19 キンカン
「侵入者を始末するのも、契約のうちだろうがっ!」
野神ががなりたてた。
「そういわれましても、ねえ」
キンカンが横目でおれを見て、馴れ馴れしく肩をすくめてくる。
「おれに同意をもとめるなよ。侵入者だぞ、侵入者」
仲間割れを前に、あきれて肩をすくめたいのはおれのほうだ。
だけどなんとなく、こいつと同じ動作だけはしたくなかった。
キンカンは人を食ったような態度で、
「もうやめにしませんか。どうせいつか捕まっちゃいますよ。人間を犠牲にしてる時点で、やっぱり私としてもこれはまずいかなあ、なんて良心の呵責に耐えかねておりましてですね」
「ふざけるなっ! おまえがそいつを殺せばいいだけだろうがっ!!」
野神はつばをとばしながら、おれを指さした。
「おお、怖い。私、そういう乱暴なのきらいなんですよ。いやあ、私としても内心忸怩たるものがありますよ。お世話になった野神所長を見捨てるみたいで」
キンカンはへらへら笑いを浮かべてつづける。
「でもほら、四つ葉製薬もけっこう無理してません? フェーズ3のパイプラインは少ないし、それだって既存薬との差別化はむずかしそうじゃないですか。研究開発費の高騰と特許切れで苦しんでるのは、どこの会社だって同じなんでしょうけど」
製薬業界もなかなか大変なようだが、それはともかく、なんて気にさわる話し方だろうか。
おれが野神の立場だったら、きっとこいつをぶん殴りたくてたまらないと思う。
「くそっ、ここにあるのは、私の研究成果だっ! 私だけのっ、わたしてたまるかっ!」
と、野神がデスクの引き出しを開ける。
中をあさって取りだしたのは、回転式の拳銃だった。
リボルバーだ。
拳銃は、弾薬の雷管を撃針で叩いて爆発させるだけという、ある意味シンプルな構造をしている。その中でも、丈夫で故障が少ないのがリボルバーだ。裏新宿駅なんて場所で使用するのなら、そうした信頼性がなによりも重要だろう。
野神がもたつく手で、弾を入れようとする。
おれは前に踏みこんで、刀を振った。
前方に向けて、ではなく、背後に。
「ひぇっ!」
悲鳴をあげて、キンカンが飛びのいた。
すっとんきょうな声に聞こえるが、こいつに油断しちゃいけない。
いつの間にか、キンカンは右手の人差し指と中指で、霊符をはさんでいた。
霊符の上部がバチバチと帯電している。
雷撃符だ。
その名の通り、放電して対象を攻撃する霊符。それも見習いが作成するようなちゃちいもんじゃない。殺傷力の高い、立派に人を殺せる品質のモノに見える。
キンカンがその霊符を振りあげる。
棒手裏剣でも投げるような動作。
どうやらこの雷撃符は、スタンガンとしてだけでなく、テーザーガンとしても使えるすぐれものらしい。
おれは横に一閃した刀をもどす動きに、全身のバネをくわえる。
それを見たキンカンの笑顔に、はじめて芯が入った。
タンクトップと同じ、愉悦と嗜虐の笑み。
おのれの勝利を確信したのだろう。キンカンはすでに刀の間合いの外にいた。
そんなこと百も承知だ。
おれは全力で日本刀を投擲した。
銀の光芒が、キンカンの胸に吸いこまれる。
爆発的なエネルギーをのせた刀は、キンカンの胸をいともたやすく貫き、その身体を鍔で押しこむような形で後方に吹きとばした。




