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走りのカズ 危険な郵便局員  作者: MAHITO
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不良郵便配達員のカズ

カズの配達区域の住人には顔見知りのものもいる。『黒の酒場』の主人もその一人だ。主人の黒はカズに、今度飲みに来いと声をかける。

 2


 カズは仕事中にも自前のシルバーメタリックのヘルメットをかぶり、レイバンの黒眼鏡をかけている。

 赤塗りの郵便配達車で、ときとして街中を急ブレーキ、急発進と暴走族まがいに走った。言ってみれば、不良郵便配達員であった。

 そのくせカズは、人相と素行とは裏腹に、郵便物の集配、配達と誰よりも正確で迅速で、なぜか地域の住人たちからは親しまれていた。

 同じ西郵便局に勤める郵便局員たちは、スピード狂で黒眼鏡をかけた数幸かずゆきのことを、『走りのカズ』と呼んだ。


 黒眼鏡の着用は、郵便局内でも、配達先においても、禁止されていた。当然のことながら上司はカズに黒眼鏡をかけるなと注意する。しかし、形だけだった。

 なぜならカズは上司たちに一目も二目を置かれていた。

 現在は郵便配達員が貯金や保険の勧誘を行うようなことはないが、当時は配達とともに金融商品の獲得競争にも駆り出されていた。その中にあって、カズは走りだけではなく、顧客の懐に飛び込む不思議な力も持っていた。すべての貯蓄担当者、郵便局員をおさえて、貯金高獲得のトップだった。それも断トツだった。

 貯金高獲得だけに留まらない。

 以前、配達のことをめぐって西郵便局がヤクザとトラブルになったことがあった。

 相手の脅しは凶暴で、局長まで引きずり出されそうな状態であった。ところが、なぜか誰も警察に届けようとしなかった。察するところ、郵便局側に落度があったのであろう……。

 そこで上司が元警察官のカズに泣きついた。カズは困った素振りを見せることなく、数人のヤクザが待つ控室にひとりで入った。

 そこでのやり取りは誰も知らない。わかっていることは、三十分後には扉が開いて、ヤクザたちはなにも要求せずに帰っていったということだけだった。

 以来、西郵便局内で、カズだけはなにをやっても大目に見られる存在となった。


 配達員は自分の担当区域の郵便物を、配達するルートに沿って分け直す。これを道順組み立てという。

 例えば、今いる場所から五メートルの道をはさんで、すぐ向かいの家に郵便物を届ければ手っ取り早いと思うのだが、そうはしない。

 道順組み立てに従って、道の片側に並ぶ家を順に配達して、それが終わったら、道の向こう側の家を配達する。

 これが大量の郵便物を正確かつ迅速に運ぶための最善の方法なのだ。

 その日、カズの昼からの配達は柳町からだった。

 主に住宅地であったが、特徴的なところで空き店舗の目立つアーケード街があった。

 薄汚れたかまぼこ型の天井のその下には、衣料品店、総菜屋、花屋、雑貨商など細々と営みを続けていた。なかには飲み屋もあった。


 バイクを止めながら、隣接する店々に順番にポストに投函していると、道の向かい側にあるスナック『黒の酒場』のマスターが箒を持って店先を掃いていた。

 カズに気がつくと、小さく手をあげた。

「おーい。カズ。おれんとこには郵便はないのか?」

 このような商店街を配達していると、ときには店の店主や従業員から声をかけられる。

 黒の酒場の『黒』はマスターの名前の黒田の頭文字からつけたという。

 マスター自身も、『黒』の愛称で呼ばれている。

 年齢は五十を過ぎたところ、痩せ型の体形をしている。半分白くなった髪に口髭をたくわえ、妙に口角が上がっていて、一癖ありそうに見える。

 店が流行っているようには見えないが、金回りはいいようだ。店の裏の車庫には真新しいBMWが止めてある。

 カズはバイクにまたがったまま、黒のほうに形ばかり頭を下げた。

「順番にあんたとこも回っていくぜ。たしか四~五通あったはずだ」

 黒は「待っているよ」といって、箒で集めたごみを塵取りで集めはじめた。


 ルートどおりに配達をして、黒の酒場の前まで来た。黒はすでに掃除を終えて店の前で待っていた。

 カズは、通常の封筒二通と、自動車ディラーや大手スーパーなどからの案内のハガキを四通まとめて手渡した。

「どうぞ。これで全部です」

「ありがとうよ」

 受け取ると、黒は口元をゆるめた。頬から耳にかけて多くの皺が浮いた。

「それでは……」

 カズはエンジンをかけたままのバイクにまたがると、離れ際につけ加えた。

「いつも気楽そうにやってるな」

 カズの口調は普段ふたりの間で使う無遠慮なものになっていた。

 苦笑いして、黒はこたえた。

「店はいつも閑古鳥が鳴いているし、家族もいねぇ、独り身だからな。気楽さ」

「おれも、家族がいない……」

 カズがこたえると、ふたり顔を見合わせて小さく笑った。

「お互い独り身で自由ってことか。今度久々に、おれんとこの店にも飲みにこいよ。今晩でもいいぜ」

 そういうと、黒は癖である唇をなめた。

 カズが黙ってうなずくと、黒がバイクにまたがっているカズの肩に手をおいた。

「おめぇも、たまにぁあ、黒眼鏡とったらどうでぇ」

 カズは照れて、顔を歪めた。

「長年、この面に黒眼鏡だぜ。いまさらとれねぇよ」

 眼鏡を鼻柱から少しずらし、しかめっ面をして素のままの目を見せた。

「あばよ」

 そう言うと、レイバンで顔をおおった。

 カズはバイクをダッシュさせ、軽々と黒の酒場を置き去りにして、次の配達先へと向かった。 


 ( 続く )

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