幼児体型の後輩に、絶対バブみを感じてなるものか……!!
「あ、石谷せんぱい、また授業サボってるんですか?」
「日高……」
屋上で寝そべりながらぼんやり雲を眺めていると、不意に1コ下の後輩である日高が、俺の顔を覗き込んできた。
「……うるせーな。日高もここにいるってことは同罪だろうが」
「ま、そうですけどね」
悪びれもせず俺の隣にちょこんと腰を下ろす日高。
相変わらずの幼児体型でどう見ても小学生にしか見えず、高校の制服がまったく似合っていない。
「でもせんぱい、一年生の頃は真面目に授業出てたんですよね? どうして二年生になった途端サボるようになっちゃったんです?」
「……何で俺が一年の頃の話をお前が知ってんだよ」
「んふふ~、企業秘密です」
「……」
容姿に反して大人びた表情で、日高は俺を見下ろしてくる。
まったくこいつは……。
「……バカらしくなったんだよ」
「ほほう、というと?」
マイクを向けるようなジェスチャーをしてくる日高。
こいつ絶対俺のことバカにしてるだろ?
「だって俺たちが今勉強してることって、大人になったら何の役にも立たないことばかりなんだぞ。因数分解を使う仕事があるか? 何百年も前の歴史を知ってたら、仕事の効率が上がるのか? 無駄なんだよ全部。勉強なんかに時間を使うのは、バカのやることだって気付いたんだよ俺は」
「なるほど~。いい感じに思春期拗らせてますねぇ、せんぱい」
「ブン殴るぞ?」
せっかく俺が真剣に答えてやったってのに。
「まあ、そういうことならいいんじゃないですか、授業に出なくても」
「……え?」
ひ、日高?
「確かに勉強するだけが、人生じゃありませんもんね」
「……」
てっきりそれでも勉強はするべきだと言われると思っていた俺は、面食らった。
「よいしょ、と」
「――!!」
その時だった。
日高はおもむろに俺の頭を持ち上げたかと思うと、自分の膝の上に乗せたのである。
――所謂膝枕の体勢になった。
「ちょっ!? な、何すんだよッ!?」
「まあまあ、いいからいいから」
「――!?」
そのまま母親が幼子にするように、俺の頭をなでなでしてくる日高。
な、何が起きてるんだこれは……。
「私はせんぱいの味方ですから、せんぱいがどんな道を進もうが、応援しますよ」
「――! ……日高」
何で……。
何で赤の他人の俺に、そんなこと言うんだよ……。
いたたまれなくなった俺はガバリと立ち上がり、逃げるようにこの場から去ろうとした。
「おや、どちらに行かれるんですか、せんぱい?」
「……授業に出るんだよ。偶然気が向いたからな」
「ふふ、そういうことでしたら、私も戻りますかね」
俺の隣に並んだ日高は、息子の成長を見守る母親みたいにニコニコしている。
……クソッ。
「石谷せんぱーい、お弁当作ってきたんで、よかったらこれ食べてください」
「っ!?」
そして迎えた昼休み。
日高は一人でズカズカと俺の教室に入ってきたかと思うと、俺の前に大きな弁当箱をドンと置いた。
な・ん・で!?!?
「俺、別にそんなこと頼んでねーぞ!?」
「ええ、頼まれてはいませんよ? 私が勝手にやったことです」
「……何でそんなこと」
「だってせんぱいいつも購買でパンばっか買って食べてるんですよね? ダメですよそれじゃ、栄養が偏っちゃいます」
「いやだからそういうことじゃなくて――」
俺が聞きたいのは、何故お前が俺の弁当作りをしてるのかってことだよ――!
「まあまあそう細かいことはいいじゃないですか。ホラこれ、せんぱいの好きなミートボールもいっぱい作ってきたんですよ」
「――!」
日高が弁当箱を開けると、確かにそこには大量のミートボールが敷き詰められていた。
その他にも玉子焼きやウインナーといった、俺の好物ばかりが並んでいる。
こいつどこで俺の好物を調べたんだ!?
「はい、あーん」
「っ!?!?」
日高はミートボールを一つ箸で摘まむと、それを俺の口に寄せてきた。
なっ!?!?
「いや、いいよそういうのはッ!! 一人で食えるからッ!!」
「まあまあそう固いことを言わずに。はい、あーん」
別に固くはねーと思うんだけどッ!?!?
……くっ! こんなクラスメイトが大勢見てる前で、これを食えというのか!?
だが、チラリと周りを窺うと、主に女子たちからの「早く食べてあげなさいよ」という無言の圧力をヒシヒシと感じた。
ちっくしょう!!!
だから女は嫌なんだ!!
「……あ、あーん」
が、そんな空気を無視する勇気もない俺は、遂には屈し、日高に差し出されたミートボールを食べてしまった。
――すると、
「――っ!?」
「どうですか? 美味しいですかせんぱい?」
「……」
あまりの衝撃に、思わず涙が溢れそうになる。
こいつ、ひょっとして……。
「ふふ、声も出なくなるくらい美味しかったんですね? 私も作った甲斐がありました。どうぞ、残さず食べてくださいね」
そう言って箸を渡してくる日高。
「……ああ、いただくよ」
箸を受け取ると、俺はガツガツと弁当を食べ始めた。
一口食べるごとに、じんわりと涙で視界が歪む。
日高はそんな俺のことを、ニコニコしながら無言で食べ終わるまで見ていた。
「ふふ、せんぱいはホントにここがお好きなんですね」
「……」
その日の放課後。
俺が屋上で寝そべりながらぼんやり雲を眺めていると、またしても日高が俺の顔を覗き込んできた。
そして例によって俺の隣にちょこんと腰を下ろす。
「……なあ日高、ひょっとして日高は、俺の母さんの知り合いだったのか?」
「……はい。春子先生は、私の命の恩人です」
「……そうか」
「私は見ての通り身体がちっちゃいですけど、心臓も普通の人より小さいらしいんですよね。だから小学生の頃は身体が弱くて、しょっちゅう入退院を繰り返してました。――そこでお世話になったのが、春子先生です」
「っ! ……そうだったのか」
俺の母親である石谷春子は医者だった。
相当な名医だったらしく、数多くの命を救ってきた母さんは、俺の憧れであり、そして誇りだった。
――だが、医者の不養生とはよく言ったもので、長年の過労が祟った母さんはこの春突然倒れ、それから間もなくこの世を去った。
ベッドに伏せながら「夏貴、ごめんね」と俺に謝ってくる母さんの辛そうな顔が、今でも脳裏に焼き付いて離れない。
母さんが死んでからは何もかもがバカらしくなった俺は、授業をサボって屋上で雲を眺めるようになったというわけだ。
あの雲の向こうに、母さんがいるような気がして……。
「でも春子先生のお陰で、今ではこうしてすっかり元気になりました」
日高はムンとドヤ顔を浮かべながら、力こぶを作る真似をする。
「……母さんのお見舞いに、日高も来てくれてたんだな?」
「はい、そこでせんぱいのこともお見掛けしました」
母さんの病室には、母さんにお世話になったという人が、それはそれは大勢お見舞いに訪れていた。
今思えば、その中に日高によく似た小学生くらいの可愛い女の子がいた気がする。
私服だったのでてっきり小学生だと勘違いしていたが、きっとあれが日高だったのだろう。
「あの時の今にも泣き出しそうなせんぱいの顔をみた瞬間、私の中に確固たる使命感が芽生えたんです。――この人を私が守ってあげなくちゃ、って」
「……日高」
日高は自らの胸に手を当て、聖母のような笑みを浮かべた。
「ミートボールの作り方は、母さんから聞いたのか?」
「はい、せんぱいがいない時にコッソリ。せんぱいの好物を今後は私が代わりに作ってあげたいってお願いしたら、喜んで教えてくれました」
「そうか……」
どうりで母さんが作ったミートボールと、味がまったく同じだったわけだ。
「……でも、赤の他人の日高に、そこまでしてもらうのは悪いよ」
日高の人生は、あくまで日高のものなんだから。
「いいんです。他ならぬ私が、そうしたいって思ったんですから。――だから、ね?」
「――!!」
不意に日高は俺の上半身を起き上がらせると、俺の頭を自らの胸で優しく包み込んできた。
ひ、日高――!?
「これからは私が、せんぱいのママになってあげますからね」
「日高……!」
ダ、ダメだよそんな……!
年下の、しかも幼児体型の女の子が、ママなんて……!
「よしよーし、なっちゃんはいい子でちゅねー」
「――!!」
お、俺が子供の頃、母さんに呼ばれていたあだ名……!
日高は愛し子を抱く母のように、俺の頭をなでなでしてきた。
……あ……ああ……あああぁ……。
「ママーーーーー!!!!!!」
「よしよーし」
俺は日高の胸の中で泣いた。
――この日俺に、ママができた。
お読みいただきありがとうございました。
普段は本作と同じ世界観の、以下のラブコメを連載しております。
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