表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

6.装備な兄、ライフルは鈍器

自分で書いておいて設定がよく分からない。

「兄さん、変な家訓を勝手に作るのはやめてよ」


「あぁ、起きたのか」


 優雅は目覚めた弟の体調の心配をすることも、走る足を止めることもなく、どうでも良さげに声を掛けた。


「そりゃ起きるでしょ。うるさいし、脚になんか食い込んで痛いし、何より兄さんのヤバめな発言には過敏なんだよ僕は」


 迅は現状を把握しようと周囲を見渡した。

 砂塵でさほど遠くまでは確認できないが、自宅を爆破されて目が覚めたら外国に居るという、余りに理解不能な状況に顔を引き吊らせる。


「ねぇ。兄さんここどこ。何したの」


 とにかくこの原因を知るべく自分を負っている兄を見て更に驚いた。  

 身近で起こる事件は、どんなに奇天烈・奇想天外な珍事でも大体いつも兄が犯人だった。


「知らんし、何もしてねぇ。携帯電話が圏外で現在地が掴めねぇし、俺らの家がどうなったかも調べられねぇんだよ」


「じゃあ何で僕たち小さくなってるの」


「それは切実に俺が知りたい。そんで犯人を見つけ次第吊して、俺から奪った胸肉を削いでやる」


 これが冗談ではなく本気なのが怖いところだ。

 変声期前に戻っているみたいなのにドスが利いている。


「ほとほと正義の要素が見当たらなくなったよね。兄さんがなんでレッドになりたいのか目的が迷子だよ」


 知りたいことはもっとあるのに優雅の残念具合につい要らない言葉が出てしまう。


「別に俺は超格好いいレッドになって怪人共を倒したいだけで、悪の組織から平和を守るためにレッドになりたい訳じゃないからな。それに最近は『待たせたな!』って登場したら大体ヒーロー枠でゴリ押しできるから必ずしも正義の味方である必要はないしな」


「へぇ、そうなんだ。……………それで兄さんは犯人も分からないし、ここがどこかも判ってないのに何処に向かってるの?」


 迅はうっかり脱線させてしまった話題を強引に現状把握に戻す。なぜなら、優雅が普段と変わらない調子でヒーロー談議をしながらも明らかに不穏な轟音が鳴り続けている方に向かって走っているからだ。


「大方想像ついてんだろうが。分ってるなら一々訊いてんじゃねえよ」


「訊くなって言っても訊くでしょ普通!これ絶対めっちゃ爆発してる方に行ってるじゃんか!!」


 慌てて肩を揺するけれど、それで止まってくれるような兄ではなかった。


「設定オープン『空調モードMAX』」


「『空調モード』って何!?」


 《設定『空調モードMAX』了解。酸素濃度調整。空調フィルターを耐パンデミック・細菌テロモードに設定します。───循環開始。動作正常です》


「ぐぇっ!」


 どこからかアナウンスが聞こえたと同時に優雅はカナサごと着ているパーカーのフードを被り、迅の体重移動で力が逃げないように鞄の肩紐を握り締めると、一気に加速して地面を蹴り大きく跳躍した。


『ぁガ…シ…シネ、………死ネ…アガッ!!』


「テメェが死んでろっ」


「兄さん、ちょっっ、うわぁぁぁぁぁっ!!」


 助走をつけて、縮む前の身長より高く跳んだ優雅は進路を妨害するように立っている頭のヤバめな男の頸椎に狙いを定め、子供三人分の体重を踵に乗せてミサイルキックを喰らわせた。

 ゴリッ、とかなり危ない音がしたが、それでも靴を履いていなかった為か致命傷には至らない。


 勢いのままに前方宙返りと一本背負いの要領で、身体が倒れきる前に、男が構えていた猟銃用と思わしきライフルの銃身を掴んで奪う。

 一瞥するが、やはり型もメーカーも知っている銃ではない。


 優雅は着地と同時に振り返ると、フルスイングで男の胴体にグリップ部分を叩き込んで吹き飛ばした。


 道の反対側まで打ち飛ばした男は、体や顔などが壊死したような、どす黒い斑模様になっていた。何かのウイルスにでも感染しているのか周囲にも同じ様な症状の人間が何人もいて、物を破壊し人を襲っている。


 迅はさっきのドコに装備しているのか分からない『空調モード』を点けたのはこれだったんだな、とか。口許覆っておけと渡された布が自分のお気に入りのズボンの裾で、ホットパンツ程に短く毟られているなぁ、とか。あれ、もしかして自分だけ色々剥き出しになってるんじゃないかな、とか色々と言いたいことはあったが黙って布を顔に巻くことにした。


 優雅は男がライフルを構えた先にいた、気を失って倒れている少年に近付くと、その体を起こして唐突に下手くそな腹話術を始めた。


「おい、大丈夫か?『うん。なんとか大丈夫みたい。危ないところを助けてくれてありがとう!』無事ならよかった。『君が助けてくれなかったらきっと死んでた。だから何かお礼をさせてよ』気にするな、したくてした事だ。『そういえば君の足痛そうだね。お礼にならないかもしれないけど良かったら僕の靴を貰ってよ』そんな事したらお前の靴が無くなるじゃないか『いいんだ君が先に進むには靴が必要でしょう?』ありがとな、これでもっと俺は戦えるぜ」


 迅しか観客のいない身振り手振りの三寸劇を終えると、男を蹴って接触したときに汚染された可能性のある靴下を脱ぎ捨てて燃える民家に()べ、意識のない少年から手前勝手な言質で奪取した靴を履く。

 素材はあまり好くないが見立て通りに大きさも丁度良く、優雅は立ち上がると靴を入手して用が済んだ少年をほどほどに安全そうな路地に捨てた。


幼気(いたいけ)な少年から靴を剥ぎ取るとか、人としてどうなの………無下ないなぁ」


「だって足痛いし。仕方なくね?」


 人が踏み固めただけのような大した舗装のされていない道を、二人の子供を背負いながら靴下のみで進めば、当然その負荷が掛かって足の裏が痛い。そんな痛みを感じる事に意外と自分は現代人だったんだなぁ、と驚いた。

 そんなときに得物を持った廃人と、それに狙われている必要物資を持った丁度良いサイズのカモがいたら助けた御礼に靴ぐらい貰っても良いじゃないか。命拾いしたのだから。


「非道い………」


 兄の罪無き少年への傍若無人ぶりに情けなくなるが、優雅はそんな弟の態度に馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「この状況で非道いとか、よく言えるなお前」


「何でさ。兄さんが非道なのは事実でしょ」


「流石の優雅兄様でも弟がお(ニブ)さんだと苦労するわね」


 迅の腹の下、優雅の服の内がモゾリと動き、クスクスと何年か前まで聞いていた幼い少女の声がした。


「なんだ、カナサまで起きたのか。寝てた方が運び易いのに」


「ごめんなさい。極力兄様の邪魔にならない様にするから」


「よかった、カナサも無事で。でも何で兄さんが非道い話で僕がニブいって事になるの?」


 カナサははぁ、とため息を付く。パーカーの中で表情は見えないけど迅に対して呆れているのが分かる。


「迅はここがどこか分かる?周りの人達が何を喋っているのか分かる?」


「どこかは流石に分からないかな。言葉はカナサの国のアヴガント語に似てる気がするから何となくなら分かるけど……」


「そうね、でも似てるけど違う。古語にかなり近いけど多分それでもない。アヴガント語はウチの国の独自言語で周辺国家にすら類似言語もないし未だ起源も解明されていないのに」


「だからと言って、ここはアヴガント王国でもない。こんな感染病の報告も上がってきていないし、あの国に砂嵐が町を覆う程の砂漠地帯もない。大体、この程度の事で俺やカナサの携帯が圏外になる訳がない」


「つまりは、この暴動だか内戦だかが起きているどこか分からない国に、私達はお金もなく着の身着のままで誰かに放置されているわけ。さっきの男の銃口だって、もしかするとこちらに向いていたかもしれないしね。そんな私達が唯一、身を守る為に持っている装備が優雅兄様なのよ」


「兄さんが装備?」


「そう。兄様は今の私達にとって防具であり武器であり移動手段なの」


 何となく分かるが分かりたくない。

 優雅達は現在地特定不能で逃げる場所も、頼れる人間も、助けを求める連絡手段も無い。

 移動するにも略奪した優雅以外は靴を履いておらず、例え履いていたとしても悪路を進むには幼くなった体では迅もカナサも体力不足だし、危ない人間に狙われたときの逃げ足や抵抗力も期待できない。


 三人全員で生き延びる可能性があるとすれば人外に近い健脚と戦闘力を持つ優雅に負んぶに抱っこで護ってもらうしかない。


「だから現状、兄様が他人から奪ってでも何かを手に入れたなら、それがどんなに極悪非道な所業だったとしても身の安全、生きるのに必要な行為なんだから私達も同罪で非難する立場にないのよ」


「そうかもしれないけどさ…………!!」


 迅は未だ目が覚めてからの出来事が理解不能で処理できていない。

 兄がカナサの母国事情に詳しい理由とか、いつから起きていたのかカナサが服の内に居るのに外の状況をやたら詳しく把握している事など、色々と気になる事が多すぎて何から突っ込んでいいのか分からない。


 だから『安全サポート装備』な優雅が迅とカナサを道連れに、目の前に迫る死の危険へ特攻を仕掛けようとしているのを止め切れなかった。


「おうおう!!デカい怪物が居やがるなっ!」


 ウキウキしながら言われなくても、優雅の好きそうな大型の化け物が口から光線を放つ姿が見えている。迅の本能は直ちに逃げろと先に進むのを拒否しているが、優雅の本能は倒せと言っているのだろう。


「流石異世界。大分ヤバめなヤツじゃんか。設定オープン『消音モード起動:92%』『ステルスモード起動:光学迷彩』対象範囲:5ft(フィート)に設定。やべぇな俺アレ()れるかな、殺られるかな?」


「異世界ってどういうことっ!!?」


 迅は化け物に見つかったら命が危ない事は分かっているのに、聞き捨てならない単語に思わず叫んでしまう。

しかし、先ほど手に入れたライフルを鈍器の如く振り回しながら戦闘態勢に入る優雅の設定した『消音モード』にその悲鳴は掻き消された。

無下ない:酷い(可哀想な)事をする

鬼ごっこで九州に行って覚えた方言。という体。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ