金髪の女狐との出会い
夜の港でのカズの安らぎを妨げることが起こる、このところ噂になっている『金髪の女狐』がいると知って、バイクの男たちが集まってきた。
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カズは埠頭で女がバイクにまたがり静止する姿を、横目でぼんやりと眺めた。配達区域に住む顔なじみの倉庫会社に勤めるオヤジに聞いた話を思い出した。
「最近、港の連中の間によ、噂があんだよ。夜にちょこちょこ真っ赤なバイクに乗った女が現れるんだってよ。それがえれぇ別嬪ときてるんで、夜に走る男たちが騒ぎ出しているっていうぜ」
たまたま女がヘルメットをとったときに見た奴がいて、そいつが言うには、女は金髪で、欧米人か、髪を染めた日本人かはわからない。グラビアのモデルになってもいいようないい女だったそうだ。
そんな噂話が港湾関係者に伝わっていって、今ではその女は『金髪の女狐』と呼ばれているそうだ。
「カズも夜の港にたまに行くそうじゃないか。その金髪の女狐に会えるかもしれないぜ」
倉庫会社の事務室前でそう言うと、オヤジはにやりと笑って、カズからの配達物を受け取った。
港の夜にしっぽりと浸かりながら、カズはまた一本ラッキーストライクを口にくわえると火をつけた。
オヤジのいう噂の金髪の女狐があいつか……。
女はバイクにまたがったままヘルメットをとった。外国船を灯す小さなライトのその薄明りで、女の顔がなんとか判別できる。
バイクから降りると、女は片手にヘルメットを抱え、胸をはるように潮風に吹かれた。ストレートの金髪がたおやかに揺れる。
カズは知らぬ顔をして女から目をそらした。眼前には夜の海が無限に広がっていた。
この埠頭の夜景は一番絵になる。女のためだけの場所にしておいてやるのがいい。
カズには明日も朝から仕事があった。
三本目のラッキーストライクを吸ったら、この日は埠頭からオサラバしようと思う。
若い頃と違って、いつまでも夜遊びしたい齢でもなかった。一日の仕事の疲れを翌日に持ち越すようになってきていた。そろそろ、マンションに帰って体を休めたかった。
立ち上がり、バイクのハンドルに手をかけた。
と、同時に港の静寂をぶち壊すエンジン音が埠頭の舗装面に跳ね返った。
振り返ると、レイバンの黒レンズを通して、ヘッドライトの光が網膜に刺さってきた。複数、それ以上か。
――まぶしいぜ。
カズは舌打ちした。
「違うぞ。あっちだ!」
無神経な男のでかい声が響いた。
カズに向けられていたライトの光が別の目的物へと向けられた。バイクは四〇〇CCクラスのものが三台だ。誰を狙っているかは想像がつく。
耳障りなエンジン音を立てて、女のバイクへと向かってゆく。
連中は黒眼鏡だけをかけて、だれもヘルメットをかぶっていなかった。それだけで悪と分かる。
「いたぞ! 金髪の女狐だ!」
「初めてお目にかかる。とうとう捜し当てたぞ!」
「キャッホー」
男たちが奇声を上げる。
女は慌ててヘルメットをかぶると、バイクにまたがった。
エンジンをかけようと急いだが手遅れだった。
男達のバイクのヘッドライトに、しなやかな曲線でかたどられた女のナイロンジャケットが浮かんだ。
女を取り囲むと、短髪で太った男が言った。
「あんた。金髪の女狐なんだろ。最近、有名だよ。この辺りを走っているって……」
下卑た声がカズの耳まで届く。
もうひとりが女につめよった。
「探してたんだぜ」
背中を見せる男の髪は長い金髪だった。
カズはこの男に見覚えがあった。以前、配達の途中でからんできたバイクのガキだった。そのときはヘルメットをかぶって一二五CCのバイクを乗っていた。河川敷で転がしてやった。
女は男たちを無視して、
「どいてよ!」
と、ピシャリと声を荒げた。
「ほんとだ。いい女だ。ヘルメットとってよ」
三人目の、痩せて背の高い男がちゃかす。
「どこかツーリングしようぜ」
金髪がバイクに乗ったまま女に近づいた。
女は三人を無視して、スタータースイッチを押した。
「おいおい。ひとりで行くのは許さないぜ。少しつきあったら解放してやる」
しつように金髪が迫る。
男たちは女がエンジンをかけたのに合わせて、自分たちのバイクを目いっぱいふかした。静かだった港がエグゾーストノイズで荒らされる。
――やれやれ。せっかく心穏やかに休んでいるところを騒ぎ立てやがって。女もこんな下等なガキ相手するのは耐えられねぇだろう。
カズは重い腰を上げた。リーダーと思われる金髪の背中に歩み寄った。
「離してやれ。嫌がっているだろう」
「なんだぁ?」
いきなり背中から声をかけられて、金髪が振り返った。凄みを利かせた顔だ。
「なんだ! てめぇ。う……。お、おまえ……!」
金髪は驚きで飛び上がった。
と、同時に怒りをみなぎらせ、ハリネズミのように全身戦闘態勢に転じた。どうやら河川敷で転倒させられたことを憶えていたようだ。
「この前のレイバンのチンピラ郵便局員だな。河川敷でおれをコケにしやがって! あんときの礼をまだしてねぇぞ!」
怒鳴りちらした。
「そんなことあったか?」
カズはとぼけると、
「女から離れろ」
三人に取り囲まれた女に向けて顎をしゃくった。
「おっさん。なに、正義づらしてんだ」
金髪はバイクから降りながら、「女を逃がさないようにしておけ」仲間に指示をした。
今にもカズに飛びかかろうとしている。
「わかったぜ」
短髪が女の腕をつかんだ。
「やめてよ! 離して!」
女は暴れて、つかまれた腕を振りほどこうとする。短髪ともみ合いになった。
「やめるんだ!」
カズが女のかたわらに行こうとすると、そうはさせまいと、金髪ともうひとりの背の高いふたりが殴りかかってきた。
相手がふたりであろうと、ガキたちのパンチは素人のものだ。武道など心得がない、喧嘩だけしているパンチだ。
カズは、学生のときは空手で全国大会に出場し、警察官時代には柔道、剣道と学び、武術にかけてはオールラウンダーだ。
目の前の三人など、子供だましもいいところだ。
( 続く )