22 顛末
新宿駅東口から徒歩7、8分ほどのところに、5階建ての小さな雑居ビルがある。
古ぼけた外壁は赤茶色のレンガ調♪
ちょっとひび割れてるのはご愛敬♪
その最上階にある、あべ探偵事務所にはスゴ腕の霊能探偵がいるもよう♪
と裏業界で、広がる噂に、うちの評判は急上昇!
なんて、にわかに脚光を浴びることになったのはいいんだが、依頼が殺到するなんて都合のいい話はないようで、おれはのんびり休憩中。
Tシャツにハーフパンツというくつろぎスタイルで、マグカップを手に窓際に立ち、通りを見おろす。
夏の太陽がかんかんに照りつけるアスファルトを、歩行者が足早に通りすぎていく。
今日も猛暑日だ。
エアコンのきいた室内は、テレビの音が流れっぱなし。
連日飽きることなく、美人吸血鬼が主演をはるハリウッド映画の告知をしてる。
おれはコーヒーをすすった。今日の豆はグアテマラ。少し薄め。夏場は薄めにいれるにかぎる。
四つ葉製薬の霊力化学研究所にお邪魔してから、もう5日が過ぎた。
話を振り返るとしよう。
そもそもの発端は、おれが退治した狼にあった。
あの狼は、四つ葉の研究によって生みだされた怪異だったんだ。
四つ葉の人体実験には鬼火が利用されており、人体実験の失敗は、結果的に鬼火に人を喰わせることになった。同じ鬼火が3人の人間を喰ったのか、人を喰った鬼火が3匹集まったのかは、おれにはわからないが、その鬼火は急速に成長して、狼の姿に変貌をとげたそうだ。
その場にいたパートタイム霊能力者たちは、研究者を守るので手一杯だったらしい。狼は研究所を逃げだし、裏新宿駅からも逃げだした。
裏新宿駅のどこかに、地上への抜け道があるってことだ。やばいね。今は山手探題のお役人が顔色を変えて、その抜け道を探しまわってる。
地上に脱出した狼は、おれに退治されて怪異の灰になった。人体実験に利用されたり、おれと出くわしたりと運が悪い怪異だったと思う。
その怪異の灰は、山手探題に怪異退治の査定額を聞きにいったユウキに返却された。そこで、ユウキは違和感をおぼえたそうだ。普通の怪異の灰とは何かがちがう、って。
ユウキは、怪異の灰から情報を読みとろうとして、白居の声を聞いてしまった。あいつはそうして、死者の声から四つ葉製薬の非道な人体実験を知った。
けれど、生きてる被害者の声だって、証拠にならない世の中だ。死んでしまった被害者の声だけで、公的機関が動くわけもない。まして、死者の声を勝手に聞くこと自体、この業界のお偉いさんから白い目で見られる行為でもある。
だから四つ葉の実験をとめるには、おれたちが独力で動き、物証をつかんでみせるのが一番だった。
ユウキは依頼を請けたと嘘をついて、調査をはじめた。
なぜ正直に話さず、おれを騙したのか?
この業界、どこまで法律が適用されるかは、けっこういい加減なもんだけど、それでもまったく罪に問われない、というほど野放図ではない。大企業に討ち入りしておいて、人体実験の証拠を押さえるのに失敗したら、犯罪者になるのはおれたちのほうだ。
そうなったときのために、死者の声を聞いたことを、おれには黙っていたかったんだとさ。それを知らなかったら、おれの罪が軽くなるから。
殺人より死者の声を聞くほうが罪が重くなるっていうんだから、おかしな世界だね。
事務所で待機してたはずのユウキが、四つ葉の霊力化学研究所まで来ていたのも、実行犯をおれひとりにしたくなかったから。
四つ葉の闇があばかれた今でも、ユウキが死者の声を聞いたことは秘密にしてある。何も公言する必要はない。おれたちは人体実験のタレコミをうけて、四つ葉の霊力化学研究所を訪問した。あくまで紳士的に。そうしたら、四つ葉側がいきなり襲いかかってきたから、返り討ちにして証拠を押さえた。それでいい。
CMに入ると、テレビの音量が上がった。おなじみのフレーズが聞こえてくる。
あなたの明日をすこやかに。
四つ葉製薬のCMは、今日も変わることなく流れている。
おれは43インチの液晶画面を見ながら、壁に背をもたれてコーヒーを飲み干した。
表向き、世間は何も変わらない。
四つ葉製薬の代表取締役の交代が、新聞の片隅に載っただけ。
けれども、霊能業界では大騒ぎだ。
裏新宿駅にある四つ葉の霊力化学研究所は取り壊しが決まり、四つ葉製薬本社もまた厳しい制裁を課されることになった。
ヤクザより過激な霊能業界が、かんかんに怒ってるんだ。
相当に重い裁きとなるだろう。
おれとしては、四つ葉製薬の株を空売りしてみたいところだったんだけど、それはインサイダーに抵触しちゃうらしい。財テクのチャンスってのは、なかなか来ないもんだね。
埒もないことを考えてると、玄関のドアがひらく音。
「ただいま」
ポロシャツにチノパン姿のユウキが、買い物袋をさげて帰ってきた。
「カルディでコーヒー豆が半額だったから、買っておいたよ」
「ああ。ちょうど切らすとこだった。助かる」
ユウキはそのまま事務所を通りすぎて、奥のキッチンへと歩いていく。
裁きといえば、ユウキにもおれを騙した罪を償ってもらわなきゃならなかった。
罪には罰を。
これから3ヶ月ほどの間、食事当番はすべてユウキにこなしてもらうことになった。あべ探偵事務所は分業制だけど、わが家の家事は当番制になってるんだ。
罰とはいったものの、当のユウキはまったく苦にしてないみたいだ。
それもそうか。なにしろ、あいつは3分クッキングをブックマークに入れてるほどの料理好きだからね。
……おれの料理の腕はどうだって?
3分もあれば、カップラーメンくらいつくれるさ。
終
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