10 裏新宿駅・窓口
四つ葉製薬の霊力化学研究所の下調べに3日かかった。
研究所の人員や警備態勢、そういったものを調べるのはユウキの仕事。おれの出番はなし。ラブホに盗聴器を仕掛けたりならできるんだけど、今回のように足を使わない調査は、ユウキにまかせるしかない。
あべ探偵事務所は分業制で、しっかり担当が決まっている。探偵業をはじめる前、学生時代から自然とそうなっていた。おれは霊術がからきしで、ユウキは武術がからきしだから。肉体労働と頭脳労働、という表現もできなくはないが、肉体労働だからって卑下しちゃいけない。
体は資本だ。健康第一。
『健康には自由がある。健康はすべての自由で第一のものである』
いいね。どこの誰だか忘れたけど、昔の人はとてもいいことを言ってくれた。
何にせよ、ここからは討ち入り、もとい威力偵察の時間になる。つまり、おれの出番と。ユウキは留守番。
週末の深夜。おれは新宿駅の地下に向かった。
新宿駅の駅員用通路の奥には扉がある。電子錠の近代的な扉。そのカードリーダーに、スイカではなく霊能力者免許をかざすと、小さな電子音とともに扉が開く。
そう、免許である。
霊能力者はうさんくさい、というのが定番だけど、実のところ国家資格だったりする。この免許は、おれにとっては必需品だ。携帯していないと、日本刀をもってうろついてるだけで、警察に連行されてしまうから要注意。実際に連行された経験のあるおれが言うんだから、これほど説得力のある言葉はない。
扉をくぐれば、そこはタイル貼りの明るい通路になっている。普通の駅とたいして変わらない光景といっていい。災害のために運休中、利用者の姿が消えた駅、といった感じ。
窓口には中年の男が入っていた。JR職員そっくりの制服に、白髪交じり。ネームプレートには、山口と名がある。彼は山手探題の役人だ。おれは何度かここに足を運んだことがあるから、面識があった。
「こんにちは。裏新宿駅にはどのようなご用件で?」
こんな夜更けに、と怪しまれることはなかった。霊能力者の仕事は深夜の方が多いから、当然といえば当然。
「こんちは。ちょっと試し切りに」
「刀ですか、いいですね。……最近は少なくなってしまいましたが」
山口は、おれの左肩にかかるクラブケースに目をやった。この中に日本刀が入ってることくらい、一目でわかるだろう。裏新宿駅なんて物騒な場所で、ゴルフの練習をするやつがいたら、そいつは物好きの範疇を超えている。
おれはクラブケースを揺するように、肩をすくめて、
「日本刀をふりまわすより、式神にまかせて後方にいるほうが安全ですから」
「いやぁ、式神で処理できる怪異なんて小物どまりですよ。私が若いころは、刀を差してようやく一人前、だったもんですけどねえ」
まるで武士について話してるみたいだけど、霊能力者の話なんだ、これが。
刀というのは、とかく霊能力者と相性がいい。それ自体が簡易の結界にすらなる、というのだから、術がとてつもなく下手なおれは重宝している。
山口は昔を懐かしむように目尻のシワを深めてから、ああ、と思い出したようにうなずいた。
「電子機器はおいていってくださいね。使い物にならなくなってしまいますよ」
それは欠かすことのできない、定例の言葉だった。
もちろん、スマホの類いのものはすべておいてきた。裏新宿駅では、電子機器は一切使用できない。それどころか、エジソンがつくったような蓄音機や、維新志士を写したようなカメラですら、心霊現象で面白いことになるそうだ。
ま、面白いといっても、霊能力者からしてみればただの心霊現象にすぎない。
これが、坂本龍馬と写真が撮れる! とでもいうのなら、試してみたくもなるんだけどね。




