5 中1の秋
おれが滋丘ユウキと知り合ったのは、中学1年の秋だった。印象深い出会いだったから、よく覚えてる。
ある日、どこかで誰かが、頭のわいたことを言った。
「1年生で一番強いのって、誰だと思う?」
おれたちは京都にある霊能力者を育成する中高一貫校に通っていた。そうでもなければ、こんな格ゲーみたいな話は湧いて出てこなかったにちがいない。
中1の秋、おれたちの頭はいい感じになっていた。
夏休みのせい。
流れるプールの代わりに滝行。BBQの食材は現地調達。
青じそや山椒の実を発見し、イノシシとの死闘を制して牡丹肉をゲット。けれども、クサウラベニタケの前に全滅の憂き目にあい、病院に担ぎこまれた夏。誰だよ、ハタケシメジだから食べられる、って断言したのは。
そんな苛酷な夏休みの、夏休みという名の修行の経験が、みんなを一回り成長させて、ついでに頭のねじを何本か抜いていったんだと思う。
ともあれ、おれは気づいたら決勝の舞台に立っていた。ちょっとした黒歴史。もちろん、最強の座なんかにつられたわけじゃない。だけど、優勝賞品は見過ごせなかった。
学食の日替わり定食、100食分の食券。
学食の日替わり定食、100食分だ。
やるしかなかった。
おれの財布には、100食分の食券だろうと詰めこめるだけのゆとりがあった。ひっくり返したところで何も出てこないが、悲しいことにゆとりだけはあったのだ。
そうして、机と椅子を片付けた空き教室で、おれは対戦相手と向きあっていた。たしか、黒板にはおれと対戦相手の名前がでかでかと書かれていて、壁際にすし詰め状態の観客は、廊下にまでつらなっていたはずだ。
試合開始の合図をしたレフリーは誰だったか、とにかくそいつが腕を振り下ろして、試合が始まった。
間合いを詰めるともなく、教室の中を反時計回りに半回転。野次馬の声援に背中を押されて、おれたちは、ほぼ同時に動いた。
対戦相手は自作の粗末な霊符を握りしめ、電撃パンチを繰り出してきた。それを予測していたおれは、上履きのゴム底ヤクザキックで迎撃に成功する。
「っ!?」
自慢の術が上履きに防がれるとは想定していなかったのだろう、相手の目が驚愕で丸くなった。動きがとまる。隙だらけだ。
もらった、と思った。
勝機を逃してなるものか!
税込み290円×100の想いを乗せて、おれの掌底がうなりをあげる!
その瞬間だった。
突然、観衆の熱狂がざわめきに変わり、人の壁が怒号とともに割れた。
「お前らなにやってるッ!」
教師だった。
おれは手をとめざるをえなかった。つかみかけた栄光の食券に羽が生えて、ひらひらと飛んでいくような気さえした。ああ、希望とは、なんと儚いものだろうか。
なげくのもつかの間、おれと対戦相手を取り押さえようと、教師の式神が飛びかかってくる。肩ほどの背丈の、赤鬼と青鬼だ。小柄な鬼は、しかし筋肉が盛りあがり岩のようで、見るからに力強かった。
青鬼の俊敏な動きとゴリゴリの膂力に、対戦相手があっさり押さえこまれた。
おれはというと、力で張りあう愚はさけていた。とっさに後ろへ倒れこみ、赤鬼の跳躍する勢いを利用して、巴投げで難を逃れる。
投げ飛ばされた無粋な闖入者は、ほれぼれするほど芸術的な放物線を描いた。
描いた先で、――不幸な観客の顔面を直撃した。
そのまま仰向けに倒れた華奢な少年、それが滋丘ユウキだった。
えらいことになった。
とにかくそう思った。
不幸中の幸いというか、当時のユウキはまだ眼鏡をかけてなかったから、修理代でおれの財布に翼が生えて羽ばたいていくという事態にはならなかった。
保健室のベッドの上で身体を起こしたユウキに対して、おれは謝罪とともに、判定勝ちで獲得した食券のうち、50食分を差しだした。
ユウキは困ったように笑いながら、それを拒んだ。
こいつは悪いやつじゃない。おれの胃袋は確信した。
そのときようやく、目の前で苦笑を浮かべるその顔が、やたら整っていることに気づいたんだけど、「武田信玄がラブレターを送りつけそうな顔してるな」と思ったことは、今でもユウキには言っていない。
武士の情けってやつ。