2 新宿の夜
7月初旬の深夜。
おれはいつもどおり、新宿の街を徘徊していた。
終電が過ぎても、副都心、新宿の人気が絶えることはない。梅雨があけたばかりの街は、気温の変化がそう感じさせるのか、昨日より活気があって騒がしかった。
青に赤にと視界を満たす、ネオンの奔流。夜になっても夜を忘れたような、人工の光。街を流れる人の姿は、昼の雑踏とくらべると、ひどく気だるく享楽的にうつる。仕事でお疲れだったり、まだまだ遊び心がくすぶってたり。
気が抜けたサイダーみたいな流れの中を、おれは紺のスーツを鱗がわりに泳いでゆく。左肩にかけるのは、ゴルフクラブが何本かはいる、細長い黒革のクラブケース。
一見、風変わりな格好かもしれないけど、おれより酔狂なやつなんていくらでもいる。それがこの新宿って街の特色。懐が深い、といっていいのかどうか。どんな異物も溶かしていって、すべてをのみこんでしまう。
けれどその異物の中に、人間社会とはけっして相容れない、人に仇なすものがまざることがある。
おれたち霊能力者はそれを、『怪異』と呼んでいる。
怪異とは簡単にいうと、自然界の霊気がよどんで形をなしたものだ。
霊能力者の一番大事な仕事は、怪異から人々を守ること。
やつらは人の霊気を好む。
「情念はエッセンス。調味料だとか香辛料だとか、人によって表現はさまざまだけどね」
新宿に事務所を開くと決めたとき、相方はそんなことを言っていた。
怪異は人を喰らおうと、影に潜み、闇に溶けこみ、その時を待っている。つまり、欲望うずまく大都市の夜こそが、やつらにとっては理想の狩り場で、つまりは、おれたちにとっての狩り場でもある。
とはいうものの、そんなにほいほい怪異が出たらたまらない。おれの巡回は、だいたいが徒労に終わる。平和でけっこう。
カラオケの青い看板を右に曲がり、光に背を向けるように、おれは小路にはいった。ラブホテルのピンクネオン、サービスタイム3980円の前を通りすぎる。
新宿はおれのシマだ。
怪異が好みそうな場所は把握している。
しばらく歩いたところで、生暖かいビル風が、不快な空気をはこんできた。足を止める。
そこは人工の光が届かない、ビルの隙間だった。顔をあげると、狭い空で満月が輝いていた。鋭角なビルのてっぺんにひっかかった白い月を見あげながら、レジメンタル柄の赤いネクタイをゆるめる。
どうやら、今日のパトロールは無駄になりそうもなかった。どこからか、ねっとりとした空気が漂ってくる。絡みつくようなこの空気こそが、怪異の痕跡だった。




