第5話「マッサージ」
水風呂で垢と埃を落としたシシュポスは、食事を終えるとすぐに寝室に向かい粗末なベッドに崩れ落ちた。食事は麦粥や油の抜けきった羊肉などで、味付けは塩気が効いているだけの貧相なものだったが、昼間のトレーニングで疲労しきったシシュポスにとっては天上の晩餐に等しかった。
口や胃袋から幸せが染み渡り、全身に広がっていくようだった。
寝台に横たわったシシュポスは、トレーニングの疲労と満腹からすぐに眠りに落ちる。着の身着のままで、掛け布団も掛けなかった。
瞬間的に記憶が途切れたシシュポスであったが、ある時から夢かうつつか判別のつかない空間を漂い始めた。手足は効かず身動きは取れないが、雲の上をふわふわと漂っているような感覚であり、その不思議な快感にその身を委ねていた。
そして、その快感は当初精神的なものだったが、それは次第に全身の皮膚に伝わり、ついには体の中を雷が走る様な感覚が走った。
何か妙だ。
そう思ったシシュポスは、はっと目を覚ますと。その目の前にはデミトリアスの顔が迫っていた。息がかかりそうなくらい近く、その大きな瞳が何故か印象的だった。
状況を確認しようと周囲を確認すると、シシュポスが横たわるベッドにデミトリアスも上がり、シシュポスの上にのしかかるような態勢になっている。
単にのしかかっているのではない。
いつの間にか裸にされたシシュポスの全身には何かヌルヌルとした液体が塗られ、シシュポスの前進をデミトリアスの手が這いまわっている。
デミトリアスの手が時に激しく、そして時に優しく動くたびにシシュポスの体の中に快感が奔るのであった。
「な、何を?」
「お? やっと目を覚ましたのか。何って、マッサージに決まっているだろ? マッサージ」
「マッサージ?」
デミトリアスがシシュポスを脱がし、同じベッドにあがってやっていた行為……それはマッサージ出会った。
何か別の行為を想像した読者の方々はいらっしゃいますか?
この作品はR18ではありませんよ。
「そうだよ。あれだけ体を動かしたんだから、風呂を浴びて食事をするだけじゃ疲れは取れないぞ。そうしたら明日の訓練に差し障りがでるからな。こうしてマッサージをしているのさ」
「そ、そうなの? って、あふっ……」
マッサージとはいっても、全身を揉みしだかれては疲労回復以外にも、イロイロと別の効果も生まれてくる。これは仕方のないことである。特にシシュポスの全身にはヌルヌルした液体が塗られている。これは、デミトリアスが調合した疲労回復に効果のある薬草を配合したもので、全く別の――性的な効果などは一切無い、とても健全なものではあるのだが、その感触自体が別の効果を生むのである。
仕方ないね。これはマッサージですからね。
「っ……、ー~~っ!」
デミトリアスが自分の事を思いやって折角マッサージをしてくれているのに、別の感覚を抱いては申し訳ない。そう思ったシシュポスは、唇を嚙み締め、必死に声を殺す。
体に迸る快感の量にしてみれば、よく耐えた方ではあるが、それでも時折小さな声が漏れるのは、これは仕方の無い事である。
もちろんすぐ近くにいるデミトリアスにもそれは聞こえているのだが、それを聞かぬふりをする情けがデミトリアスにも存在した。
デミトリアスにとって、このマッサージには全くの他意は無い。
デミトリアスはシシュポスと出会う前は神聖隊でトレーニングのコーチをしており、その一環としてマッサージの技術も身につけていた。
その効果は非常に高く、トレーニングの効果を増大するものであったのだが、副次効果としてマッサージを受けた男は、今回のシシュポスと同じような反応になってしまう。
もちろんデミトリアスは心底真面目にマッサージをしているだけなのは、神聖隊の隊員も分かっているので、文句を言う者は誰もいない。
ただし、神聖隊は全ての隊員が男同士のカップルで構成されているので、他の男のマッサージで快感を得ているのを恋人に見られるのは、実に気まずいモノがあるのも事実である。
まあ、他の男に快感を与えられているのを見られた方が、その夜の行為が一層燃え上がるという上級者も多かったりするのだが、それはまた別の話である。
とにかく、デミトリアスはシシュポスを強くしようとしてマッサージに励んでいるのであり、その心に一点の曇りも無いのは事実である。
「次はストレッチだ。足を大きく広げろよ」
……本当ですよ?
筋肉を酷使した後、それが回復する過程で以前よりも筋肉が太くなる事を「超回復」と言い、これが筋力トレーニングの基本的な理論である。だが、これによって筋力が上昇するのは良いのだが、この際柔軟性の無い硬い筋肉になってしまい、実際に運動するのには向かない体になってしまう事がある。
これを避けるには、トレーニングの前後や寝る前にストレッチをしっかりとやる必要があり、そしてそれは一人でやるよりも補助をつけて二人でやる方が効果的だ。
元々トレーナーであるデミトリアスは、当然この事を理解しており、今シシュポスの体を色んな方向に曲げたり伸ばしていたりするのもそのためだ。
「よーし、最初は硬くてあまり広がらないかもしれないが、こうやってほぐしていくと、次第に柔らかくなっていくんだぞ」
「あ、ああ! 痛い! もっと優しく!」
「この位で泣き言を言ってどうする? まだまだ広げるぞ」
デミトリアスが下半身を触らりながらそんな事を言うと、下半身の別のアレとかが拡張されているように思えてくるが、もちろん股関節の柔軟をしているのである。
この後、上半身も含めてじっくり丹念にストレッチを実施し、昼間のトレーニングとは別の疲れを覚えたシシュポスは、今度こそ朝まで目が覚める事は無かった。