とも直接的な顔合わせはしていない。というより、オレがしないように徹底的に避けている。人間、見ていない時の方が本質が出やすいものなので、影は影らしく気配を遮断しそれぞれの王子の観察に務めた。第一王子殿下卒業の頃には、そろそろ観察日記で本が出せそうな程度には記録が溜まっていた。王子観察日記。編集如何によっては売れるかもしれない。


 さて、第一王子殿下が高等部を卒業し、オレが高等部に入学して三年目。第二王子殿下が入学してきた。それだけでも普段より学院が騒がしいというのに、もう一つ学院を騒がせる出来事があった。


 なんでも、平民上がりの女子生徒が高等部に入学してきたらしい。商人上がりの男爵家、当主の妾が生みの親。去年夫人が亡くなってから平民として生活しているところを引き取られ、それから一年も間を開けず高等部に入学してきたと言うのだから驚きだ。よくそんな教育も出来ていないうちに高等部に入れたなと。この世界の平民なんて学なしと同じようなものなのに。



 余程の天才児かと少し気になって調べたところ、どうにも成績が足りず、学院に寄付金を積むことで入学許可を得たそうだ。所謂裏口入学という手口に当たる。流石商人上がり、金だけは余っているらしい。キナ臭いのでついでに調べた男爵家の資料を添えて父に監査推奨の手紙を出しておいた。脱税している可能性濃厚、と。


 まぁここまでであれば、言ってはあれだがよくある話だ。この学院は国の教育・研究施設であると同時に小さな社交界でもある。貴族同士の繋がりを得たり、立ち回りを覚える場所だ。この学院を卒業すれば箔がつくため、金を積んででも子供を行かせたいという貴族は多い。成績が足りないことを自覚して、入学後に修練を重ねるのであれば裏口入学も悪いことばかりではない。では、この男爵家の女子生徒はどうだったかと言うと。


 勉強に対する意欲はオレが見た限り皆無に等しい。魔術の授業の際、魔力量は上位貴族に並ぶと評価されたものの、どんなに魔力を内包していても使う技術がなければ意味がない。まさに宝の持ち腐れ。しかしその代わりに男を落とす手腕には長けていた。見た目はそこそこなのだが、平民上がりという物珍しさからか周りに高位貴族の子息たちが集まり、彼らを次々に自分の虜へと落としていった。その手腕が諜報員のものであれば絶賛されただろう。その可能性も考慮して部下に裏取りをさせてみたが、他国や裏社会との繋がりは皆無。本当に自分の欲のためだけに男どもを誑かしているらしい。その欲の強さには目を見張るものがある。男爵は彼女の才能を知っていたのだろうか?場合によっては国への反逆とも捉えられるが。特に、確かあそこの領地は山脈を挟んで帝国との国境だ。可能性はゼロではないのが悩ましい。また父に報告することが増えた。


 これが貴族間だけの問題であれば良かったのだが。なんと彼女はついに第二王子殿下まで引っ掛けてしまったのだ。彼女と第二王子殿下が接触したと聞いた時、思わず真顔で「は???」と聞き返して部下を怯えさせてしまった。申し訳ないので後日ケーキを差し入れたら泣くほど喜んでくれた。どうやら彼女や殿下らに張り付く仕事は思いの外精神的にしんどいらしい。


 彼女と第二王子殿下は知り合ってからまたたく間に運命の恋()に落ち、人目も憚らず、学院のあちこちでいちゃつくようになった。もうこの時点で第二王子殿下はヤバイなとは思っていたが、オレから殿下らに干渉することはしなかった。ここで干渉しては第一王子殿下に対して不公平になってしまう。オレは公平性を大事にする男なのだ。魅了でもかけられたのであれば別だが、遠目で解析した限りその様子はない。つまり第二王子殿下は自らの意思で彼女といるのだから。


 だがしかし、そうも言っていられない人たちも存在した。第二王子殿下、及び側近子息たちの婚約者令嬢たちだ。それもそうだ。あんな品も教養もない人間が王子妃、ひいては王太子妃などになってしまったら国の恥だ。まぁアトルム家嫡子であるオレが第二王子、やば……とその所業にドン引きしているため、あの女子生徒が王太子妃になることは天地がひっくり返るかオレが死ぬくらいのことがなければ可能性はほぼほぼゼロなのだが、それは学園内ではオレしか知らないことだし、国の極秘案件に関わることだから令嬢らに説明することも出来ない。そして王子妃であればなる可能性はなきにしもあらず、なのだ。


 女性と言うのは男よりも現実主義的なところがある。婚約者の令嬢たちだって、子息側がきちんと筋を通せばそこまで荒れることもなかっただろうに。男どもは女子生徒一人に夢中になるあまり、手順を踏まず、令嬢らを蔑ろにした。その結果何が起きるか。そう。男女間の戦争である。


 高等部の空気は冷え込み、なかには自分の婚約者だった男に絶縁状を叩きつける令嬢まで出始めた。この状況を生んだ当の本人はと言えば、第二王子殿下と側近たちに囲まれ「はわゎぁ、わたくしのために争わないでぇ」とかいう世迷言を口にしている。それを見て王子殿下を筆頭に彼女の取り巻きたちは「フィオナは天使のように優しいな」と頬を染めているから世も末だ。これが国の中枢に行くのはなんとしても阻止しなければならないな、とオレの記録用魔道具カメラが火を噴いた。データは随時父と陛下に投げていく。父はともかく、陛下の胃が少しばかり心配なところだ。


 父が笑いながら男爵家の埃を叩き出したり、陛下が胃を抑えたり、宰相閣下や騎士団長が頭を抱えたりしているうちにあっという間に三ヶ月が経過。オレはとうとう学院を卒業する日を迎えた。

 卒業式の後は中等部・高等部合同で来賓を迎え、ガーデンパーティーを行うのが学院設立以来の伝統なので、それに参加すべく中庭へと移動する。気になったのは、第三王女殿下の顔色が悪いことだ。卒業したら愛しい皇子のもとへ嫁ぐというのに、少しも嬉しそうに見えない。確かこのパーティーには、婚約者の皇子殿下も来賓として招かれていたはずだ。普段であれば他の人間に任せておくところだが、どうにも気になってそっと彼女に話しかけた。


「殿下、大丈夫ですか?先程からずっとお顔の色が優れないようですが」

「! アトルム様……、実は……」


 王女殿下は当然、立太子までの猶予期間のことを知っている。知らないのは当事者の王子殿下方のみ。オレは学院にいる間、公平性を期すために王族やそれに近しい者たちとの接触を極力避けてきた。そんなオレが話しかけたからか、彼女は少し驚きながらも不安に思っていることを話してくれた。聞けば、どうやら第二王子殿下が何かを企んでいるかもしれない、と。


「朝食の席で、あの子は、今日、立派に王族の務めを果たして見せる、と……その時の顔が、なんだか恐ろしくて……」

「なるほど」


 王女殿下のいうあの子が第二王子殿下を示すことだというのはすぐに分かった。しかし、王族の務めとは一体なんだ。確かに今日、式典で行われた卒業生に対する送辞を読み上げたのは第二王子殿下だった。驚くほど場は白けていたが、内容自体は形式に則ったそれなりのものだったと思う。それが王族の務めに当たると言えばそう言えなくもないが。


「殿下、何が起こるか分からない以上、殿下の傍に控えることをお許しください」

「ありがとうございます、アトルム様」


 王子とは言え未だ未成年であり学生の身。しかも祝の場を汚すような真似はしないと思いたいが。虫の知らせとでも言うのか。妙な胸騒ぎがする。もし問題が起きたとしたら、真っ先に王女殿下、及び殿下をエスコートされる婚約者の皇子殿下をお守りしなければならない。だが輿入れ前に婚約者以外の男が傍にいれば周囲から余計な勘繰りをされる可能性もあるため、気配を遮断して殿下方の傍に控えることにした。


 そうして始まったガーデンパーティー。


 相変わらず男女の間にはぎすぎすした空気が流れているが、パーティーには在学生・卒業生以外に外部の来賓がいる。そのため、生徒だけで過ごす学園内よりは幾分かマシなように思えた。華やかな演奏を背景に歓談に興じる貴族たち。このまま和やかに終わるかと思われたその時、第二王子殿下が高らかに声を上げた。


「ロヴィエラ・ベルトリーニ侯爵令嬢!貴様との婚約を破棄する!」


 会場がざわめきに包まれる。例の平民上がりの女子生徒の肩を抱き、勝ち誇った顔で宣言した第二王子殿下を見て、王女殿下の顔から血の気が引く。聞いていられないとばかりにその華奢な身体をよろめかせた。隣にいる皇子殿下がしっかりと彼女を支えるのを確認して、第二王子殿下の方に視線を向ける。


 はっきり言って正気を疑う発言だ。ベルトリーニ侯爵家と言えば領地に広大な穀物地帯を持つ大貴族。侯爵自身が農作物の品種改良に積極的で、領民にも慕われている。そのご息女であるロヴィエラ嬢はオレや王女殿下と同い年。オレ自身は関わりがほとんどないが、王女殿下とは親友と呼べるほど仲が良く、非常に勉強熱心で、在学中は魔力による作物の成長促進効果について研究していた。


 ベルトリーニ侯爵領は王国の食料庫とも言われ、国内外に強い影響力を持つ家だ。婚約者の生家はそのまま王子殿下の後ろ盾になる。それはいくら商人上がりで財産があると言えどもたかだか男爵家が補えるものではない。


 なぜ年上の第一王子殿下に婚約者がおらず、第二王子殿下に婚約者がいるのかと言えば、偏に正妃様と側妃様の出身の差に他ならない。正妃様は古くから王家と親交があり、代々宰相を排出している筆頭公爵家出身。仮に第一王子殿下が立太子するのであれば宰相閣下が後ろ盾になる。対して側妃様は国境を任されている辺境伯家の出身だった。立太子するには、いくら国境を任されているとは言え辺境伯では後ろ盾としては弱い。それを補うため、貴族間のパワーバランスを慎重に調整しつつ、選ばれたのがベルトリーニ侯爵家だった。それを自ら切り捨てるとは。


 最早オレが見極めるまでもなく、この時点で第二王子は王位継承戦の舞台から自ら飛び降りたようなものだ。周囲の困惑に目もくれず、第二王子は続ける。


「貴様の下の者に対する態度は看過しがたい!フィオナの慈愛に満ちた心を利用し不当に罵り、あまつさえ暴力を振るうなど貴族にしておく価値もない!よって貴様には罰を与える!」


 そう言った第二王子が、傍にいる女子生徒から何かを受け取り、それを掲げ――その光景を見た瞬間、ぶわりと全身に鳥肌が立った。


「殿下!」


 咄嗟に王女殿下と皇子殿下の前に躍り出る。その瞬間――第二王子の腕が、弾け飛んだ。

 一瞬の静寂。そして響き渡る悲鳴。それと共に殿下の腕を食らった何かがもうもうと膨れ上がり、その存在を象っていく。


「――魔物だ……」


 そのおぞましいなにかが形を顕にするのを見て、誰かがぽつりと呟いた。


「……魔物、では、先程のものは」

「召喚石、でしょうね」


 幸いなのは、後ろにいる皇子が比較的冷静なことだろうか。隣国は皇帝自ら魔物の氾濫スタンピードの前線に立ち、剣を振るうと聞く。その息子である皇子が場慣れしているのは当然と言えばそうだろう。


「王女殿下を連れて校舎にお逃げください。校舎には対物・対魔の結界が張ってあります」


 この場には王国の未来を担う若者が大勢いる。同時に、重鎮とも言える貴族たちも。会場内に騎士がいるにはいるが、騎士の大多数は外敵に備え外警と周辺巡回人員に回されている。運の悪いことにガーデンパーティーの会場はコの字型校舎に囲まれた中央部。外警担当の者らに知らせを飛ばしたとしても到着までに時間がかかる。


 背後の二人――主に皇子殿下に避難を促せば無言の了承が返ってきた。王女殿下は気絶してしまったらしく、彼の腕の中でぐったりしている。校舎には結界が張ってあるからこの場にいるより安全だ。


 魔物がその形の全てを移し出す前に、人混みを縫い騎士たちに指示を飛ばす。非戦闘員たちの避難を最優先に。魔法を使える者には魔物の顕現が少しでも遅くなるよう捕縛呪文をかけさせる。このままでは戦闘をするにしても周囲を巻き込みかねない。


 もともと第二王子殿下らが遠巻きにされていたこともあり、ほとんどの生徒や貴族たちが彼らと距離を置いていた。そのため避難がスムーズに進んだのは不幸中の幸いと言えるだろうか。問題は騒ぎの中心にいた第二殿下たちとベルトリーニ侯爵令嬢だ。


 オレ個人としては第二王子殿下は最早自業自得であり、見捨ててもいいと思わなくもないが、腐っても王族。助けられるならば助けた方がいいと頭では分かっている。腕一本失ったところで死にはしないが、手当をしなければ出血多量でショック死する可能性はあるのだ。とは言っても、オレの主属性は闇だから、光属性の治癒魔法とは相性が悪い。治療に関して出来ることはせいぜい痛みを和らげることくらいだ。


 出来れば女子生徒も確保したい。召喚石は国に認められた召喚士のみが管理している一級魔道具。失敗作とは言えなぜ彼女がそれを持っていたのか、入手ルートを洗い出さなければならない。オレが調べた限り、彼女も、実家の男爵家も召喚士との繋がりなんてなかったはずだ。


 そしてなにより、腕が弾け飛んだ衝撃で吹き飛ばされた第二王子殿下の傍で、必死に治癒魔法をかけているベルトリーニ侯爵令嬢はなんとしても助けなければならない。彼女は完全に巻き込まれた被害者なのだから。最悪の場合、殿下と女子生徒よりも彼女を優先する。彼女さえ助かれば最低限王家の面子は保たれる。そう算段づけて頭の中で今の状況を整理する。


 蝶よ花よと育てられた令嬢がこの空間で意識を保っているだけでも称賛に値するのに、つい先程自分を衆目の前で虚仮にした相手を助けようとする慈悲深さ。彼女の主属性は水、副属性と言えど光魔法を使い続けるのは負担だろうに、ずっと王子に治癒魔法をかけ続けている。もっとも腕一本となれば高位神官でもない限り完治させることは出来ないだろうが、第二王子の死亡率が格段に下がったのは間違いない。


 殿下ごと拘束しようと魔力の糸を差し向けるものの、見えない壁のようなものに弾かれてしまう。奮闘虚しく、魔物がその全容を現した。見た限り中級程度だろうか。対処できないほどではない。さっさと片付けてしまおうとしたところで、高らかな笑い声が響いた。


「キャハハハハ!やったわ!魔物が来たわ!うふふふふ!成功よ!」


 声の主はかの女子生徒。王子の腕を飛ばし、会場を恐怖に陥れた主犯。非戦闘員が避難したとは言え、まだこの場に残っている人間もいると言うのに、そんなものは気にも止めていないのか、狂ったような高笑いが続く。


「早く、早く私を助けに来て!アルシオン様ぁ!!」


 ――は?え?オレ??

 突然彼女の口から発せられた己の名に唖然とした。いや、どうしてオレなんだ。彼女を遠目から観察することはあっても直接対面した覚えはない。学院でのオレははっきり言ってモブである。彼女らが学院に入って来てからは特に変装と気配遮断の二段構えで徹底的に関わらない、気取られないことを心がけていた。故に、彼女と後者の廊下ですれ違うことすらしていない。それがなぜ、オレを知って、あそこで名前を叫んでいるのかさっぱり理解が出来なかった。

 同名の別人かとも思ったが、少なくとも同年代に同名の人間がいた覚えはなく、主要貴族にも、オレが把握している限りアルシオンという名はいなかったはずだ。誰かがオレの名を騙って彼女と接触したのか?しかし彼女に張り付かせている部下から、そんな報告は受けていない。


 どうする――その迷いが、一瞬の隙きを生んだ。


「アルシオン!私の王子さ」


 魔物の注意を引くため、気配遮断の魔法を解いた。周囲がオレの存在に気づき、彼女もまたオレを見て喜色満面の笑顔を浮かべる。腕を広げてオレの方に来ようとしたところで、背後から迫っていた魔物が彼女を飲み込んだ。


 彼女が悲鳴を上げる間もなく、一口で上半身を、二口で下半身をその鋭い牙で噛み砕いた瞬間、ぼこぼこと歪な音を立てて魔物の身体が変化し始めた。

「っまさか……進化、するのか?上級に……!」


 魔物は魔力を取り込むことで力をつける。故に魔物同士で戦うこともあれば、人里に降りてきて魔力の多い人間を狙うこともある。彼女の魔力量が多いことは聞いていた。だが、魔物を進化させるほどの量を持っていたとは。


「闇よ来たれ、敵を拘束せよ――闇の檻(ダークケイジ)


 咄嗟に拘束魔法を掛けるがあまり手応えがない。けれど足止めにはなっているようで、その間に解析魔法(アナライズ)をかける。


「……これ詰んでね?」


 思わず素の言葉が溢れてしまった。普段あまり仕事をしない表情筋が引きつりそうになる。


 ――闇と共に来るもの(バグ=シャース)


 好物は死体。ヘドロのような形状をし、物理攻撃の通らない闇属性の上級魔物(ネームドモンスター)。弱点は光属性魔法、次点で火属性魔法だがその効果は光属性に比べて半分以下に落ちる。


 オレの主属性は闇、副属性は水。中級までならば火属性も使えなくもないが、どこまで効くか疑問が残る。光属性はそもそも所持者が少なく、攻撃魔法を使えるのはそこから更に一握りの人間だけ。


 しかも、闇と共に来るものバグ=シャースには厄介な特性がある。捕食に飽きた場合、近くにある死体を操って遊ぶアンデッド化するのだ。一度アンデッドにされた死体は消滅するまで周囲を襲い続ける。つまり放置すればするほど被害が増えていくネズミ算方式。


「近年稀に見るクソゲーかよ」


 正直言って、相性は最悪だ。校舎に結界が張られているとは言え、上級相手にそれがどこまで保つか分からない。苛立ちに任せて舌打ち一つ。しかし、ここで引く選択肢はない。逃してしまえば、あれの手によってあっという間に王都は不死者の街へと変貌するだろう。妨害魔法を使っていた生徒たちを下がらせる。今回に至っては、犠牲者を出すことが敵を増やすのと同義だった。伝令は飛ばしてある。それが届けば外警に当たっていた騎士たちと、知らせを受けた魔術師たちが来るはずだ。彼らが到着するまでの時間を稼げばいい。


 今ここに残っているのは数少ない騎士たちと一部の魔術講師。第二王子殿下の傍には光属性持ちのベルトリーニ侯爵令嬢がいる。


「殿下とベルトリーニ侯爵令嬢を連れて校舎へ。お二人を絶対に離すな」

「アルシオン様、しかし」

「行け」


 残っていた部下に隠匿魔法をかけ、有無を言わせず送り出す。そもそもオレの魔法は正面向きではなく、暗殺向きのものが多い。気配を遮断して不意打ちを狙うのが一番効果的だろう。そう考え自分の姿を隠そうとしたその時。見えない何かに腹部を食い千切られ、その場から吹き飛ばされた。


 不可視のくちづけオスクルム・インヴィシリス――闇と共に来るもの(バグ=シャース)が獲物を捕食する時に使う、見えない触手。その先端には口器官がついていて、甚振りながら獲物を追い詰めるという。少し考えれば分かることだが、オレの属性は闇で、相手も闇。つまり同じ属性を使う以上、力量が上回れれば魔法を破られるということだ。そんな簡単なことも見落とすとは、オレ自身も存外焦っているらしい。


 アトルム家歴代最強になると言われ持て囃されて来たものの、オレが相手にするのは圧倒的に人間が多い。魔物討伐の経験も皆無ではないが、上級を相手にするのはこれが初めてだった。食い破られた腹が痛い。血が失われ、身体から熱が引いていくこの感覚を、オレはよく知っていた。


 このまま行けば、間もなくオレは死ぬだろう。だったら、せめて目の前の魔物を道連れにして逝こう。


燃え盛れ(フレイム)地獄の業火よ(インフェルノ)


 普段オレが火属性魔法を中級までしか使わないのは、制御が出来ないから。あの女子生徒ほどではないが、オレもそれなりに魔力は多い方だ。仮にあの女子生徒が裏の連中と繋がっていたとして、その連中がここを見張っていた場合、オレが死んだ後騎士団より先にこの場に来る可能性が高い。


 遺体を回収されて利用されるのだけは御免だ。死ぬのなら、全部、燃やし尽くしてやろう。校舎には結界が張られているし、先生方もいる。集まった貴族のなかにも魔法を使えるものはいるし、まぁ、なんとかなるだろう。中庭は更地になるだろうが、そのくらいは多めに見てほしい。


 意思を持った炎の渦が魔物に絡みつく。息が苦しい。怒り狂った咆哮が聞こえる。立っていることが出来ずに身体が崩れ落ちた。霞む視界の奥で、未だその形を残している魔物から溢れる黒い靄が闇のように広がっていくのが見えた。オレの魔法が魔物の命を刈り取るまでに至らなかったことを悟るには、十分な光景だった。


 結局オレは、どこにいたって、正義の味方にはなれないのか――

 脳裏に過る後悔を胸に、襲い来る痛みを覚悟して目を閉じた……はずだった。


 ――力が欲しいか。

 頭の中に、不思議な声が響いた。威厳に満ちた低い声。まるで神に対峙しているような言い知れぬ威圧感。

 ――力が欲しいか。

 死に際の幻聴だろうか。ずいぶん都合の良い問いかけだ。

 ――力が欲しいか。

 そうだな。ほしいよ。今度こそ、誰かを守れるような存在になりたかった。

 ――力を求める者よ、君にこの魔法の種(フラワーシード)を授けるにゃ!


 ……にゃ?


 唐突な温度差に疑問を呈する間もなく、オレの唇に何かが押し込まれた。抵抗しようにも、口と鼻を塞がれ飲み込まざるを得ない。喉が上下し、その何かを飲み干した途端。身体から痛みが消えた。霞がかっていた視界は晴れ、むしろ通常よりずっと鮮明に目の前の景色を捉えている。


 ――さぁ!呪文を唱えるにゃ!!


 いや。ちょっと待て。何かがおかしい。そう止めようにも、声に促されるまま、身体が勝手に動いていた。


変身(ドレスアップ)!!」


 なんだこの光は。おい待て、軽快なBGMを流すな。ちょっ、眩しいやめろ、スポットライトを当てるんじゃない!


 内心で葛藤している間にも、オレの身体はキラキラと目映いばかりの光に包まれ、勝手にひらひらくるくると動いて、止まる気配を見せない。自分の身体に何かが起きている。それは分かる。しかしその現象の正体がまったく分からないのはどういうことなんだ。

 光が収束し、視界がクリアになる。


闇と共に来るもの(バグ=シャース)は未だ健在、だがその背後に、騎士団と魔術師団が迫っているのが見えた。


 安堵したのも束の間。オレの意思とは関係なく、足が地面を蹴る。重力に逆らい身体が浮き上がる。浮遊魔法を覚えた記憶はないんだが、どうなっているんだ。オレ自身の困惑を置き去りにして、口が動き、喉が震え、言葉を紡ぐ。


「愛と希望に導かれ、まじかる☆しおん、ただいま参上っ!」


 なんて?????


 いやちょっと待て。本当に待て。


 なんだって?まじかるしおん?誰が?……オレか???


 ▼戦闘チュートリアルを開始します。


  →はい


 突然現れたウインドウに絶句する。


 この現象がなんだとか、チュートリアルってどういうことだとか、それを横に置いてもどうにもならないことがある。


 おいこれキャンセルボタンがないんだが???

 不良品か???

 返品させろ???


 内心でどんなにオレが荒ぶっていても、魔物は待ってくれないし、状況も変わらない。宙に浮かぶオレに気付いたのか、闇と共に来るもの(バグ=シャース)から、鞭のようにしなる触手が伸びてきた。間一髪でそれをいなし、いつの間にか手に持っていた武器を構える。


「――ブラック!!」


 どこからか、かつてのオレの名を呼ぶ声が聞こえた気がした。これも幻聴だろうか。オレは一度死んで、まったく別の世界に生まれた。この世界に、オレをブラックそう呼ぶ人間なんて、いるはずがないのに。


「大丈夫。絶対、私が守るから!――信じて!」


 オレの口から、聞いただけで安心感を与えるような、心地良い美声が響く。これもチュートリアル効果なのか、自分のものではないような声だった。一際強い視線を感じて振り返れば、どこか苦しげな眼差しでこちらを見つめる第一王子殿下と視線がかち合う。なぜここに殿下が。一瞬そんな疑問が脳裏を過ったが、すぐに殿下が強力な火魔法の使い手であることを思い出した。まさかこんなタイミングで顔を合わせることになるとは誰が予想できただろうか。


「悪い夢はもうおしまい。悪しきものよ、去りなさい!来たれ、聖なる灯火よ――セイクリッド・ファイア!」


 上空から放たれた神聖な力を秘めた光の弾丸が闇と共に来るものに降り注ぐ。短い断末魔を上げて、その闇は欠片も残さず霧散した。

 闇と共に来るものバグ=シャースが消滅したことにより、チュートリアルが終了したのか、それまで全自動フルオートで勝手に動いていた身体が強制力をなくし、足元を支えていたはずの魔力が消える。支えをなくした身体はあっけなく空中に投げ出され、来る衝撃に備えようにも、身体に力が入らない。固い地面に叩き落とされることを覚悟したオレの身体は、温かい何かに受け止められた。


「大丈夫か?」

「……ウィルフレッド殿下!?申し訳ありませ、っ」


 なんと、オレを受け止めてくれたのは第一王子殿下だったらしい。しかも押し潰すような体勢で受け止められたらしく、殿下の背後には地面が見える。驚きすぎてすぐに反応することが出来なかった。一拍置いて我に返り、すぐにそこから退こうとすると、なぜだか背に回されていた殿下の腕に力が込められ離れることが出来ない。


「……殿下?」

「お前が魔物と戦っているのを見て、生きた心地がしなかった」


 はて、第一王子殿下はこんな口調だっただろうか。そんな疑問が浮かぶものの、殿下が先程のことを言っているのだとすぐに分かった。アトルムは国王の懐刀。それが弱いとなれば不安に思うのも無理はない。何しろオレ自身、勇猛な戦い方ではなかったという自覚がある。途中からよく分からん状態になっていたのも加えれば、オレの力で勝ったとは間違っても言えない。


「申し訳ありません」

「もうあんな無茶な戦い方はしないでくれ。二度もお前を失うことになったら、俺は自分を許せない」


 ……ん?


 ふと殿下の言葉に違和感を感じて首を捻る。

 二度、とは、一体どういうことだ。この世界で死んだ覚えはないのだが。


「頼みがある、聞いてくれないか」


 殿下の手の平が頬に触れる。剣ダコのある、戦う男の手の平だ。固く、カサついた指先がオレの目尻を撫ぜた。真剣な眼差しに囚えられ、目を離すことが出来ない。


「俺とけっ「何を当たり前のように抜け駆けしているんだ、ウィルフレッド」


 け?


 殿下が何かを言いかけたその時、背後から強い力で引き剥がされた。腹部に回された腕に締め付けられ、息が詰まる。


「アズール!!」


 殿下の鋭く怒りを含ませた声が名を紡ぐ。その名前には聞き覚えがあった。記憶違いでなければ、それは殿下と同い年の、隣国の皇太子殿下の愛称だったはずだ。


「……アズライル皇太子殿下?」

「ああ。無事だったか?すぐに駆けつけられずすまなかったな」


 同性のオレから見ても目を細めたくなるほど麗しい微笑み。それと共に先程までウィルフレッド殿下が触れていた場所を、まるで汚れでも払うような動作で拭われた。


「アルシオンを離せ!」

「断る。卒業生とは言えまだ成人前の子供を、一人で上級魔物と戦わせるような国に、アルシオンは置いていけない」

「俺が守る。次はあんなことさせない!」

「どうだか。大体お前は口ばかりじゃないか。たった一つの法改正すら出来ないやつにアルシオンを守れるわけがない」


 二人のやりとりにどことなく既視感を覚えるのはなぜだろう。この二人と顔を合わせるのは初めてのはずなのに、オレはこの喧嘩をどこかで見たことがあるような気がする。


 というか、一体何の話をしているんだ。一人で戦うとか、法改正だとか。生徒や貴族を避難させたのはオレの指示だし、オレが火魔法を使うギリギリまで騎士たちも頑張っていたのだが。法改正に至っては何の話なのかまったく分からない。


「――だいたい、今のアルシオンは女性だ!陛下たちだってアルシオンを婚約者にすることを許してくれる!」


 待って??????

 いや本当に待て。婚約者?何の話だ。というか、女性って、オレのことか?殿下は悪いものでも食べたのか?オレは生まれてこの方男以外になった覚えは――


 そこまで考えて、ふと視線を落とす。そう言えば、先程自分の口から零れ出た声は、やけに高くなかったか、と。それこそ、まるで、みずみずしい少女の声のように。

 いやまさか、と、アズライル皇太子殿下に抱えられ、地面についていない足を動かしてみると爪先から靴が脱げ、地面に転がった。あれ、と思って腕を伸ばすと、身体に合わせてオーダーメイドで作成されたはずの制服が、やけにだぼついていることに気が付いた。ぶかぶかの袖口から、白く細い華奢な指先が覗いている。


「ああ、すまない。苦しかったか?」

「え?あ、いや……?」


 腕の中でもぞもぞと動いていることに気付かれて、抱え直された。皇太子の腕が背中と膝裏に回され、いくらか息をするのが楽になる。


「アルシオン?」


 体勢を変えたせいかやけに皇太子の麗しい顔が近い。反射的に目を反らすと、胸元でぽよんと揺れるたわわな双丘が視界に飛び込んできた。


「はえ……」


 なんだこれは。どういうことだこれは。オレに何が起きている。誰か説明してくれ。


「アルシオン?……おい、しっかりしろ、――――」


 ――魔法少女、まじかる☆しおん誕生だにゃ!


 遠退いていく意識の中で、満足そうなナニカの声が聞こえた。

◯アルシオン

本作主人公。前々世サラリーマン、前世戦隊ブラックだった人。今世は公爵家嫡男だったがめでたく(?)女体化。精霊()に騙されて魔法少女になってしまった。ノーマル男子なので自分が同性からクソデカ矢印を向けられているとは欠片も思っていない。


◯ウィルフレッド

主人公の国の第一王子。前世レッドだった人。この後王太子になる。やや脳筋。実は主人公のことを幼少期から知っている。同性婚が可能になるよう法改正しようとしていたが立太子される可能性が高く、周囲からの反対されていた。前世、自分の腕のなかで冷たくなっていく主人公が今でも忘れられない。わりとトラウマ。主人公が女体化して一番ハッピーなのはたぶんこの人。


◯アズライル

隣国の皇太子。前世ブルーだった人。アルシオンのことを知っていて、同性婚出来るように自国の法改正済み。頭脳派。前世ではずっと主人公のことを疑っていて、主人公が死んでから自分の感情を自覚した。今世では後悔しないよう、各方面への根回しに余念がない。


◯フィオナ

転生者。この世界が乙女ゲームの世界だと思っていた人。ゲームではシークレットキャラ【孤独な暗殺者/アルシオン】が本命だった。シークレットキャラ出現条件は逆ハーエンドを迎え2周目に入ることだったが、待ちきれず強制イベントを起こした。召喚石のことを知っていたのはゲーム内に情報が出ていたから。


◯第二王子

名前はまだない。乙女ゲームで攻略対象者だった。フィオナと出会う前は気弱ながら誠実な性格で、そんな王子を支えたい側近たちと彼らなりに上手くやっていた。兄であるウィルフレッドに強烈なコンプレックスを抱いており、そこに付け入られ攻略されてさしまった。


◯ロヴィエラ

第二王子の婚約者。侯爵令嬢。ゲームでは悪役令嬢ポジだったが、この世界では主人公と同学年であり、親友の王女がいたため悪行に走ることはなかった。自他共に厳しいが、それは相手を思ってのこと。しかし第二王子にそれは伝わらず、婚約破棄騒動になってしまった。痛みに呻く王子を見捨てられず、決死の覚悟で寄り添った。


◯精霊(?)

主人公に聞こえた声の主。にゃ!とか言っているが別に猫の精霊ではない。最初に少年漫画的な雰囲気を出して見事主人公を騙しうちした。何か使命を持っているらしい。


グリーンは冒険者、イエローは商人、ピンクは……なんだろう?女の子で主人公の親友的なポジションにいるのを想像しましたが、職業が思いつかず断念。

タグの振り分けに不安があるんですが、もしこっちの方がいいよ、というのがあれば教えてください。

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