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第7話「ゆうべは おたのしみでしたね」

 訓練初日の疲労から回復し、筋力を多少なりとも上昇させて、意気揚々と二日目の訓練に臨んだシシュポスであったが、残念ながら早々に限界が訪れてしまう。昨日よりは多少耐えた方だが、それでも他の者達よりも極端に貧弱なのには変わらない。


 筋力トレーニングの成果は一日や、そこらで目に見える結果を示す訳ではない。むしろたった一日訓練しただけで、次の日に多少成果を出しただけでも大したものである。普通はもっと緩やかに成長するものだ。


 これは、シシュポスの若さと、才能と、栄養のとれた食事と、入浴やデミトリアスのマッサージ等の要因が複合的に作用したものだろう。


「と言う訳だから、気にすんなよ」


「は、はひぃ」


 単独でのトレーニングが限界に達したシシュポスを補助しながら、デミトリアスが軽い口調で言った。


 限界に達したシシュポスだが、デミトリアスの補助により限界を超えてトレーニングを継続するのは、昨日と同じだ。お互い全裸で訓練に臨んでいるため、腕立て伏せをするシシュポスの目の前にデミトリアスのモノがぶら下がっているのも昨日と同じである。


 違うところと言えばもう慣れた事くらいか。


 たった一日しか経っていないが、風呂場で体を洗われたり、全身をくまなくマッサージされたりしたら、流石にこれ位の事では動じなくなる。


「ところで、気になったんだけど神聖隊は兵士を育てているんだよね? 槍とか、剣とかの訓練はしないの?」


 休憩時間に入り、息を整えたシシュポスは、水分を補給しながら隣に座るデミトリアスに尋ねた。昨日の訓練では休憩時間であっても、話をする余裕などはなかった。これだけ見ても、格段の進歩を遂げていると言えよう。


 そして、シシュポスの発言内容は、ある意味もっともな疑問である。体を鍛えるだけならアスリートもしているし、なんなら健康意識の高い老人だってする。それらと兵士の違うところといえばやはり戦う事であり、それなのに戦闘技術の訓練をしないのは妙な話だ。


「ははっ、それは素人考えってものだよ。体の基礎が出来ていない者を戦闘訓練に参加させても、良い結果は得られないものだ。腕の筋肉が足りなければ剣を振ったら逆に自分が振り回されてしまい、怪我をしかねない。場合によっては自分や他の者を切ってしまうかもしれないんだ。だから、あと一カ月は基礎の筋力トレーニングに重点を置くぞ」


 これは現代においても変わらない。何らかの格闘技に入門した場合、最初は基礎トレーニングを主に訓練し、派手な技の訓練や試合などは基礎がしっかりとしてからだ。軍隊だって、新兵は最初は筋力トレーニングや駆け足、整列などがメインであり、一般にイメージされやすい銃を持って野山で撃ち合う様な訓練を、すぐにやるものではない。


「へ~、ん? じゃあ、ここに居る神聖隊の人たちは、みんな新兵ばかりって事? みんな基礎トレーニングしかしていないけど」


「ああ、市民兵として十分な訓練を積んできた者も一部いるけど、ほとんどが新米だぞ」


「僕以外はみんなベテランかと思ってた」


 デミトリアスが言うには、神聖隊は戦力を拡充するため、大規模に人員を入れ替えている最中との事であった。


 神聖隊は、150組の男同士のカップルから成る、計300人の部隊である。そしてこの内、50組100人が新兵と言う事だ。実に全体の三分の一に相当し、かなりの入れ替えだ。


 これにはいくつか理由がある。


 ある程度の年齢を過ぎると、肉体的な限界が訪れて来ると言うものだ。神聖隊はテーバイ最強の部隊であり、それに求められるだけの能力を示し続けるのは、非常に過酷なのだ。ギリシアにおける同性愛は、経験豊富な男性が、まだ未熟な少年を教え導くという形のものがかなり多い。となると、神聖隊に所属するカップルも、片方はまだ若いがもう片方は年齢を重ねている場合が往々にしてある。そして、カップルの片方が引退するのなら、当然の様にもう一方も引退していくのである。


 また、神聖隊は戦場における損耗が非常に激しい。テーバイ最強の部隊であるがためにそれだけ過酷な戦場に送り込まれ、精鋭に恥じない戦いを繰り広げる。テーバイ市民としての誇り、また、隣で戦う恋人に恥ずかしくない様にという意識は、戦果と引き換えにその身を危険に晒すことになる。


 故に彼らの死傷者は多く、新たな補充兵を必要としているのだ。もちろんこの場合も、ある男が戦死したのならその男の恋人は引退する事になる。カップルだけで構成されているのが神聖隊だからだ。


「じゃあ、テセウスなんかは態度が大きいけど、あいつも僕と同じ新人なんだ?」


「まあ、新人と言えば新人だな。だが、ただの新人じゃないぞ? あいつは、子供の時からスポーツ万能で知られていて、特に長距離を走るドリコス走の競技ではオリュンピア祭のテーバイ代表候補だった程だ。普通の新人とは違って、身体づくりならもう十分だ」


「そうなんだ……」


 周りの者達が、自分とあまり変わらない新人ばかりと聞いて、自らの訓練の遅れを改めて実感したシシュポスは、気が遠くなる思いだった。だが、それにめげる訳にはいかない。家族の仇であるスパルタと戦うためには、この神聖隊でやっていくしかないのだ。


「なんだ、お前、またへたばっているのか。昨日の夜は随分と元気に声を出してお楽しみだったのに、訓練ではこんなもんか? 何をしにこの誇り高き神聖隊に入ったと言うのだ?」


 突然投げかけられた嫌味に顔を上げると、テセウスが近づいてきているのにシシュポスは気付いた。その隣には彼の恋人であるクレイトスもいる。クレイトスはシシュポスの将来性を認め、同性愛のカップルでなくても神聖隊への入隊を認めたのだが、テセウスはその事を快く思っていない。


 テセウスの言っている事が、最初何のことだが理解出来なかったシシュポスだったが、すぐにある事に気付き顔を赤くした。昨晩デミトリアスのマッサージやストレッチを受けている時、堪えられずあられもない声が出てしまっていた。それをテセウスに聞かれていたのだろう。


 なお、テセウスとクレイトスの部屋は、シシュポスとデミトリアスの部屋の隣である。粗末な木造の薄い壁であり、少し大きな声を出せばすぐに隣に聞こえてしまう。


「偽装で恋人を演じているのも大変なこったなぁ? さっさと除隊した方がいいんじゃないのか?」


「いや、そっちが考えている様な事じゃなくて、単なるマッサージだよ」


「マッサージ? そんな事誰が信じ……」


「ああ、なるほどな。確かにデミトリアスさんはマッサージの名人だからな」


 テセウスはシシュポスの言葉を信じていなかった。確かにこの状況では「マッサージ」と言われても、脳内で「マッサージ(意味深)」と変換されても仕方がないだろう。しかし、元々運動のトレーナーであったデミトリアスは、本当にマッサージの名人である。その事を知るクレイトスがシシュポスに援護射撃をしてしまった。


「……本当なのか?」


「本当だよ」


「そういえば、昨晩はそちらの部屋からも随分と激しい声が聞こえてきたな。どうしたんだ?」


 デミトリアスが意地の悪い口調で言った。シシュポスは自分の体にはしる快感で精一杯だったために気付かなかったのだが、テセウス達の部屋からも声が響いていたようだ。


 要は、シシュポスの(マッサージの)喘ぎ声にあてられて、テセウスとクレイトスが盛り上がってしまったのだ。


「うるさい! 行くぞ、クレイトス!」


 予想外の反撃を食らったテセウスは、クレイトスを連れて立ち去ってしまった。クレイトスはシシュポスを応援するように拳を示すと、テセウスの後を追って去っていく。


「ふふっ。あいつら、昨日は喧嘩していたけど、逆に夜は燃え上がったようだな。言った通りだろう?」


「何しに来たんだろう?」


「まあ、嫌がらせだろうな」


「そう……」


 本来同性愛のカップルしか入れない神聖隊に、そうではない自分が入っている事を快く思われないのは仕方ないと、シシュポスは頭では理解している。しかし、いつまでもこの調子では気が滅入るものだ。


「どうした。認めて欲しいのか?」


「まあね」


 デミトリアスにはシシュポスの心中がお見通しの様だ。優れたトレーナーは、教え子の心の中にも気を配るものだ。それがこの場面でも生かされているのだ。


「一つ、方法がある」


「何? 教えて!」


「二週間後に、ある競技会があるんだ……」


 デミトリアスはある作戦について語り始めた。

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