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走りのカズ 危険な郵便局員  作者: MAHITO


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10/23

亜里沙の正体

カズは亜里沙から事情を知らされ、また、厄介事が増えたと嘆くのだった。

  10


「では事情を話してくれないか? イブニング娘の亜里沙」

 菊池との電話を終えたカズは亜里沙に向かった。

 亜里沙はTVのほうへ目をやると

「今TVに映っている番組は一か月前に収録したものよ」

 肩をすくめて苦笑いをした。

 画面では、着飾った衣装できっちりとメイクをした亜里沙が笑っている。

「きみは最近になって、夜、埠頭周辺でヤマハのバイクで出没していた。この界隈じゃあ、金髪の女狐を呼ばれて噂になっていた」

 放っておくと、カズが一人でいつまでも喋っていると思ったか、亜里沙はその言葉をさえぎると

「ねぇ、カズ。カップラーメン食べないの? のびちゃうわよ」

 食べることを勧めた。

「そうだな」

 いわれるまま、カズは少し伸びた麺を食べた。

「たぶん、この番組が、わたしがイブニング娘のなかで映っているのは最後になるはずよ。わたしは芸能界から逃げてきたの。イブニング娘はこれから先、わたし抜きの四人で、TVに出て、歌うことになるのよ」


 イブニング娘といえば、二十歳前後の人気歌手グループだ。五人の女子が歌って、ステージ狭しと、アクロバットのように踊りまくる。今や飛ぶ鳥を落とす勢いで、毎日、メディアを騒がせない日はない。

 亜里沙はポツリポツリと話し出した。

「もうグループで歌っているのがいやになって逃げてきたの。他の子には悪いけど、わたし一人、グループを辞める」

 メインボーカルがいきなり姿を消したとなると、さぞかし芸能プロダクションは慌てていることだろう。

「どうしてまた? グループを辞めたくなった?」

「もう限界なのよ。売れっ子になって、朝から晩まで引っ張られて、自分の時間なんてこれっぽっちもない。このままじゃ、頭、おかしくなっちゃう。そんな芸能活動がいやになったの」

「そうか……。芸能人では、たまにあるパターンだ」

 たぶん、芸能ニュースでは亜里沙が病気で休養だなどと騒ぎたてているのだろう。いや、マスコミにはまだ伏せているのかも知れない。

 カズの世代では、現在のアイドルに興味がないので、そのあたりのことは知らなかった。

 今、目の前にすわっている亜里沙の髪の色は金髪だ。TVの画面のなかでは、このように金髪に色を染めていない。イブニング娘と決別するため、別人になるために染めたのか?


「事務所には黙って逃げてきたのだろう?」

「そうよ」

 答える亜里沙は怒りをあらわにした。

「あんな事務所! わたしたちを人間として扱ってくれない!」

 売れっ子になると、芸能プロダクションの操り人形となって、非人間的な生活を強いられる。そんな話はよく聞く。

 睡眠時間は一日二、三時間が続き、車に詰め込まれて移動の連続だという。

 そんな生活でもステージに魅了されたアイドルなら若さと熱意で頑張れる。

 だが、耐え切れない売れっ子がいても不思議ではない。

 イブニング娘の亜里沙が、芸能活動が嫌になったといっても、辞めさせてもらえる状況ではないのだろう。

 カズはひとつ疑問に思っていることを聞いた。

「どうして、東京から新幹線で一時間余りかかる、こんな港の近くの街に来たのだ?」

「わたし十七歳でスカウトされるまで、ひとり田舎から出てきて、この街の芸能養成コースに通っていたの。だから土地勘っていうの、ここなら、ひとりで来てもなんとか生活を送っていけるっていうか……」


 そのうち亜里沙は部屋にかかっている絵画に目をやった。三十センチ四方のドガの絵画『エトワール』の複製だ。

「あの絵……。素敵ね。でもドガの絵って、どうして陰があるのかしら?」

 絵心のないカズでは、絵に関しては話の相手をしてやれない。

 まだ親子三人で暮らしていたころ、妻が娘にバレエを習わせていて、踊り子の絵が欲しいといって購入したものだ。妻と娘がいなくなっても忘れ形見のように、何年も壁に飾りつけたままだ。

 カズひとりの住み家には似合わない。

「このマンションには、カズひとりで住んでいるの?」

「ああ……、そうだ」

「それじゃあ、絵も似合わないわね」

 はっきりいう娘だ。

「絵が好きか?」

「わたし、中学のとき美術部だったの。歌手か、絵描きのどちらかになるのが夢だったわ」

「それで、歌手にはなれたわけか」

 亜里沙はカズのほうを見ない。何もこたえなかった。

 まだまだ聞きたいことは山ほどあった。

 亜里沙は数多あまたの厄介事を背負って、ここに飛び込んできた。

 おまけに亜里沙は怪我をしている。

 やっかいなのは、亜里沙がこの先、行くかあてがない場合である。無理やり、カズひとりが住む、このマンションから追い出さなければならない。


  ( 続く )

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