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走りのカズ 危険な郵便局員  作者: MAHITO
1/23

厄介事を好んでいるわけじゃないが。カズには似合う。

カズこと、喜多数幸きたかずゆきは、多くの喜びと幸せも数あれと、実生活とは真逆の名前であった。郵便局員でありながら、自前のシルバーメタリックのヘルメットと黒眼鏡サングラスを身につけて、赤い郵便配達のバイクに乗る。

見た目通りにわけありの過去を持ち、望むと望まざるにかかわらず、何かと厄介事にかかわってしまう。

カズは危険な郵便配達員であった。

 1


 赤く充血したような夕陽が、高層ビルを陰らせ、民家の屋根を明と暗不揃いに染める。

 寒天の日暮れは早い。

 遊びに夢中になる子どもと、外回りの仕事をするものを急き立てる。

 国道を走る、カズはアクセルを握る右手を回した。九〇CCの赤塗りのバイクの後ろの席には、郵便の配達物が入る、四角いボックスが取りつけられている。

 背後にブルンブルンと耳障りなバイクの改造音が聞こえた。

 おおよそ、走行車線と追い越し車線のラインをまたいでは、速度を上げたり落としたりしているのだろう。

 フェンダーミラーにジグザグに車列を乱しながら、一台のバイクが迫って来るのが映った。

 バイクは小型の一二五CCだった。見るからに若い。まだガキだった。

 黒いヘルメットからあふれ出た金髪が、背中のほうへとなびいている。

 ミニバイクに乗った高校生や無職の連中が、集団で蛇行運転や信号無視をして、補導される話をよく聞く。

 金髪はカズの郵便配達車に並走すると、これみよがしに改造したマフラーの音を響かせた。

 でかい音を立てやがって、カズは舌打ちした。

 バイクの騒音は一般市民からしたら大きな迷惑だ。

 ただ取り締るとなると厄介なようだ。

 仮に警察が動くにしても、音を正確に計測したうえで捕まえなければならない。ところが、計測したはいいもの、その時に限って規定範囲内の音で走っていたりする。

 金髪は、バイクに乗ったまま、カズのほうに身を乗り出した。

「郵便配達のおっさん。のんびり走ってんだ。ちんたら仕事していていいの?」

 冗談めかした台詞とともに、金髪はカズに向けて、大袈裟に眼をとんがらせた。うざったい奴だ。

 シルバーメタリックのヘルメットをかぶったカズは、並んで走る金髪を横目で見た。

 カズの実際の目線は、金髪にはわかりゃしない。それもそのはず、カズはレイバンの黒眼鏡サングラスをかけていた。

 黒眼鏡を確認したガキは

「ふっ、郵便配達員が黒眼鏡なんかかけていていいのかよ。制服だけは着ているんかい。チンピラ郵便局員が……」

 悪態をついてきた。

 金髪のガキのいうとおり、レイバンをかけた郵便局員をまともとはいわない。

 へっへっへと、並んで右側を走っていた金髪は笑うと、幅寄せをしてきた。

 カズは接触しないように、舗道側に自らが乗るバイクを避けると、即座にアクセルをふかし、金髪のバイクの一歩先を走った。

 相手が抵抗するほど面白いらしい。金髪は歓声を上げると、アクセルをふかし、すぐにピッタリと横にくっついてきた。カズが避けるために前に出たり、後ろに引けば、二度、三度と繰り返してきた。

 他の車たちは、国道の隅でもめごとを起している二台のバイクにかかわるまいと、追い越し車線を素早くすり抜けていく。


 潮の匂いがしてくると、国道は橋にかかった。河口近くにある幅員四車線の橋だった。

 カズは橋を走りながら、海に続く夕暮れどきの河面を見た。陽の光を受けたさざ波が輝いていた。

 アクセルをふかすと、金髪のバイクから一台分前に出た。いっきに橋を渡り終えると、河口の周辺に建ち並ぶ倉庫群へとつながる堤防道路へ入った。

 金髪も車間距離をとらずに、つがいの蜻蛉のように、カズのバイクの尻にくっついてくる。

「てめぇ、逃がさないぞ。チンピラ郵便局員!」

 背中で怒鳴っている。

 国道を走っていたとき以上のスピードが出ていた。

 カズは内側に体重を移動させ、堤防道路から河川敷へ降りる急カーブを曲がった。車が一台通れるだけの道だが舗装はされている。

 後ろから追ってくる金髪はアクセルを勢いよくふかしている。

「逃げられると思ってんのか!」

 背中につかみかからんとばかりに金髪が迫ってきた。

 カズは心地よい気分になっていた。金髪が乗ったバイクの雑音はあるが、河川敷に吹く秋風は涼やかだ。

 ほんの少しカズは坂の途中でスピードを緩めた。

 振動とともに、ガガガッという衝撃音がとどろいた。カズのバイクの後輪に金髪のバイクの前輪が接触した。

 金髪の悲鳴が聞こえた。

 あっけなく金髪の乗ったバイクは弾き飛ばされて、草でおおわれた土手の斜面をすべり落ちていった。平坦な河川敷までゆくと、最後は、バイクから切り離されて、大の字になって倒れた。

 坂の途中で止まったカズは冷ややかな目で金髪を見た。

 したたか腰でも打ったのだろう。金髪は海老のようになって、背中を押えた。恨めしそうに坂の途中でバイクをまたぐカズを見上げる。

 カズは金髪が闘えなくなったのを確認すると、バイクの向きを変えた。

「くっそぅー、郵便局のヤクザが!」

 金髪の叫ぶ声が遠くで聞こえた。

 二輪車が前後に並んで走っているとき、車輪が絡まると、後ろにつくほうがバランスを崩して吹き飛ぶ可能性が高い。郵便配達車の場合、後輪の荷台の上に郵便物のボックスがのっているぶん、重さがあるからなおさらだ。


 カズは何事もなかったように、国道へと戻った。

 通常の配達ルートを走らなければならない。

 金髪は転倒したさい、背中をしたたかに打ち、手か脚を擦りむいたことだろう。バイクもどこかひん曲がったことだろう。

 大人につまらんちょっかいを出すからだ。

 カズは遅れた配達を取り戻すために、配達区域へと急いだ。

 喜多数幸きたかずゆき。喜びが多く、幸せも数あると書く。もと警察官であるが、現在は西郵便局で働く郵便配達員だ。

通称カズと呼ばれていた。


 ( 続く )

1日おきに23回の連載です。

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