第三話:中二病
目を開けると、白い天上があった。
薬品の匂いがして、ここが保健室である事が分かった。
「魚間君!?目が、覚めたんだね!?良かった、良かったよぉ……」
そう言って俺の手を両手で握り、涙を流す彼女は……木之下 桜さん。三人組のマスコット的な子で、俺が助けようとした子だった。
「木之下さん……無事で良かった。怪我は無かった?」
「それは私のせりふだよぉ……。ごめんね、ありがとう……!」
そう言って笑顔を見せてくれた。俺にはそれだけで、あの時動けて良かったと思えた。
しかし、そこでふと垣間見た夢を思い出した。
あの夢は、なんだったんだろうか。やけにリアルだったし、今でもはっきりと覚えている。
確かにこれまでも色々な夢は見たけれど、こんなにはっきりと覚えている夢なんて見た事がなかった。
「魚間君?」
考え込んでいたら、木之下さんにきょとんとされてしまった。そんな表情も可愛……いけないいけない、これ以上心配させないようにしないとね。
「俺、魔王だったみたいでさ」
「え?」
って何カミングアウトしてんだ俺ぇぇぇっ!
「あっ!ち、違っ!そ、そう!夢、夢でね!?」
「そ、そっか。夢で魔王になったんだね」
それを言葉にされると、俺超痛い奴ぅぅぅっ!ナニコレ、どう転がってもさっきの一言から好意的に思われる要素が一つもねぇっ!
「だ、大丈夫だよ。私を庇って頭を軽く打ったみたいだから、その影響かも……私、先生呼んでくるから、ゆっくりしていてね?」
そう微笑んで歩いていく木之下さんの優しさが辛い。
俺は両手で頭を抱えてしまう。なんで俺は「魔王だったみたい」なんて真顔で口にしてんだよ!
木之下さんまで一瞬真顔になってただろ!その後の気遣いが心に染みるわ!
この現実であんな事あるわけないだろ!『ステータス』とかがあるわけじゃなし!
魚間 亮♂ 14歳
職業 魔王(転生者)
称号 一般人
戦闘力 5
魔法 今は使えません
スキル 今は使えません
なんっじゃこれぇぇぇっ!?
目の前に青いウインドウが出てきたと思ったら、おかしな事が表記してある。
魔王(転生者)って!やっぱりあの夢に出たの、俺なの!?
勇者が職業だし魔王も職業でも驚かないけどさ……。
戦闘力5ってのがどれだけのものか分からないけど、きっと大した事ないだろう。
俺喧嘩した事ないし。運動普通、勉強普通だからね。
きっと小説か何かに出るとしたら、ザ・モブの一人だと思う。そのモブが実は凄かったとかならないモブね。
魔法とスキルが『今は』使えないという事は、使えるようになったりするのだろうか?
あと、このずっと浮いているウインドウはどうやったら消えるのか。
消えろって思ったら消えるかな?と思ったら消えた。
なんなんだ……今までの日常が、いきなり非日常になったかのような。
「亮ーっ!」
「ぐほぉぅっ!?」
下を向いて考え込んでいて全然気づかなかった。突然衝撃を受けたと思ったら、凄い強さで抱きついてきた暑苦しい男が一人。
「亮!亮!無事なんだな!?俺の事覚えてるよな!?」
「あ、ああ、覚えてるから離せ宇遊。滅茶苦茶苦しいから」
「わ、わりぃ!でも俺は心配でよぉ!なんか魔王になったとか言ったらしいじゃん!?」
宇遊の言葉に俺は顔が真っ赤になる。宇遊の後ろからゆっくり歩いてくる三人の女の子と、先生が居て、木之下さんが両手を合わせて何度も頭を下げて謝っているのが見えた。
木之下さんー!!
「ぐっ……その、夢に見てさ。つい言っただけだよ……」
そう零したら、三人組のムードメーカーで見た目がギャルっぽい、村上 美穂さんが笑いながら近づいてきた。
「うおっチがそんな夢を見るって事は、普段からそんな事考えてたっしょ?マヂ面白いんだケド」
うおっち!?あ、ああ、俺の名字が魚間だからうおっちか、っていうか初めて会話するはずなのにこの距離感、流石ギャル(偏見)
「こら美穂。からかうのはよしなさい。先生に無理を言ってついてきたのは、そんな事を言う為じゃないでしょう?」
そう言ってくれたのは、三人組のリーダー的存在、小鳥遊 麗華さんだ。
小鳥遊さんに言われ、少しバツの悪そうな顔をした後、村上さんは謝罪と共に、礼を言ってくれた。
「ゴメンゴメン、おふざけが過ぎたし。うおっチ、マジでありがと。うおっチが助けてくれなかったら、私ら大切な友達を失ってたかもしんない。だから、マジ感謝してるし」
「ありがとう魚間君。私達の大切な友人を助けてくれて。私達に出来る事があったら、なんでも言ってね。出来る事であれば、必ず協力させてもらうから」
「本当にありがとう魚間君!私、あの瞬間もう死んじゃったかもしれないって思って……だけど、魚間君が庇ってくれて、なんともなくて……でも、魚間君が気を失っちゃって……私、どうしたら良いのか分からなくなって……!でも、無事で良かった……本当に、ありがとう……!」
三人の女の子が、次々とお礼を言ってくれる。
普段女の子と会話を挨拶以外した事の無い俺には、すでにいっぱいいっぱいだった。
「ど、どう致しまして。その、無事で、良かったです」
だから、そう言う事しか出来なかった。どもったけれど、ちゃんと言えた自分を褒めたい。
「しし、うおっチマジシャイだし」
「こら美穂」
「ゴメンってば。からかったわけじゃないって。女の子にこう言われたら、男なら邪な事考えるのが普通じゃん?だけど、そんな素振りがなかったから気に入っただけだし」
「なら良いんだけど。良いのかしら?」
「良いんだってれいちゃん。あとうおっチ、私らに敬語とかいらんし。タメじゃん?普通に話そ」
笑いながらそう言う村上さんと、不思議そうに首を傾げる小鳥遊さん。
邪な考えというか、緊張しすぎて何も考えられていないだけだったりするのだけど。
「ほらほら皆、魚間君の調子を見るから、教室に戻りなさい。大丈夫そうなら、魚間君も戻ってもらうから」
「了解っス!亮、また後でな!」
保健の先生に言われて、皆返事をして教室へと戻って行った。
先生と一対一、女の子達と話すのとはまた違った緊張感。
「ようやく、お目覚めになられたのですね、魔王様」
「へ?」
先生の第一声に、目ん玉が飛び出るかと思った。
「苦節数千年……一日千秋の想いで、ずっとお待ちしておりました……!」
そう言って、俺の足元に跪く保険の先生。
「あ、あの、どうしたんですか先生!?」
「私のような下僕に、敬語など使わないでくださいませ、魔王様……!例え力が今は失われていようと、私達の為に全てを投げ出された魔王様に、どうして上から話せましょう……!」
え、えぇぇぇ……。そんな事言われても、俺は何も知らないんだけど。いや確かに、あの時避難した魔族の人達結構居たけれど……。
「な、何を言って……」
「魔王様のステータスプレートに、魔王(転生者)とついております。以前までは何も表記されておりませんでしたが、ついに表記された事で……前世の記憶が戻ったのではと愚考致しました」
成程、そういう。
「ええと、ゴホン。今の俺は、記憶を失っているんだ」
「ああ……後遺症でございますねっ!おいたわしや魔王様……!不肖このベリアルが、必ず魔王様の記憶を取り戻せるようにお力添え致します……!」
この保健の先生、名前は確か諸智 千夏先生。本名はベリアルというのか。
聞いた事あるな、ベリアルって。なんかの悪魔の名前だったような。
「先生ー!足怪我しちゃって、絆創膏を……」
瞬間、固まる俺と先生。
今の構図は、ベッドに腰かける俺と、その下で頭を下げて跪いている先生。
どう見てもヤヴァイ構図です、本当にありがとうございました。
「え?」
「わ、我が視界に広がる闇よ。我が意識を奪うのか……だか我は争わない。それが強者だからだ!!」
「……魔王様、今はゆっくりとお休みください」
ベリアルさん、もとい諸智先生が乗ってくれた。……乗ってくれたんだよね?魔王って言う必要あった?
そんな俺達を見て、保健室に入ってきた彼女は手をポンと叩く。
「ああ!中二病!」
ぐはっ!そのセリフをまさか自身に向けられて言われるとは思っていなかった。
「先生は相変わらず人が良いなぁ。確か2-Aの魚間君だよね?今はなんとも思わないだろうけど、後で床を転げまわるくらい恥ずかしい黒歴史になると思うよ?」
なんて正論を言われた。俺は顔から湯気が出ているのではないだろうか、とても熱い。
「はいこれ、絆創膏」
「ありがとうございます諸智先生。それじゃ、失礼しまーす!」
そう言って彼女は走り去って行った。廊下は走っちゃいけません。残される俺と先生。
「今は、中二病を患った風を装うのが良いかもしれませんね、魔王様」
「良くないですねぇ!?」
自業自得とはいえ、どうしてこうなった……。その日のうちに、俺が保健室の先生に痛い事を言ってるという噂が広がってしまった。
女子の口には戸が立てられない。