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走りのカズ 危険な郵便局員  作者: MAHITO


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18/23

再び埠頭に立つ金髪の女狐

ホンダを走らせていると、埠頭の倉庫の片隅にヤマハが置かれていた。

  18


 ガキどもに襲われ、芸能プロのクラウンに追われた亜里沙の厄日ともいえる夜から、十日がたっていた。

 午前中、カズは有給休暇をとって、ホンダの後部座席に亜里沙を乗せた。

向かう先は埠頭だった。

 菊池の発砲事件、その後の警察からの事情聴取と、もちろん仕事も休むわけにはいかない。慌ただしい日々が続いて、この日まで、埠頭まで足を延ばすことができなかったのだ。

 亜里沙が囲まれた事件現場には、使用していた赤のヤマハのバイクはなかった。盗まれたかどうかはわからない。

 もとより、船の荷下ろしに使用している埠頭にバイクが置かれていたら邪魔でしかたがない。

 港湾関係者が別のところへ片づけたかもしれない。

 どこかに置かれているのではないかと、周辺に並ぶ倉庫群の周りを転がしてみた。

 そのうち後ろにすわる亜里沙が叫んだ。

「あれ、あれよ。わたしが乗っていたヤマハ!」

 亜里沙の指さす先にトラックのターミナルがあった。

 開放された倉庫が並び、数台のフォークリフトが右に左に動き回り、梱包された荷物をトラックに積み上げている。その奥には開放された倉庫があり、その片隅に見覚えのあるヤマハが置かれていた。

 カズはターミナルにバイクで乗り込んでヤマハのところまで行った。

 すると気づいた作業員が、フォークリフトに荷物を載せたままま近づいてきた。

「おおっ、その赤のバイクか。埠頭にほったらかしだったから、荷揚げの邪魔になるんで、こっちに移動させてきたんでぇ。おまえさんたちのものだったら、とっとと持って帰ってくれ。こちらも困っていたんだ」

 と、いとも簡単に言った。

 幸運なことってあるんだ。ふたりは礼をいって、亜里沙がその場からヤマハを運転した。


 その夜、亜里沙はヤマハにまたがって、金髪の女狐として埠頭に立った。

 ヘルメットから肩先に出た金髪の髪が潮風になびき、ジーンズのヒップは変わらずきれいな曲線を描いていた。もっとも、ジーンズにはこの前のトラブルで作った綻びがあったが。

 カズはもちろん亜里沙をひとりにするつもりはない。

 亜里沙の位置から一番近い倉庫の陰で待ち構えていた。

 五百メートルほどの距離があるが、ホンダにまたがっているので亜里沙への訪問者が現れたらすぐ駆けつける。

 例の来客を待ちながらも、カズが考えていることは菊池のことだった。犯罪者にしてしまったことで、自分を責め続けていた。

 警察を辞めてからの中途半端な自分の生き方を思う。

 ことに対して真正面に向き合ってこなかった。

 別れた妻、そして娘に対しても同じだ。

 自分の中途半端な態度が、これまで関わってきた者に、不幸な道を歩ませてしまったような気がした。彼らには幸せとは真逆の人生を背負わせた。

 菊池の場合、事が起こったあとで手を出すのではなく、もっと先を見越して動くことができただろうに……。

 後悔の念が先にたつ。

 ――では、亜里沙はどうする? 

 あれこれ考えるうちに、カズの目に映る景色が変わった。


 闇の中、ヘッドライトの光がカッと音を立てた。

 光が夜の埠頭に蜥蜴の舌のように長く伸びた。収用所の脱走兵を追うようだ。

 予想通り亜里沙を追う連中が姿を見せた。

 スポットライトのなかに亜里沙が映し出された。ヘルメットもフルフェイスではない。サングラスもかけていない。亜里沙は素顔をさらけだして、眩しそうに目を細めた。美術教室におかれた石膏像のように白く整った顔だ。

 亜里沙は肘で眩しさを避けようとした。

 クラウンは光のなかに亜里沙をとらえると、ゆっくりと着実な走行で近づいていった。

 亜里沙は光の主を待ち構える。

「いよいよか……」

 倉庫の陰でカズはつぶやくと、ホンダのエンジンをかけた。ゆっくりアクセルを回すと、静かにヤマハのもとへと転がせた。

 夜闇に浮かぶクラウンのテールランプが見えた。クラウンのほうもゆっくりとヤマハに近づいていった。

 それは、いたずらをして家から逃げ出した愛玩動物をやっとのことで見つけ出し、捕獲のために、ゆっくりと近づいていくような情景だ。

 金髪の女狐の五メートル手前で止まった。

 運転席と後部座席のドアが二枚開くと、ふたりの背広姿の男が降り立った。

 後ろ姿から、少し背が低く恰幅のよいほうが芸能プロの社長、背が高く若いほうがマネージャーだろう。社長は五十歳前後。マネージャーは三十代半ばといったこところか。

 ヘッドライトを浴びせかけたまま、ふたりはヤマハにまたがる亜里沙を囲んだ。

 社長がいきなり亜里沙の腕をつかんだ。

「なにすんのよ!」

「亜里沙! いっしょに帰るんだ!」

 社長の張り上げた声が埠頭に響く。

 そのふたりの言い合いは、ホンダを転がすカズのところまで聞こえた。

 亜里沙は腕を振り払おうとする。マネージャーも社長に加勢して、三人がもみ合うかたちになった。

 女ひとりの力ではどうすることもできずに、亜里沙はヤマハから引きずり降ろされた。

 音を立てずに、近づいたカズは一声ひとこえ張り上げた。

「荒っぽいことはやめな!」


 社長とマネージャーはカズがホンダで近づいてくるのにまったく気がついていなかった。

 驚いて社長が振り返る。

「なんだ! きみは?」

 ホンダに乗ったカズを見て、すぐさま認識したようだ。先日、繰り広げたカーチェイスの相手だと――。

 薄暗い埠頭に、ちょび髭でふっくらした社長の顔が浮かび上がる。

「十日前のあんたか。わたしらはこの女性と仕事のことで話があるのだ。あんたには関係ない! 首をつっこまないでくれ!」

 怒鳴りつけてきた。怒りで顔を赤らめている。身に着けたスーツは高級ブランドだろう。

 若いほうのマネージャーはくだけた感じでスーツを着ている。細身で背が高い。

「じゃましないでくれないか。ビジネス。ビジネスだよ」

 こちらもカズに睨みをきかしてきた。

 おもむろにカズはホンダから降りた。

「亜里沙。ビジネスだそうだ。話し合いをしな」

 もとより、カズは芸能プロと、亜里沙を話し合わせるために、この埠頭に金髪の女狐として立たせた。

 いつまでも逃げ回っているわけにはいかない。話し合いによって、亜里沙の未来がよいほうへ向かえばよい。


 ( 続く )


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