5.兄が吠えて走る
色々と出てこない語彙力のなさがつらい。
『キャ───!誰かうちの子を助けてぇぇぇ!!!』
『早く逃げろっ!巻き込まれるぞっっ!!!』
激しい爆音と悲鳴、やたら鼻につく煙の臭いに頭痛を堪えながら重い瞼を持ち上げた。
「うっせえし、痛っってぇし。マジ犯人ブチのめす。てか、────は?」
自分はつい先程まで家族と共に自宅に居た。
否、突然爆発した家から身を守る為に迅とカナサを抱えて庭に退避したはずだった。
「おいおいオイ。なんだよここ」
意識が戻って伏せていた頭を持ち上げてみればアラ不思議。眼前に広がるのは何故か砂埃舞う西部劇風の町だった。
そこはテロか戦争かと思わずにはいられないほど、あちらこちらで火の手が上がり引火した先で爆発が起きている。
「…………意味がわからん。誘拐か?」
周囲にいる逃げ惑う人間も、怒号を上げる人間も見渡す限り皆、大和人どころか東洋人顔ですらない。
観察するに、西部劇風の町と演技ではなく必死で何かから逃げる人々、そこ彼処に転がる生々しい本物の死体。彼らの操る言語と西洋風な古めかしい民族衣装に若干の既視感を覚えつつも此処が大和ではないことを優雅は理解した。
この町はいったい何に襲撃を受けているのか。
それこそ自分達に何が起きたのかも解らないが、まずは弟達の安全を確保するべきだろう。
「…は?」
地面に放置していた二人を拾って抱え直そうと手を伸ばした優雅は、暴動中の見知らぬ土地に突然放置されている事態以上に非現実的な事が自分達に起きていることに気が付いた。
「ほんとに何が起きてんだよ……」
視線の先には迅とカナサが意識を失い横たわっている。
そこにいるのは間違いなく、そう。間違いなく自分の弟と従妹なのだが。
二人は何故か、阿濁家が爆破されるまで着ていた服に埋もれる程に身体が幼くなっていた。
家で爆発が起きた時、迅達には冗談を言ったが、阿濁家の成立ちや所業、血筋を考えれば家を襲撃されることは有り得なくもない。今回は何故か事前察知できなかったが、それらを返り討ちにするのがライフワークみたいなものだ。
そして本人のやる気次第だが人間の体を縮ませる薬や装置を発明でき、それを見て面白がりそうな人物の心当たりも優雅にはあった。
だとすると見知らぬ土地に放置されているこの状況が誘拐もしくは知り合いの実験という可能性がある訳だが、自分達の状態を差し引いても視界に入る情報がそれを否定していた。
「今の時世にガス灯も蒸気自動車も博物館にしか存在しねえし。普通に稼動中とかなんだそれ」
ご近所様に残念な天才と定評のある頭の中では、この謎な状況への警鐘が激しく鳴り響いているが、悩んでいる暇など今は無い。
優雅は立ち上がり、再度二人に手を伸ばそうとして自分のズボンの裾に躓いた。咄嗟に支えようしたが残念ながら手が袖から出ておらず、受け身も取れずにそのままベシャっと顔面から滑りコケる羽目になった。
袖を捲って腕を出すと、悪の組織を倒すべく長年賭けて育てた筋肉がなくなり、手が小さくなっている。
ハっとして思わず自分の両胸を鷲掴んだ。
─────柔い。
「だぁっ、クソっ!やっぱり俺もかよっ」
ドンっ!とまた遠くで爆発音がして空気が揺れる。
優雅は自慢の筋肉雄ッパイがなくなった事が悔しくて悔しくて仕方ないが嘆くのを中断し、小さくなったときに一緒に縮まなかったのであろう長い爪を噛み切り、急いで二人を物陰に移動させた。
元の身体ならまだしも、縮んだ体で両腕に弟達を抱えながらこの場から動くのは難しい。というか手が塞がった状態で攻撃手段が脚のみになると諸々しんどいし2人を同時に護りきれない。
かといってこの場に置いて行くのも頭に描くもしかしたらが現実だった場合よろしくないだろう。
「お前が誘拐されてなくてマジで良かったぜ“相棒”」
ズボンの裾をたくし上げ、何故か犯人に奪われず背負ったままだった愛用の鞄を抱きしめると中からナイフと携帯電話、銀色のペンを1本を取り出す。靴も持っていたがサイズが合わないので履くのは諦めた。
ペンはズボンのポケットに入れ、携帯電話は現在地が圏外なのを確認して鞄に戻すと、ナイフを使い自分のものではなく迅の着ているズボンとシャツの裾を毟ると三人分細く割いてベルト代わりにし、それぞれサイズの合わないダボついた服を手早く調整した。
調節が済むと先ずはカナサを背負うとその上から自分の着ていたパーカーを羽織り直し、本物のベルトで落ちないように固定する。更にその上から迅の脚を鞄の肩紐にそれぞれ通してまとめて背負うとまるで辺境の物売りのような出で立ちになった。
優雅のパーカーはクレイジーな友人に作って貰った特注品で、耐火、耐熱、耐寒、防弾etc.どこのゲーム装備だというような機能が付いているから着ているだけで内側はかなり安全だ。まあ、迅は色々剥き出しになっているが致し方ないということにした。
優雅はもう一度周囲を見渡すと空を見上げて気合いを入れる。
「やったらァ。なんもかんも全部邪魔なモンは潰したらァ!!」
阿濁家長子がただ嵐が過ぎ去るまで身を潜めるなどできる筈がないのだ。
今、目指すはただ一つ。
誰かがドンパチやってる爆心地。
「阿濁家ぇぇ家訓───」
そこに有益な情報があるかどうか分からない。
でも……
「安全の確保とはァ、逃げるにィ非ず!!」
例え体が子どもになろうとも。
遣るべき事は変わらない。
「安全を確保する事ォ、それ即ち力で危険を屠ること也ィ!!」
優雅は人を2人背負っているのを感じさせない足取りで砂煙に紛れ風を切って走り出した。