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走りのカズ 危険な郵便局員  作者: MAHITO


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11/23

カズと亜里沙の同居生活

カズは、早々にマンションから亜里沙が出ていってくれないかと願うのだが……。

   11


 午後になり、ようやく頬に当たる風が暖かみを帯びてきた。カズは担当区域の配達に追われていた。

「また、間違えやがった!」

 民家のポストに郵便物を入れたあとで、配達先を間違えていたことに気づく。

「失礼します」

 小声でいうと、民家の門扉を開け、ポストの裏側に入らせてもらう。取り出し口を開けて、こっそりと間違えた配達物を取り戻す。この配達物は三軒隣りのものだ。

 何度も配達先を間違えて、いったん民家のポストに入れたものを、道を引き返しては抜き取って、正しい家へ配達し直している。

 これで何度目だ! カズは自分自身を罵倒する。

 こんな手際の悪い仕事ぶりは、新人のときの研修期間にあったぐらいで、それ以来のことだ。

 こんなことじゃあ、一日のノルマを定時に終えることができない。

 苛つきながらも、それでもなんとか団地の郵便物を配り終えた。

 ――ひと息つくか……。

 民家の途切れた道路脇の土手に向かい、木の陰にバイクを止めた。ジャンパーの内ポケットからラッキーストライクを取り出すと、ひと口吸った。

 ため息混じりに紫煙を吐き出した。

 この日、カズは亜里沙のことで頭を痛めていた。

 マンションから早々に出ていけと、いい出せなかった。

 東京の芸能プロダクションから逃げ出して、この街に来て、それから二週間、ビジネスホテルや漫画喫茶を転々と寝泊まりしていたそうだ。

 この先も行くあてがないという。

 片脚を引きずったままの亜里沙を追いだすことが出来ようか? 結局、カズのマンションに寝泊まりさせることにした。アイドル歌手と中年の郵便局員の同居生活。おかしな組み合わせだ。どれほどの期間になることか……。


 夜の埠頭で、カズと亜里沙がふたりで乗るバイクを追いかけてきたクラウンのことを聞いた。

むくれた顔で亜里沙はこたえた。

『あれは芸能プロダクションの車だろう。乗っていたのは社長とマネージャーよ』と。

 それにしても、かなりきわどい運転で追っかけてきた。この先、奴らがあきらめるようなことは考えられない。いつ、カズのマンションを嗅ぎつけないとも限らない。

 しばらくの間なら、亜里沙をマンションに置いておいておくのもかまわないが、騒ぎが起こって、周りの住人に迷惑をかけるようなことにでもなったらたまったものじゃない。

 それともうひとつ。これはカズが、男であることの問題だ。

 亜里沙は小娘といいながら、二十歳過ぎのしなやかな肢体を持った女である。カズも男であることに変わりがない。

 一つ屋根の下で、カズがいつまでも平静でいられるとは限らない。

「あつぅ!」

 思わず声を上げた。

 気づかぬうちに煙草の火が指先まできていた。

 燃え殻を振り払いながら、靴の底で思いっきり煙草を踏みつぶした。

 この日、何度かの溜息をついた。


 その日、カズは定刻より遅れて仕事をすますと、愛用のバイクでもよりのスーパーマーケットに立ち寄った。安物ではない肉、野菜、フランスパン、各種調味料――。普段なら手にすることはないものを買った。

 玄関の扉を開けると、亜里沙は片脚を引きずって出迎えてくれた。

「おかえりなさい」

 と笑顔をつくると、カズが両手で抱えた買い物袋を受け取った。

 カズは思わず、

「ただいま」

 とこたえてしまう。

 これじゃあまるで夫婦ごっこをしているみたいだ。

「玄関まで出てきて、脚はだいじょうぶなのか?」

 亜里沙のスラックスの右脚側は包帯で盛り上がっている。

「だいぶ痛みがなくなってきたわ。そろりそろりとなら歩いても平気よ」

「無理をするなよ……」

 部屋のなかに入ると、自分の部屋ではないように小ぎれいにかたづけられていた。

 亜里沙が来る前までは、それこそカップラーメンのカップ、パンや菓子類の包装紙が、部屋のいたるところに散らばっていた。それらがきちんとゴミ箱に入れられて、掃除機でもかけたのか、部屋の埃っぽさがなくなっている。

「わたしが夕食つくるわ。もう、お米は炊いてあるの」

 カズは亜里沙の申し出に驚いた。

 ステージで踊っているだけの娘に、料理などできないと思っていた。中年男が持つ悪しき先入観であった。


 右脚をかばいながら、亜里沙は気楽に炊事場に立った。金髪を背中で揺らしながら、慣れた手つきで調理器具を扱う。居間のソファーでその後ろ姿を見ながら、人は見かけによらぬものだと思った。

 カズ一人のときは、居間のテーブルで、ソファーに腰かけて食事をすませていたが、この日はダイニングキッチンのテーブルで食べることになった。

 おかずは生姜焼きと生キャベツ、それに味噌汁が並んでいた。

 黒眼鏡をかけたままだが、真向かいにすわる亜里沙の顔を面と向かって見られなかった。

 五年前に別れた妻との新婚当時を思い出したからだ。娘が産まれるまえの、ふたりっきりの食卓——。

「なにを殊勝な顔しているの。別れた奥さんのことでも考えているの」

 憎らしい小娘だ。ずばりといい当てた。

 後悔先に立たず。亜里沙に、妻と娘は出ていったと教えなければよかった。

 料理の味は美味かった。

「美味いよ。この料理。TVのきみからは、料理ができるとは想像できないのだが……」

 亜里沙は苦笑を交えながらこたえた。

「こう見えても、スカウトされる前も、イブニング娘で忙しくなる前も、自炊していたのよ」

 納得だった。

 華やかな世界の女は何もできないと考えるのは早とちりだ。

 亜里沙が真顔でカズを見た。

「カズ。港でチンピラに助けられてから、こうして泊めてもらって、世話になっている。いつかこの分、お返しするからね」

 殊勝なことをいう。

 思わず顔をほころばせていた。

 何を返してくれるか、期待せずに待っていることにしよう。

 楽しそうに食事をする亜里沙を見ながら、追い出すことは当分頭から消すことにした。

 いっぽうで、菊池と会う日が迫っていた。


   ( 続く )

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