第六話:昼休み
ホームルームからそのまま午前の授業が始まり、なんとか午前最後のチャイムが鳴り終える。
今週は給食当番なので、台車を取りに廊下へと出る。
授業の合間の10分間の休憩時間もそうだったけど、魔王様と茶化してくる事も無く、いつも通りの時間が訪れていた。
そう、台車を取りに行った俺の後ろを、三人の女の子達がついてきていて、その女の子達の後ろから男女複数の人達がついてきて、なんか列になっている事を除けば。
「あの、皆は昼休みだよね?」
我慢できなくなったので、俺のすぐ後ろで背中につんつんしている村上さんに視線を向けて。
「ししし、うおっチを手伝ってあげようかと思って。あっ、魔王様の方が良かった?」
凄く良い笑顔で言ってくる村上さんに、脱力しながら答える。
「うおっチでお願いします……」
「ししし!了解だし!」
台車を取りに行くの再開すると、またぞろぞろと皆ついてくる。
他のクラスの皆が、何事かと見てきて恥ずかしい。
ハーメルンの笛吹みたいだなんて思ったら、皆に失礼かもしれないけど。
ちなみに、給食当番は五名居て、一人が台車を取りに行く係、三人が台車から盛り付ける係で、最後が台車を片付ける係だ。
俺は台車を取りに行く係なので、こうして昨日に続いて取りに来ている。
「あらいらっしゃい。亮君昨日大変だったんだってね」
白い衣装に身を包んだおばちゃんが、気さくに声を掛けてくれる。
「あ、はい。その、助けられて良かったです」
「ふふ。ご褒美ってわけじゃないけど、クラスの牛乳を一本おまけしておいたよ!」
「いやそれ、休んでる人の分を移動させただけですよね?」
「あはは!そうとも言うわね!ほらほら、後がつかえてるんだからいったいった!」
豪快なおばちゃんに台車を渡されて、それを移動させようとしたら、右側を小鳥遊さんが、左側を木之下さんが支えてくれた。
「あ、ありがとう」
「どう致しまして」
「うん!落ちないように気を付けないとね!」
と言っても、普段一人でやってたので、落ちる心配はあんまりなんだけどね。その心遣いが嬉しい。
「うひぃ!?」
いきなり背中がゾクゾクッとして、変な声が出た。何事!?
「あはははっ!うおっチマジ面白いし!」
後ろを見れば、村上さんが笑ってた。
「こら美穂、何してるの」
「え?うおっチの背中を上から下に指でなぞっただけだし」
「……本当に何してるの……」
小鳥遊さんが額に手を当てて、溜息をついている。
これは普段から苦労してそうな気配がする。
「ごめんなさいね魚間君、美穂にはよく言っておくから……」
「ああいえ、気にしないで下さい。村上さんも、多分俺の女の子に慣れてないっていうのを慣れさせようとしてくれてるんだと思いますし……」
そうであってくれという俺の願望でもあるんだけど。
「そうそう!流石うおっチ!その通りだし!」
「みーほー!」
「うげっ!?れいちゃん割と本気で怒ってる!?」
「当然でしょう!人の良い魚間君に、迷惑かけちゃダメでしょ!」
「うわっ!逃げるしっ!」
「待ちなさい美穂!」
村上さんが走って逃げて行くのを、小鳥遊さんが追いかけて行く。
残された俺は、木之下さんの方を向く。
「あ、あはは。その、遅れると皆お腹すいちゃうし、行こっか魚間君」
「そうだね。ありがとう木之下さん」
「ううん。勝手についてきたんだから、気にしないで」
良い子だなぁ木之下さん。人気があるのも頷けるよ。
それから教室に台車を運び、残りの給食当番の人達にバトンタッチ。
しばらくして小鳥遊さんが村上さんの首根っこを持ちながら謝りに来たので、こちらが恐縮してしまった。
言ったらあれだけど、村上さんは猫みたいだなって思った。
今まで女の子達と会話すらまともにしてこなかった俺が、今日はこんなにたくさん会話した事に驚いている。
でも、当然のようにこれだけで終わらなくて。
給食は一人で食べる人は机はそのままなんだけど、中には机を移動させ、くっつけて一緒に食べる人達も居る。
俺も例に漏れずそんな相手が一人だけ居る。
「よっし、合体だぜ亮!」
「机を向かい合わせにしただけだろ……」
そう、椰子 宇遊。俺の幼馴染で、悪友で、親友。
宇遊は俺の他にも仲の良い友達は沢山居るんだけど、昼食は必ず俺と一緒に取る。
それが嬉しくもあり、気恥ずかしさもあり。
「やっチ!うおっチ!今日は私らも混ぜてもらっていーい?」
そんな事を考えていたら、村上さんが机を持ってこちらに来ていて驚いた。
「俺は亮が構わないなら、むしろ大歓迎!なぁ亮、良いよな!?」
相変わらずの宇遊に苦笑しながら、俺は頷く。
「やったし!ほられいちゃん、さくさく、お許しが出たよ!」
「お許しって……もう。ごめんなさいね魚間君。はぁ、美穂のせいで私は魚間君に謝ってばかりじゃない」
「あはは、ごめんし!でもうおっチも嫌じゃないし!」
「それは美穂が判断する事じゃないの!」
「あはは……」
二人の会話を木之下さんも苦笑しながら見ている。
うん、この三人はこれでバランスが取れているんだろうな。
見ていて飽きない。
「えっと、村上さんの言うように、嫌じゃないから。その、と、友達、だし……」
最後の方は小声になってしまった。こんな事言うのは滅茶苦茶恥ずかしい。
女の子の方を見れないので、宇游の方に視線を向けたら、ニマニマしていた。
「そうかそうか、ついに亮にも女友達が出来たかっ!かぁー!めでてぇな!今日は赤飯にすっか!」
「止めろっ!お前は俺のおかんかっ!」
「だってよ!ずっと女の子と会話すらしなかった亮がだぞ!?俺ぁ嬉しくってよ!」
「だからお前は俺の親か!」
「「「あははっ!」」」
気付けば、女の子達が笑ってた。また顔が滅茶苦茶熱い。
「おーいお前ら!そろそろ飯を食いたいから、座れ!」
原場先生に言われ、皆がこちらを見て待っているのに気づく。
うわぁ、恥ずかしい。
「ご、ごめん皆」
そう言って頭を下げてから、席に座る。
でも、思っていたような非難の声は全くなくて。
「椰子君が面白いのは知ってたけど、魔王様ってあんな感じだったんだねー」
「昨日までちょっと暗い感じで、話しかけにくかったんだけど……小鳥遊さん達も普通に楽しそうに話してるし、また私達も話しかけてみよっか」
「うんうん」
なんて好意的な声が聞こえてきた。まぁ中には……
「くぅ、魔王様はやはりハーレムルートへ……!」
「いや!誰かを選ぶルートの可能性もっ……!」
あのゲーム脳共が!見知った顔ぶれの言葉に怒りよりも笑いが出てくるのは、友達故なんだろうけどね。
それから宇遊と小鳥遊さん、村上さん、木之下さんと一緒に、楽しく給食を取る事が出来た。
小鳥遊さんは見た目通りなんでも食べるけど、村上さんは好き嫌いが多いみたいで、木之下さんのお皿の上に野菜を乗せては、小鳥遊さんに戻されて渋々食べていた。
木之下さんは牛乳が苦手らしくて、いつも残していたらしく、それならと俺が貰った。
俺は牛乳好きなんだよね。
なんて、今日は色々と知る事が出来て嬉しかった。
「なぁ亮、今日の放課後時間あるか?」
「え?勿論暇だけど……」
「そっか!なら授業が終わったら、そのまま待っててくれるか?」
「ああ、分かった」
一体なんの用だろう。いつもなら、宇遊は放課後になると他のクラスの人達と一緒に街へとナンパしに出掛けるのに。
そうして楽しい昼食も終わり、そのまま昼休みはこの五人で会話をして過ごした。
俺は話題を振るのが苦手なんだけど、宇遊が色々と話を振ってくれて、会話が途切れる事は無かった。
本当に俺には勿体ない友達だよ宇游は。