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第2話「喧嘩するほど仲が良い」

「おはよう、朝だぞ。さあ、顔を洗って朝食だ。素早く行動するのも訓練の内だぞ」


 デミトリアスの声でシシュポスは深い眠りから醒めた。昨日入隊の手続きを終わらせた後、すぐに眠りに落ちたので、腹に何も入っていない。部屋の隅に置いてあった陶製の水瓶から水をすくって顔を洗うと、デミトリアスに案内されて食堂へ向かう。


 食堂に入ると、既に何組かの若者達が朝食をとっている。シシュポスも大釜から椀に麦粥をよそい、デミトリアスと向かい合って座った。


 隊員の全てが男性カップルで構成されているという特性を反映しているのか、食堂の全ての机は二人用で向かい合うように椅子が配置されている。


 シシュポスが席についたすぐ後に、デミトリアスが麦粥の椀に加え水を注いだ木のコップを持って来た。水は二人分である。


 夕飯を食べていなかったシシュポスは、がつがつと匙で粥を胃袋に送り込む。決して美味なわけではないが、素朴な味わいでいくらでも食べられそうだ。


「口に合うようで安心したよ。これから神聖隊でやっていくなら、こういう質素な料理を十年は食べ続ける事になるはずだからな。栄養は十分だが味はそれ程重視されていないので、合わん奴には本当に合わんからな。食事が苦痛では人生の喜びも半減したようなものだ。……まあ戦死したらもう食わずに済むんだがな」


「父と行商で旅に出る事が多かったから、それ程食事にはこだわらない方だよ。それに父が死んでからあちこちの親類の所を回っていたから、贅沢はしてきていないよ」


 シシュポスは、その痩せた体が示す様に、貧しい暮らしをして来たのだろう。それを嘆いたり、親類を「たらい回しにされた」の様なネガティブな表現をしないのは、彼の矜持と言うものだ。その気高さを感じ取ったデミトリアスは、微笑ましく思った。


「ところで、何かみんな僕の方を見ているように思えるんだけど……」


「ああ、それは多分……」


「おい、貴様が今度入ったシシュポスって奴か?」


「そうだけど何か?」


 丁度シシュポスが食事を終えたあたりで、一人の男が話しかけてきた。その語調は荒く、抑えきれない感情が迸っているように見える。


「何かじゃあない。貴様、男を愛してもいないくせに、この神聖隊に入って来たらしいな。俺はそんな奴は仲間と認める気はない。痛い目を見る前に、さっさと辞めるのが身のためだぞ」


 男はシシュポスが同性愛ではないにも関わらず、兵士としての特典を求めて入隊してきたことを快く思っていないようだ。とすると、先程からシシュポスに注がれている視線も、同様の意思が込められているに違いない。


「そういう訳にはいきません。僕にはここで戦う理由があります。例えどう思われようとね」


「おい、テセウス、失礼な事を言うんじゃあない。デミトリアスさんが認めているのだからそれでいいじゃあないか。それに、俺は彼を見守ってやりたいと思う」


 テセウスと呼ばれた、シシュポスに絡んできた男を追いかける様にして、昨日シシュポスの入隊手続きを受け持った男――クレイトスがやって来た。


「クレイトス、お前が認めたりするからこんな異物が紛れ込むのだ。俺は認めんぞ」


「愛には色んな形がある。精神的な愛も、肉体的な愛も、それに成熟した愛も、始まったばかりの愛もな。俺はそう思っている。お前の様に画一的な考えは持っていない」


「何だと!」


 テセウスとクレイトスはその場で言い争いを始めてしまった。もうシシュポスの事は視線に入っていない。喧嘩に慣れていないシシュポスは、目の前の争いにおろおろとしている。


「どうしよう。止めなきゃ」


「気にすんなシシュポス、ほっとけよ」


「でも……」


「クレイトスとテセウスは、もう結構長くカップルだ。問題ないさ」


「じゃあ、なおの事止めないと。愛し合う二人が分かれるなんて不幸じゃないですか」


 シシュポスが見る限り、二人の争いはかなり激しい。どちらも手加減せずに、本気で言い争っている。


「ああ、大丈夫大丈夫。こいつらは心の底から愛し合ってるからこそ、後先考えずに、争う事が出来るんだよ」


「そういうものなんですか?」


「そういうものだ。それに……」


「それに?」


「まあ、お前にはまだ早いか。まあ、喧嘩するほど仲が良いって事だ」


 デミトリアスは「喧嘩した後の方が、夜は燃え上がるものだ」などと言おうとしたが、まだシシュポスはそういった事に慣れていないので自重した。神聖隊の宿舎は全て二人部屋で、当然ながらカップルごとに割り当てられている。そのため、夜にはそういう声が壁越しに聞こえて来るので、いやでもその内慣れる事だろう。精神的な恋愛に終始する者達も一応はいるのだが、当然ながらそれは少数派である。


 神聖隊に所属する者達は、戦う事を仕事としているので、当然ながら若者ばかりである。となると精力が有り余るので、肉体的な愛情行為に向かうのは必然である。


 結局、ここで言い争っても仕方がないと言う事で、その場はとりあえず収まった。神聖隊の資格として愛も重要であるが、戦闘技術も重視される。これから総合的に見ていくべきだと言う事で落ち着いた。


 普通の男では、耐えきれない程の訓練が課されるのだ。貧相な体のシシュポスが、この先ついていく事など出来ないとテセウスは思ったのかもしれない。


 食事を終えたシシュポスは、自分の部屋で訓練準備を整えることにした。

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