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走りのカズ 危険な郵便局員  作者: MAHITO


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12/23

同級生ふたりの時間

菊池に誘われて、飲みに行った先は黒の酒場だった。



   12


 土曜の夜七時に喫茶『カレン』。菊池との待ち合わせ時間と場所であった。

 カレンは商店や飲み屋が入り混じった一角にあった。カズの配達区域にあるから場所はよく知っていた。

 店舗の道に沿った部分はガラス張りになっている。通行人から店のなかを見られ、当然のことながら店のなかからも道行く人を見ることができた。

 この辺りでは洒落た店で女性客が大半を占める。普段カズは利用しない。

 いつもの革ジャンとジーンズでカレンの前までくると、照明で浮かび上がる店内に菊池の姿があった、菊池のほうもカズを見つけ、窓際のボックスシートから小さく手を挙げた。

 カズが店に入り、菊池のシートまで行くと、菊池は立ち上がって、店を出ようといいだした。

「飲みにゆくのに珈琲は余分だろう」

 飲み干した珈琲カップがあった。また、テーブルの隅に置かれた灰皿には一本の吸殻もなかった。

 カップのなかの珈琲の渇きぐあいから、かなりの時間この場所(席)にいたようだ。

 ビジネスバッグを持った菊池は、まるで仕事帰りのようだった。ポケットから小銭をつかみ出すとそそくさとレジをすませた。

 どこの飲み屋を考えているのかはわからないが、菊池はすぐにもアルコールに浸りたいようだ。

「どこに行くんだ?」

 カレンの店先で聞くと、

「すぐそこだ。おれについてきてくれ」

 菊池は口早にこたえた。


 通りを渡ると、アーケード街に入った。歩いて五分もかからなかった。菊池から二歩遅れて歩いた。

 空き店舗が多く、通りを歩く人影もまばらだ。夜になると薄暗くひっそりとしていた。

 菊池はいったん立ち止まると、少しあたりを見回すようにした。次に、ポツンとネオンの立て看板が点滅する『黒の酒場』の扉の前に立った。木製の扉に店名だけが描かれたみすぼらしい店だ。

 郵便配達区域のことで黒の酒場のこともよく知っている。マスターの黒田は一癖も二癖もある人間で、店の客筋もいいほうではない。

 菊池が何を考えているのかは分からないが、どうやら飲むのを楽しみにしているだけではないようだ。

 こんなことをいいだした。

「飲み物を頼んだら、あとはおれとマスターのやり取りだけを見ていてくれればいい。今、この店には客はひとりもいない」

 菊池は早くからカレンにいたのだ。そしてカレンのなかから通りを挟んでアーケード街の入口にある、黒の酒場の客の出入りを観察していたのだ。客が誰もいないのを見計らって店に入るつもりだ。

 菊池の背中に立つと、黒の酒場の朽ちかけた木製の扉を見た。いつも閑古鳥が鳴いている。

 マスターから誘われて、たまにカズも飲みにいってやるが、ほとんど客がいたためしがない。経営がなりたっているのが不思議だった。

 菊池はドアを開けた。あとにカズも続いた。薄暗い店内から、マスターの黒こと黒田の声がした。

「いらっしゃい」

 迎える黒は一瞬、色を失ったようにみえた。

 それでも商売柄、すぐに気持ちを切り替えて、頬を綻ばせてふたりを迎えた。

 黒がふたりのうち、どちらを苦手としたかといえば、カズではなく、菊池のほうだろう。


「これは、これは。菊池先生とカズのおふたりがそろって。めずらしい組み合わせですね」

 いっぽうの菊池はぐるりと店内を見回した。客が誰もいないのを確認するかのようだ。

 無人の止まり木の並びのひとつに腰をかけると、カズをその隣にすわらせた。

「もう、先生じゃないんだが……」

 そう言うと、カウンターのなかに立つ黒の目を覗き込んだ。黙ったままで、愛想笑いだけをして黒はこたえた。

「なんだか、初めてマスターの店で飲む気になったんでね」

 菊池が店を入ったときから、菊池と黒の間には緊張の糸が張り詰められているようだ。

 昔から不穏な空気を感じ取るのが苦手ではなかった。

「何をお飲みになりますか?」

 黒は痩せぎすの顔に、鼻のしたに髭をたくわえて笑った。最初の驚きから気を取り直して、平静をよそおう

 菊池と黒、お互いが一語一句を探るように言葉にする。

 これから間違いなく何かが起こる。

 カズが菊池にここに呼ばれたことは、証人の役割を仰せつかったことだと分かった。とんだところに足を踏み入れたもんだ。


「おれはワイルドターキーのロックでいいよ」

 ふたりの間に割って入るように、カズは真っ先に注文した。

「かしこまりました。先生のほうは?」

「すでに市会議員を辞めた。先生と呼ばないでくれ。同じもので」

 菊池は先生と呼ばれることに、いら立ちを見せて、カズと同じものを追加した。

「失礼しました。では、同じワイルドターキーのロックで」

 ふたりに背を向けて、ボトルを棚から取り出す黒に、菊池は話しかけた。

「おれとカズは高校のときの同級生なんだ」

 黒の背中は痩せているが、やわには見えない。

「それは知りませんでした。おふたりともお顔のほうは存じあげていましたが、高校生の同級生だということまでは……。それならお互いのことはよく御存じで」

 氷を入れたブラスをカウンターに並べながら話を合わせた。

 カズは隣の菊池の横顔をのぞき見た。

 顎には無精ひげが目立つ。そのうえ、まぶたが重そうだ。疲れているようすだ。

 いっぽうで、肉体的な疲れが勝っていることで、内奥に潜める感情が隠されているようだ。

 今にも、力尽きてカウンターにうつ伏せになりそうなくせして、その裏には暴発しそうな緊張感を隠し持っている。

 菊池は高校以来、一度のつきあいもなかったカズとの、偽りの親密さを装ったあと、何をやらかすつもりだ?

 そんなカズの危惧を知ってかいなか、菊池はのらりくらりと仕事や私生活のことを聞いてきた。カズもゆっくりとそれに答えるという時間が過ぎた。

 つくり笑いの黒は、カウンター越しから、黙ってふたりの話を聞いている。

 カズと菊池はともにグラスを二杯あけた。


  ( 続く )

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