短剣と逆鱗
青年とドラゴンが互いの様子を窺っている。
じりじりと詰め寄り、また離れる。
永遠とも思える長い長い膠着が続いたが、堰を切るように青年がその均衡を打ち破った。
腰にぶら下がる得物を逆手に持ち、ドラゴンに向かって駆け出した。
青年の得物は、青年と同じく一際小さな短剣だった。
ドラゴンを穿つにはとてもじゃないが頼りない、小さな小さな短剣だった。
その小さな切先がドラゴンの肢体に触れようとした刹那、青年は勢い良く後ろへ弾かれた。
慌てて立ち上がり、青年は矮小な短剣を再び構える。
視線の先には大きな翼を拡げたドラゴンの姿、それはまさに巍然屹立の様だ。
ドラゴンは辺りを見回してから、ゆっくりと青年を睥睨する。
ドラゴンの瞳に青年は後退りし、気付いた。
「あの翼の羽撃きにやられたか」
だが青年は諦めない。
退けば自分は死ぬだろう。
青年は何度も同じように短剣を持ち、幾度も同じように襲いかかり、何遍も同じように弾かれた。
青年は未熟だった。
その弱い肉体と小さな得物で斬りかかることしか頭に浮かばなかった。
ただひたすら、ドラゴンに立ち向かうしかなかった。
同じことを繰り返す青年を、ドラゴンは嘲笑うかのように弾き返していた。
つまらぬ。ヒトはこの程度か。
だが、その慢心が、青年に機会を与えた。
青年の刃がドラゴンの首元に遂に届いたのだ。
しかし、青年の刃はドラゴンの頸部を穿つことなく、微塵と砕けてしまう。
ドラゴンは、己の軀に触れた青年を憎悪し、鋼の如き尾を彼に叩きつけた。
落雷にも勝る衝撃を一身に受け、地面を転がり、挙句その場に突っ伏した。
全身を強かに打った青年は小さな身体を精一杯立ち上がらせようとしたが、痺れて動けない。
それでも残りの力を振り絞り、恐怖と苦しみの表情で顔を上げると、怒りを露わにしたドラゴンがそこにいた。
余裕と慢心に溢れていたドラゴンの急な豹変に困惑した。
何故そこまで怒り狂ったのか。
青年は知らなかった。
ドラゴンの首筋にある逆さに生えた1枚の鱗、それに青年の短剣が当たっていたのだ。
まさに逆鱗に触れたのだろう。
激昂したドラゴンは大きく息を吸い込む。
無数の牙と赤い舌の奥から、チラチラと炎が見えた。
そして、全力でその炎を、青年へ向けて吐き出した。
……はずだった。
ドラゴンの顎から放たれた爆炎は、青年に届くことなく掻き消えた。
ドラゴンもまた未熟だった。