1-7 【ノルベルト】悪役ポジション第一王子
さて、我がアルデンス王国は約五百年前に出来たそれなりに歴史のある国だ。
大陸の最南西に位置し、海を隔てた向かいの大陸は「創世の名残り」という果てしない荒れ地。
こちらの大陸は女神クリアレイスの加護により緑豊かだが、大陸間の海はひどく荒れており、この地が開拓されるのが遅れた理由と言われている。
つまり、この土地は「創世の名残り」のあおりをくって他の地より険しかった。
連なる山々、人が住むには厳しい大自然──それらをならして人が住める大地に変えたのは、五百年前にこの地に魔王城をたてて一暴れした魔王デルヴィアスら魔王軍の功罪の、功の部分と言える。
前置きが長くなったけれど、僕はそんなアルデンス王国の第一位王位継承者ノルベルトだ。
今年の秋から王立アカデミーで同年代の子息令嬢と共に学びを得る。
──正直なところ、為政者子息令嬢が交流を持つことに主眼を置いたこのアカデミーが「今も存続していること」に僕は感動している。
五百年前、ほとんどの国は絶対的な王のもと運営されていた。
その国家運営を最終的には貴族のみならず、国民にも裾野を広げようという深謀遠慮からアカデミーは始まった。
アカデミーには王族から上級下級貴族、はたまた第三身分までの跡継ぎが集う。
第三身分で区切ったのは、やはり文字の読み書きや最低限の行儀見習いが行き届いていなければ学園運営がままならないため。
いやいや、また前置きが長くなってしまった。
つまり、アカデミーが出来るまでは世界的にも王や皇帝の絶対王政だったものが、今は第三身分まではアレコレ開かれている……という話だ。
端的な、もっと砕いて言えば昔ほど身分に口うるさくはない……とも言える。
というわけで、まさかアカデミーを設けた恩恵を「今」の僕が受けられるということにとても驚いている。
さて、もう一つ前置きをして本題に入ろう。
実母は大商人の三女で身分で言えば低い。
子に恵まれない限り側室を持たないのが我がアルデンス王国なので、第一王子の僕、同腹の二歳下の弟、さらに三人弟妹がいるので、実に仲睦まじく暮らしている。
王が王妃をベッタベタに、監禁級で溺愛している結果だ。
そんなわけで弟で第二王子であるウィリアムは母のようにあまり高貴ではなくとも己の「好みドンピシャ」の女性を妃に迎えたいと、十二歳の今、息巻いている。
ニ~三代前まではごく当たり前に、慣習的に公爵家や侯爵家辺りの娘が充てがわれていたが、昨今さらに貴族の中でも恋愛結婚の流れが加速している。
それもこれも長く続く平和の中、芸術文化も花開き、多様な恋愛物語も描かれるようになったから……ではないだろうか。
王女と身分低い騎士との恋愛物語、王子と奴隷上がりの聖女との愛の物語などなど。
……僕はさすがに奴隷はちょっと遠慮したい……かな。学はどうにかなっても、衛生面もあるし、可哀想だし、精神面もかなり心配だ。
いや、我がアルデンスに奴隷制などないし、架空ファンタジーにすぎないのだけど。
平和な世で、アカデミーでの交流からか、身分に囚われず、心のままに愛を謳歌する価値観が広まったのが、今と言える。
そんなわけで、僕ら王子にも数年前から「婚約者を」という風潮はあるものの、大恋愛を経てベタベタに愛し合っている国王夫妻の手前、貴族らもあまり「我が娘を……!」と迫ってはこない。
父らも「息子たちに任せる、伴侶は心のままに」と言って憚らない。
だから、弟ウィリアムは第三身分以上の年頃の娘達の絵姿を集めている……。見かけから入るらしい。
あるとき、弟が集めた絵姿を熱心に見ている様子を眺めながら聞いたことがある。「そんなに重要?」と。
弟は眉をキリリとさせ真剣に答えてくれた。
「一生を添い遂げるのですよ? 好みの見目の者、その上で心が通う娘を選びたいじゃないですか。兄上は違うのですか?」
四年前、弟が八歳の頃、僕は十歳だったが、公爵家からはラクエルや侯爵家からノビア、他にも各名家から何名もの令嬢の名が挙がった。
弟ウィリアムはラクエルの気の強そうな眼差しが好みじゃない、ノビアは背筋が伸びすぎて賢しく見えて気に入らないとのことで、縁付かなかった。
僕は…………いや……一桁歳の幼女は判断しかねる、としか。
では、本題だ。
僕には前世の記憶がある。
五百年前にこの国を興した勇者の弟で、そのパーティーの均衡役兼筆頭魔術師として魔王討伐に参戦していた。
魔王討伐後はそのまま魔王の切り開いた土地に国を興して王になった勇者──兄の補佐として宰相になったのだけれど、実を言うと記憶は曖昧だ。
王城にも図書館があり、初代国王の記録もたくさん残っている。
五百年前の勇者と聖女が結ばれて我がアルデンス王家は始まった、それも分かっている。
僕自身、前世がニ十代辺りで死んだこともぼんやりと覚えている。
魔王を討伐し、国を立ち上げていく中でアカデミーの構想をねじ込んだのも僕だ。その記録もある。
だが、勇者の弟、王弟、宰相としては記録が少ない。
僕の記憶もかなり曖昧だ。
前世の記憶を明らかにしたところで、大して意味はないかもしれない。
ただ一つ、強く焼き付いた記憶があって僕はじっとしていられないのだ。
腕も足ももがれ、息も絶え絶えの魔王。
首を切られても死にきらないその生命力には勇者も聖女も、僕ら全員、肝が冷えた。
勇者と聖女が離れたところで魔王の胴体を踏みつけ、二人で手にした女神の聖剣で心臓を貫こうとしたときだ……。
僕が杖で押さえつけていた魔王の頭部から、ガランと仮面が落ちた。
凶悪そうな面が防具を兼ねた仮面だったのだと初めて知った。
──その黒い瞳を真っ向から見る羽目になってしまった……。
もう焦点もあっておらず、魔王の意識は虚ろだった。
掠れた声が聞こえた。
「ヤダ……もう……疲れたの……」
戦闘中やそれまでの声が魔術でハスキーかつおどろおどろしく変声させていたものだと思い知った。
魔導具らしき仮面が顔を声を隠していたようだ。
きっと世界で僕だけが知ることになった。
──魔王は女だった。
ほろりと、土と血に汚れながらもその白い頬に涙がこぼれていく。
勇者聖女が聖剣を振り上げた気配がしたが、僕は黒い瞳から目を逸らすことが出来なかった。
ボロボロと涙をこぼしながら、ほとんど吐息のような──。
祈りにも似た最期の願いはあまりに僕の胸を締め付けた。
「……だから……魔王やめ……たい……」
──その声は、卑怯だ…………。
聖剣は魔王の心臓を貫き、女神を象徴する白い稲光がその肉塊を食い破り、粉々に打ち砕く。
その光景は、生まれ変わってからも何度も夢に見た。
そうして僕は、王城の図書室を読み返し、さらにそれでは足らず、城下町のルーンライト大図書館にも日々足を伸ばしている。
あの夢が僕を急かす。
いくら周りに「婚約者を」と言われても、弟に「恋愛」をと説かれても気が乗らない。
そういう次元じゃない。
だから僕は、僕の前世や魔王についての記述を探し回っている。
「──どうしたの?」
それは、ほんの気まぐれ。
前世の自分や魔王についての本をあらかた読み尽くして、それでも通ったルーンライト大図書館。アカデミー入学もせまる中、いい加減、手持ち無沙汰だった。
入館させてもらえない少女を見かけ、声をかけたのはただの偶然。