11 階段室
窓口を通してもらい、おれは裏新宿駅に足を踏み入れた。1階フロアの奥にある階段室をおりる。地下1階を通りすぎて向かうのは、四つ葉製薬の霊力化学研究所があるという地下2階だ。
空気の変化は劇的だった。
階段を一段おりるごとに、空気が濡れたように冷たく、重苦しくなっていく。お化け屋敷みたいな雰囲気。みたいじゃなく、こっちの方が本家か。
頭上にあるはずの蛍光灯は取り外されている。電気製品はあてにならないからだろう。かわりに踊り場の片隅で、カップキャンドルの炎がささやかに揺れている。
信じがたいことだけど、こんな裏新宿駅にも暮らしてる人がいる。
……ちょっといかれてる。想像しただけで息が詰まりそう。
冷蔵庫も、電子レンジも、もちろんネットだってない。こんな不便な場所で生活するなんて、おれには絶対に無理だ。文明人だもの。
あきれながら、しかし同時に、たいしたもんだ、ともほんの少しだけ思う。
実は、おれが使ってる刀は、この裏新宿駅でつくられたものだ。ここの地下1階で一年の半分近くを過ごす、埋忠という刀工の手によるもの。
埋忠はおれの元同級生。見た目は、頭に手ぬぐいを巻いたサングラスの無精ひげ。あいつが、どうしてこんな場所で刀を打っているかというと、理由はただ一つ。
霊刀をつくりたいから。
霊刀をつくるには、すぐれた技術とよい鋼。そこに、超自然的な力の干渉が必要といわれている。その超自然的な力、霊脈の影響を最も強く受ける場所が、この裏新宿駅だ。
「わかる。わかるよ埋忠」
おれは理解のある男だ。
霊刀、その響きには浪漫がある。
浪漫に生きる男、埋忠。
ここにいる連中は、多かれ少なかれ、そんな理由を抱えているのだろう。豊かで安全な生活と引き替えにしてでも、人生を賭けるだけの理由を。
そんな生き方に、少しくらい敬意を感じなくもない。
地下2階について、おれは足を止めた。
階段室のドアには、怪異よけの霊符がこれでもかと、べたべた貼りつけられていた。
「……おれはこんな場所、絶対にごめんだけどな」
理解のあるおれにも、理解しがたいことはある。やっぱり、こんな場所で暮らすのは変人以外の何者でもない。
ふと思い出したのは、変人・埋忠がにやけたツラで言い放ったセリフだった。
「住めば都っていうだろ。駅チカだぜ、駅チカ!」
たとえ新宿駅の地下にあろうと、利便性を犠牲にした駅チカなんて、認めてたまるかと思う。
 




