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6 シゲオカ ユウキ


 コーヒーの香りって独特だ。刺激的なトゲがありながら、どこか心を落ち着かせてくれる、不思議な心地よさがある。そのハーブを焦がしたような香りが、年季のはいった台所を包みこんでいた。豆の表面にはぶくぶく泡が浮かび、黒い液体がけっこうな勢いで、ドリッパーからサーバーに落ちていく。


 おれは台所でコーヒーをドリップしていた。最近の日課。


 あべ探偵事務所は、事務所ではあるが住居も兼ねている。台所も浴室もあるし、二人で暮らすぶんには狭いということもない。エアコンがない台所は蒸すような暑さだけど、それでも二日連続の猛暑日となった外とくらべれば、天国と地獄だ。


 贅沢といえば贅沢な話だった。


 平日の昼間から、素足にスリッパなんて格好で、電気ケトルを手にコーヒーブレイクを画策するのも。人の生き死に、なんてご大層な話に思いをめぐらせるのも。


 さっきユウキから聞いたばかりの話、怪異(アノマリア)の犠牲者3名。覚悟はしてたといっても、嫌な話であることに変わりはない。


 この人数を減らすのが、おれたち霊能力者にとっては究極の目標なわけで、3という数字はけっして小さなものではなかった。自分が見回りをしている目と鼻の先で起きたであろうことも気にくわない。どれほど努力したところで、この数字がゼロになることはない、というのもわかってはいるけれど。


 そう。怪異(アノマリア)の犠牲者がゼロになるときは、おそらくこない。なんなら職を賭けたっていい。もっとも、怪異(アノマリア)による被害がゼロになるようなら、その時点で、霊能力者なんてとっくに用済みになっている。そもそも賭けなんて成立しないだろう。


 その日はこない。


 どれだけ文明が発達しようと、災害の犠牲者がゼロになることはないし、どれだけ進んだ文化を誇ろうと、警察や刑務所がなくなることもないだろう。それと同じ。


 こんなこと、おれが口に出すまでもなかった。ユウキだって、もちろんわかっている。わかってても、わりきれないんだろう。見た目から受ける印象通り、ユウキにはそういう繊細なところがある。


 滋丘ユウキは生真面目だ。


 そんなどうにもならないことを気に病んでたってしょうがない、とおれは思う。4人目の犠牲を防いだことにこそ、価値がある。


 おれが3名の犠牲者を気にしてないわけじゃない。4人目を防いだことを、ユウキが軽視してるわけでもない。


 気質の違いってヤツ。もしくは比重の違い、バランスの問題とでもいうべきだろうか。


 人間の脳みそは、物心がつく前から毎日のように、アップデートが繰り返されている。そうやってその人に最適化されていくのだとしたら、ユウキにとっては悩み癖だって、大切な習性にちがいない。


 滋丘ユウキは苦労性だ。


 けれど、心配する必要なんてどこにもないことを、おれは知っていた。


 ああ見えて、あいつは意外に芯が強い。それはもう、驚くほど。あまり外には見せないけどね。


 気づけば、サーバーにはなみなみとコーヒーが溜まっていた。おれはくちばしの長い電気ケトルを電源プレートにもどした。




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