不安
ハット家にたどり着いた頃はまだ、日は沈みきっていなかった。
コンコンと軽くノックをするとすぐに、俺と同じ歳くらいの少女が出てきた。
セミロングの茶髪に茶色い瞳をした大人しい雰囲気の彼女は──
「こんばんは、フエリア」
「あ、クライ!こんばんは!」
フエリア・ハットはハット家の一人娘で、よく森や川に一緒に遊びに行く仲だ。
彼女もこの時間に来るのは予想外だったらしく驚いていたが、歓迎してくれて助かった。
大人しげな雰囲気の中でも、瞳は輝いている。
「ゆっくりしていって!お母さんに一緒にご飯食べれるか聞いてみるね!」
「いや、ありがたいけど今日は父さんを待たせてるんだ。また今度な」
「そっかあ……」
残念そうにふるまうフエリア。俺も少し罪悪感を感じながらも、野菜を分けてもらえないかと取引材料の干し肉をフエリアに渡した。
受け取ったフエリアはそのまま家の奥に消えていき、程なくして母親がカゴを持って出てきた。フエリアの母親もえらく若く、美人である。
(一体何歳でフエリアを……ていうか彼女くらいの歳には……???)
「こんばんはクライちゃん。野菜だけれどこれくらいでいいかしら?」
「あ、こんばんはハナさん。どれも美味しそうです。ありがとうございます!」
「いいのよ全然〜いつもフエリアと仲良くしてくれてるお礼も兼ねてるんだから」
ね?とウインクするハナさん。
「それはお互い様ですよ。フリアエと一緒に遊ぶのはとても楽しいですから」
「あらあらそう〜?それじゃあこれからも是非お願いねっ。なんならクライちゃんならいつでもウェルカムなんだから」
早く孫の顔が見たいわ〜と口走った矢先、いつの間にか背後に戻っていたフエリアがハナさんの口を塞いで家の中へ引きずり込んでいった。
「クライ、ハンスさんにもよろしく」
「ほほひふへ〜」
「あ、あぁ。また遊びに行こう。ハナさんもありがとうございました」
最後の方は慌ただしい感じになってしまったが、無事野菜を手に入れることも出来たし、帰らねばならない。
日は流石に沈み、暗い道を躓かないように慎重に歩く。
帰り道、ふと行きに出会った男たちのことを思い出す。
そういえば会ってないな。話してる間にすれ違ったか?
まあ込み入った話もあるだろうしまだ家にいるだろうと思った矢先、家の目の前で俺は足を止めた。
違和感はすぐに解明された。
家の明かりが点いていない。
ハット家とディアレス家の道はほぼ一本道で、出入りがあったらすれ違うはず。
そして来客中なら明かりを点けるだろうし、男達が帰ったとしても、料理中の父さんが真っ暗な場所で作業するとは考えにくい。
賊だった可能性?
ぞわりと悪寒。
俺は家の側に立てかけていたシャベルを手に取りゆっくりと玄関の扉を開ける。
中は真っ暗。声すら聞こえてこない。
こんな時探知系の魔法が使えたらいいのだが……
おそるおそる居間に入ると、そこには机に突っ伏したハンスがいた。
「ぐっ……う……」
「父さん!」
急いで駆け寄る。ハンスの息は弱々しく、ハンスの腰に手を当てた俺の手には、ぬらぬらとした感触があった。
「…………ろ……」
「父さん!?一体何が……これは!?」
その時は暗闇で即座に分からなかったが、やがて温度で理解した。
俺の手にまとわりつくこれは、ハンスの血だ。
「逃げ……」
「!!ぁがっ」
咄嗟にシャベルに視線を向けたその時、すでに意識は朦朧としていた。
最後にぼやけて視界に映ったのは、冷たい目をした黒い外套の男、エスタ達だった。