追撃者との決着
どこまでも追跡の手を緩めないアメ車。カズがとった反撃とは……。
最終回
背後からアメ車が迫ってくる。
窓から半身を乗り出した金髪が叫ぶ。
「ばっか野郎! 同じ河原に逃げるのか? 今度は前のようなバイク同士の喧嘩じゃねぇぞ。おめぇの墓場にしてやらあ!」
カズは車体を大きく倒すと、河川敷につながる細い舗装道へと曲がった。フットレストから降ろした靴先が路面でスリップする。後部座席に乗る亜里沙もカズと一体になっている。凹凸した舗装道で、亜里沙の尻がホッピングのように飛びはねる。
「カズ! こんなところに逃げ込んだら、行き場をなくして、殺されちゃうわ! もっと人が多いところに行って助けを呼んだほうがいい!」
亜里沙が金切り声で注文を出す。
アメ車はぴったりとホンダの尻にくっついてきている。
後ろを見ながら、亜里沙が泣き叫んだ。
「ヤクザの車、ついてくる! こんな狭い坂も降りてきた」
広い車幅のため、河川敷への細い舗装道から、タイヤ半分はみ出している。それでも脱輪することはない。
カズは亜里沙に叫んだ。
「どうした? 金髪の女狐。芸能プロに三行半をつけたときの威勢のよさはどこにいった」
余裕をみせたかったが、自分のほうも、いっぱい、いっぱいだった。内心、今度ばかりは追い込まれたと思っていた。
ホンダは河川敷に降りた。
砂利交じりの凹凸のある草場を後輪を弾ませながら走った。
「なに、カッコつけているの。これ、小説や映画のハードボイルドの世界じゃないのよ。ほんとに殺されちゃうわ。キャー!」
足場の悪さに、時にはジャンプし、時には前輪を突っ込んだ。
低い丘状の草地が迫った。そのまま突っ込むと、大きくジャンプした。亜里沙の尻もそれに合わせて大きく浮かんだ。
カズは運転に集中した。転倒でもしようものならアメ車の連中にやられる。よくて半殺し、悪くしたら殺される。亜里沙はどこかに連れていかれるだろう。
ジャンプのあと、よろつくホンダを立て直すと、アクセルを全開にして荒馬のようにホンダを操った。
アメ車のほうも追尾するのを諦めない。
ギシギシときしむ音をたてている。古い車体で、いたるところでパーツが緩んでいる。まるで小動物を狙う毒蛇のようだ。恐怖心をあおられた。
砂ぼこりや草っ切れで、カズの黒眼鏡の視界も悪くなってきた。片手の甲で拭ってみると、夜景の一部となって、河川にかかる橋げたが見えてきた。
橋げたの上には国道が通り、ライトを灯した車が列をなして走っていた。そこには法令を遵守した平和な日常があった。
それがどうだ。今はこうして、非日常の河川敷に堕ちて、殺し屋と化したアメ車に追いかけられている。これも社会の縮図か――。
前方に薄墨色の橋脚が見えてきた。橋脚はぶっといコンクリート製の頑丈なしろものだ。国道の走る上部は明るいが、川面に近い下部は真っ黒だ。広い河川で何本も並んでいる。
橋脚を見ながら、カズは草地を走った。すぐ横を河が流れる。幅は三十~四十メートルはある。飛ぶことができたら河を飛んで向こう岸まで行くのだが。
「カズ。カズ。キャー!」
「……」
「背中。背中! わたしの背中にアメ車がくっつきそう。キャー! わたし、切り殺されるぅ……」
カズの腹に腕を回した亜里沙が断末魔のような叫びをあげた。
アメ車の鼻先がホンダの後輪を突こうとしていた。
カズはさらに加速させた。フラットではない草地でホンダはこれまで以上に飛び跳ねた。
背中の亜里沙は、カズの背中に片頬をくっつけ、しがみついた。
「まるで……、暴れ馬に……、うぐぅ」
擦れた声が途切れた。亜里沙を相手にしている余裕はない。
「落ちるなよ!」
カズはハンドルをきると、これまでの草に覆われた河川敷から水がつかる浅瀬のほうへコントールした。
河流と河川敷の境に橋脚が立っている。
「つかまっていろよ!」
そう叫ぶと、ハンドルを一本の橋脚のほうへ向けた。河川敷と河流の境には段差があった。
ホンダは河川敷ののり面を下降すると、ひとつジャンプして、浅瀬に突っ込んだ。
亜里沙はカズの背中に子亀のようにへばりついた。息が止まったのか? 声も出さない。
アメ車も、ホンダの尻を突いてくる。ゲスな音を響かせている。
同じように橋脚の脇の浅瀬に突っ込んだ。
わずかなハンドル操作が命取りだ。カズは浅瀬の砂利にハンドルを鷲掴みにされながらも、いったん降りた段差を転倒せずに抜けきると、河川敷に飛び上がった。
アメ車はついてこられるか?
背後で男たちの叫び声と、派手に水を跳ねる音がした。
小回りがきかないアメ車は、段差のある河川敷から浅瀬に突っ込むと、ハンドル操作もままならないうちに、そのまま橋脚に追突した。
背後で派手に金属がみじゃける音がした。
しばらく走ると、カズはゆっくりとアクセルをゆるめた。
野球でいえば、ホームからセカンドベースほどの距離、橋脚から離れた河川敷でホンダを停止した。
亜里沙とともに振り返ると、図体のでかいアメ車は、橋脚のコンクリート壁に激しく衝突し、その勢いで横転していた。
長ったらしいボンネットはねじ曲がり、フロントガラスは粉々に砕けていた。まるで浅瀬に打ち上げられた鯨だ。
なかにいる四人は、横倒しになったアメ車のなかから出られるほどの力も残っていない。
遠くでパトカーの音がした。
「警察よ」
亜里沙は、水飛沫で濡れたジーパンを手ではたくとつぶやいた。
「国道で、外車から身を乗り出して、日本刀を振り回して大声をあげていたなら、目撃した市民の誰かが通報するだろう」
「何台ものパトカーの音がするわ。車のなかのヤクザたち生きているの?」
連中は横転したアメ車のなかから出てこない。窓から金髪の半身が出ている。気を失っているままだ。たれさがった腕から日本刀がこぼれた。
「簡単には死なないだろう。骨が数本折れて、当分動けないかもしれないが……」
「警察、来たらどうするの?」
「ああ……、おれもいろいろ事情を聞かれるだろうな」
「それだけですむの?」
カズは首をふった。
「わからない」
ふたりは停めたホンダに、並んでもたれかかりながら、浅瀬で横転したアメ車をぼんやり見た。
「ヤクザに追いかけられたといっても、おれも、横着な運転したからな。道路交通法違反で捕まるかな……。他にもっと罪あるかな?」
「郵便局。クビね」
「きっとな……」
ふたりはヘルメットをとると、汗で濡れた髪を河原の夜風にさらした。亜里沙の金髪がなびくと、カズの黒眼鏡で覆った頬に触れる。
カズは革ジャンのポケットからラッキーストライクを取り出すとくわえた。
「わたしにも一本ちょうだい」
安物のプラスチックライターでふたりの煙草に火をつけた。
「亜里沙。ひとつ聞きたいことがある。埠頭に置いてきたヤマハのバイクって、あれって?」
亜里沙がくすりと笑った。
「気づいていた。あれも盗んだもの」
そういうと舌を出した。
「どうりで、ほっといても気にならないわけだ」
カズはため息をついた。
この娘をどうしたものか? しばらくは一緒に暮らすことになりそうな予感がした。
ということは、カズの責任で、亜里沙の盗み癖をやめさせなければならなかった。
おいおい、おれが教育係かい?
カズはくすぐったい気持ちになった。
それと黒の酒場で捕まった同級生の菊池のことも気になった。
刑期を終えるまで待っていてやらなければならないだろう。それが何年になるか……。
これまで恋人を失い、そのあとには妻子を失い、人生なんてろくでもないものだと思っていた。
ホンダを飛ばし、独りで、好きに生きたらいいなんて、斜に構えていた。
ところがだ。どういうわけか、この歳になっていろいろと荷物ができてきた。もしかして歳をとるってこうは、こういうことなのかも知れない。
後部座席に尻を持たれかけたまま、亜里沙が甘えるようにカズの頬に自分の頬を押しつけてきた。
「ねぇ、カズは、たぶん郵便局をクビになるだろうから、そうしたら、わたし、お金稼ぐね」
いろいろ問題はあるが可愛いことも言う女だった。
「亜里沙が働くのか?」
「うん。わたし、働く。だがら……、一緒にルーブル美術館に行こう」
「……」
さすがに返事ができなかった。
何台ものパトカーのサイレンが近づいてくる。
カズは独りごちた。「金髪の女狐か……」
(完)
最初から最後まで、世をすねた中年男のいいかげんな物語でした。中年男の内なる苦労はあるのですが……。ご愛読ありがとうございました。




