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走りのカズ 危険な郵便局員  作者: MAHITO
4/23

同級生菊池との再会

配達で菊池の家によると、いきなりカズは呼び止められた。その菊池とは、高校以来、一度も話をしたことがなかった。もと市議会議員であった。

 4


 秋色をくすぶらせるように、空はいまにも泣き出しそうに黒雲でおおわれていた。事務的に仕事をすませばよいのだが、次の配達先のことを考えると、天気と同じように湿っぽくなる。

 郵便配達をしていると、他人の家庭の事情を知ってしまうことがある。


 次の配達先はもと市議会議員である菊池の家であった。小包を配達しなければならない。菊池は高校のときの同級で、一年間だけクラスが一緒になったことがある。

 カズは空手部で、脳みそは空っぽで、そのうえ無愛想だったので、学校の日陰者だったが、菊池のほうは才気煥発と目立っていた。頭がよく、そのうえ、弁が立ち、弁論部長もしていた。仲がよかったわけではないが、普通に話をしていた。


 北欧の住宅を模した洒落た家に住んでいた。夫婦ふたり、子どもはいなかった。少し前までは……。

 カズは門柱の前にバイクを止めた。敷石が並べられた玄関アプローチが長い。

 議員の家には贈答品など小包の配達が多い。以前は奥さんが玄関口に出てきて、受取のサインをしてくれた。

 カズの記憶によると、奥さんは歳のわりに地味な服装をしていたが、それと反比例するように髪は綺麗に整えられていた。いつも、美容院へいってきたばかりといったようだった。カズや菊池よりかなり若そうだった。

 その奥さんが先月、十二階建てのビルの屋上から飛び降り自殺した。そのビルは、一階にテナントが入っていて、あとは会社の事務室で占められていた。屋上は昼休みに会社の事務員の休憩場所ともなるので、出入り自由だった。多くの男女が、もちろん亭主の菊池も働いている平日の真っ昼間のことだった。

 自宅に遺書が残されていたそうだ。内容は報道されていない。

 菊池は任期中にもかかわらず議員を辞職した。愛妻を失くした悲しみで、生きる張りも仕事にかける情熱も失くしたようだ。


 インターフォンから男の声がした。

「菊池ですが」

 カメラがついているから家のなかにいる菊池からは黒眼鏡をかけたカズのことが見えている。顔をインターフォンのカメラレンズに向けて話した。

「郵便局ですが、小包をお届けにまいりました」

「ああ……、待っていてくれ」

 インターフォンごしに菊池がこたえる。

 こちらは年中、街中を走っているからここ数年の間に何度か菊池の顔を見かけている。だが、会話をかわすのは高校以来となる。

 奥さんの不幸を知っているから、嫌な再会となる。

 しばらくして扉が開くと、ガウン姿の菊池が現れた。プーンと洋酒の匂いがした。

 今は午後の二時だ。昼間から飲んでいるようだ。もっとも議員を辞めて、職のない菊池がいつ飲んでいようと構わないが……。

 菊池の頬は赤い。アルコールが入ると赤くなるタイプのようだ。

 カズが手に持つ小包を見ると、目線をあげた。ジッとこちらを見ている。そして笑顔をつくった。

「黒眼鏡をかけているから、すぐにはわからなかったけど、喜多くんじゃないか? 高校のとき同じクラスだった喜多くんだよね」

 同級生とわかってしまったか。自分ではそうは思わないが、この齢になっても、若いころの面影が残っているようだ。カズはうなずいた。

「そうだ。憶えていたのか?」

「いやぁー、ほんとに久しぶりだ。何年ぶりだろう」

 高校のとき以来だから二十数年ぶりになる。

 妻を亡くした落ち込みを酒でごまかしているものの、菊池の声には張りがあった。

 小包の配達確認用の伝票に菊池はおぼつかない指先でサインをした。

 小包は羊羹が三~四本ほど入ったような重さだった。

 カズは、受け渡しの手続きを終え、礼をいって帰ろうとした。

「しかし、懐かしいね」

 いっぽうの菊池は感慨深そうにしている。やおら、よろけた足で近づくと、カズの左肩をつかんだ。

「少し話をしていかないか。仕事中だから時間をとらせないよ」

 酔っているせいか強引だった。


 傷が癒えていない菊池が、酒の勢いを借りて陽気に振舞おうとしている。そんな菊池の気持ちをおもいはかると、誘いを無下にことわることができなかった。少しだけつきあうことにした。

 通された部屋にはスリッパが埋もれそうなほどの分厚い絨毯が敷かれていた。いわれるままカズはソファーにすわった。

 テーブルにはナポレオンのボトルと菊池が使用していたグラスが置かれている。

 菊池が「待っていろよ」といって姿を消すと、新しいグラスを持って現れた。

「喜多くんも飲めよ」

 さすがにカズは慌てた。

「いや……。仕事中だから遠慮させてもらう」

 菊池は酔いの回った眼をしばたたかせた。

「ああぁ、そうだったな。きみは仕事中だった。それでは珈琲を持ってこよう」

「いや、なにもしなくていいよ。すぐに帰らせてもらう。まだ、これから、配達で回らなければならないんだ」

 納得すると、菊池は自分のグラスにナポレオンを継ぎ足して口に持っていった。

「以前から、黒眼鏡をかけた、ちょっと風変わりな郵便配達員が回っていたのを知っていたよ。それも、きみってことを……」

 トロントした目つきで見てくる。

 そうか菊池は知っていたのか――。市会議員をやっていれば、いろんな情報や依頼事も入ってくるだろう。

 どうせ住民から、横着な郵便配達員がいる、あの黒眼鏡なんとかならんか。ひとつ西郵便局に苦情を入れてくれんかと、でも頼まれたのだろう。

 いきなり菊池の視線が揺れた。焦点が定まらなくなったように。


「きみは知っているだろう? おれの妻が飛び降り自殺したことを」

 早くも妻のことをいいだした。菊池は酔った勢いで現在のつらい心情を吐き出したいのか?

「気の毒なことをした」

 カズはひとことだけ返した。

「あっ、いいや……。すまない」

 菊池は首を振って、自分の言葉を打ち消した。

「喜多くんと高校以来、何十年かぶりで話す機会ができたのに、こんな辛気臭いことを話しちゃいかんな。日を改めて、いっしょに楽しく、昔の話でもしながら飲みたいんだよ。喜多くんと」

 カズは考えるまでもなく、その誘いにOKの返事をした。

 妻を亡くした傷心の同級生がたまたま自分と出会ったことで、一度飲みたいといっているのだ。

「菊池の気晴らしになるのなら、今度つき合うよ」

 断る理由はなかった。

 ただ、カズは本能的になにかやっかいな相談事でも持ちかけられるのではないのかと危ぶんだ。

 同級生といっても、市会議員だった男だ。通常の勤め人より、多くの持ち物があって、その処理に困っていることだってある。

 どんな持ち物かはわからない。それが一般常識からして、よいことか悪いことかはわからない。

 これは以前、警察官をしていたカズの勘だった。

 カズこと喜多嘉彦は二十八歳のある日まで警察官であった。


  ( 続く )

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