夜の港に出没するやつら
カズは金髪の女狐にからむ三人相手に立ち向かう。ふりかかる火の粉は払わねばならない。
7
真っ先に金髪がカズに殴りかかってきた。スローモーなパンチだ。
金髪の右拳をエルボーブロックではじいた。カズの肘に阻まれたら、それだけで半端な奴の関節ははじけ飛ぶ。
「ウグッ――」
金髪は唸りとも悲鳴ともつかぬ、かすれた声を発し、突っ立った格好になった。がら空きになったそのみぞおちにカズは力いっぱいの突きを入れた。金髪はむせり、嘔吐し、埠頭のコンクリート面に倒れた。
目の前で金髪を倒されたのを見て、後に続いてきた背の高いガキが顔を引き攣らせた。だが、勢いがついて、カズの脅威から逃げようにも、つんのめった体は操作がきかない。無防備にカズにぶつかってきた。
カズはその身体を両手で押し戻すと。顎めがけて回し蹴りを入れた。大きく吹っ飛んだ。
ガキふたりは係留する船舶のライトを浴びて、しばらくの間眠るだろう。
いきなり、女の叫び声がした。同時に金属の衝撃音が響いた。
ヤマハの赤のバイクが女を巻き込むようにして、埠頭の舗装面に倒れた。短髪ともみ合っているうちに、バイクの下敷きになったのだ。
女は横向きに寝転んだかっこうになっている。百五十キロのバイクがその脚を押さえつけた。
「痛い!」
女は叫んだ。
苦しそうにしながらも、片方の肘で支えている。
倒れたバイクのかたわらに立つ短髪が、いきり立ってカズに掴みかかってきた。カズは短髪の腕を振り払うと、みぞおちに拳を入れた。
あっけなく短髪は埠頭に倒れこんだ。痙攣した身体を海老のように曲げた。
「だいじょうぶか?」
バイクの下になり、脚を引き抜こうともがく女に声をかけた。
「脚が下敷きになって抜けない……」
女は倒れたバイクを睨みつけている。
フルフェイスのヘルメットのなかの女の表情は判別できない。おそらく、脚の痛みに加え、ガキどもへの憎しみで、歪んでいることだろう。
カズは女の真正面に立つと、フルフェイスのヘルメットを通して見える女の顔を覗き込んだ。その切れ長の眼は、しっかりメイクがほどこされていた。
スタイル以上に美しい顔立ちをしているようだ。
「せいのぉ!」
四〇〇CCクラスのバイクなら男の手にかかればたいしたことはない。カズはバイクを立ち上げた。
「脚は平気か? 立てるか?」
バイクの重量から解放された女に聞いた。
「ううん――。だいじょうぶ」
女はバイクのシートを支えにして、左脚一本で立ち上がった。ジーンズの右の腿のあたりが、工具のレンチ一本分ほど引き裂かれて、血で滲んでいた。
「少し怪我をしているけど、たいしたことないわ」
女はバイクに寄りかかって、片脚で立った。
言葉とは裏腹にダメージがありそうだ。このままではバイクに乗れまい。
カズは三人のガキどもに無性に腹が立った。
ガキどもは埠頭で横たわったままうめいている。
「世の中のクズが!」
怒りを抑えきれず、動けないガキどもにさらに一発ずつ顎や腹に蹴りを入れた。
ガキどもは泣いてわびた。
「助けてください。もう、しません」と。
そのとき、背後から、かすかなエンジン音が聞こえた。カズは闇のなかに、さらなる来訪者がいることに気づいた。
ポテンシャルが高いくせに、抑えながら近づいてくる。ライトは消したままだ。
もうガキ三人を相手にしていられない。
「今度は何者だ?」
カズは女と並んで、疎らな照明灯が照らす倉庫群のほうに目を凝らした。
来訪者は黒い影となってゆっくり近づいてくる。フロントバンパーの灯りは消したまま――。
――あの車の影はクラウンか?
暗くてはっきりしない。いずれにしても、国産ものとしてはグレードの高いものだ。
いきなり女がカズの片腕にしがみついてきた。
「逃げて! わたしを連れて逃げて!」
急変した女の態度には驚きだ。三人のガキを相手にしていたときとは大違いだ。
「きみはその脚でバイクに乗れるのか?」
しがみついた女の顔がカズの耳元にあった。
「あなたのバイクの後ろに乗せて! 急いで!」
熱い息がかかった。
女は逃げたがっている。ここでクラウンと思われる車の主の女を手渡すのも気の毒だ。
カズは女をバイクの後ろに乗せた。
クラウンには知らぬ顔をして、アクセルをふかした。
相手が急に動き出した。それまで音なしの構えをしていたクラウンがヘッドライトを点灯した。周囲が一転して火がついたように明るくなった。
ここで逃がしてたまるかと、野生動物が獲物に向かって眼を光らせた。これまでの静かな動きが嘘のようだ。いきなりエンジン音を響かせると、急速度で迫ってきた。
カズは尻尾を摑まれないようにと、いっきに走り出した。
夜の港に隠れていたイタチが、猛牛に姿を変えて、カズたちのバイクを追ってきた。
( 続く )