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僕から見た世界

作者: 夏奈

 僕は僕で良かった。心底そう思う。

だって美桜ちゃんだったら僕はこんなにのうのうと毎日を過ごせていないだろうし、ごはんを心底おいしいとも感じられないだろうし、朝日を浴びて優雅な目覚めを堪能することも出来ないだろう。

 美桜ちゃんは苦しんでいる。それは分かる。いや美桜ちゃんはただの一例に過ぎない。美桜ちゃんと同じ姿形をしたやつらはみんなそうだ。ただその程度が浅いか深いかの違いだ。

 美桜ちゃんは僕の前では笑顔だ。いつもそうだ。頭を撫でて、耳をマッサージして、ごはんをくれる。耳をマッサージする時は、まめ太の耳はフェルトみたいだねなんてよく分からない単語を使ってくるから褒められてるんだか貶されてるんだか分からないんだけど、でもそのマッサージはすごく気持ちいいから僕はその時間が好きなんだ。

 ずっと僕の傍にいればいい。だって、その、ふぇると?みたいな僕の耳を触っていれば美桜ちゃんは笑っているから。僕の隣にいる時は苦痛なんてないんだろ?だったら毎朝、こんなに気持ちいい朝日の中を、そんな憂鬱な顔して出ていかなくてもいいじゃないか。

 僕はね、美桜ちゃんが大好きなんだけど、君のそういうところよく理解出来ないのね、ごめんねって思ってるんだけどさ。

 ある日美桜ちゃんは泣いて帰って来た。僕の所に寄ってきてもくれなくて素通りだ。ひどいな。とは思ったけど、なんかそれどころじゃなさそう。慌ててベッドから起き上がって美桜ちゃんを追いかける。冷たい廊下の足裏感覚は好きじゃないし、埃がつくのも好きくない。いやでもやっぱりそれどころじゃなさそう。

 怒られるかもしれないとは思ったけど、追いかけなかったらきっと何かが壊れる気がしてひやっとするのも埃もガマンして進むことにした。

 階段を昇るのはしんどい。小さい頃は平気だったけど、最近はなんかすぐ疲れちゃうんだよな。でもね、美桜ちゃんはきっともっとしんどいんだと思うんだ。なんでかは分からない。でも泣いていたのは確かなんだから。

 僕の歩幅は美桜ちゃんのそれに比べて小さい。だから僕が息を切らして二階に着いた時には美桜ちゃんはもうドアの向こうだった。僕はよろよろしながらおっきなドアに近づいた。中から美桜ちゃんのすすり泣きが聞こえる。なんでだろう。つらいならもっと大泣きすればいい。全部吹っ切って吹っ飛ばすくらい泣けばいいじゃないか。そんなにちょっとずつ涙を出してたんじゃきりがない。僕はごはんが欲しい時も、おでかけに連れて行って欲しい時も、いつも全力で鳴いていたよ。それでママとか美桜ちゃんによく怒られたしたまに近所のおばちゃんとかからも色々言われちゃったけどさ、でもほら、感情を抑えるのってよくないじゃない?

 そんなことしてるから溜まって溜まって溜まってさ、もう溢れちゃうくらいになっていつか越えちゃうんじゃないのかな僕君らじゃないからそのへんのところよく分からないんだけどさ。

 とりあえずドアの前で鳴いてみる。さすがに小さくだ。しかも何回もしつこくは言わない。一回で十分だろう。

 ゆっくりと美桜ちゃんの足音が近づいてきてドアが開く。美桜ちゃんが小さく驚いたように僕の名前を呼ぶ。出てきてくれただけでもいい。そう思ったのに美桜ちゃんは言った。


 まめ太には分からないよ。

 

 そうだね、そうだろう。君の暮らしてる薄汚れた世界のことなんか分かるはずないし分かりたくもない。僕らの命は君らのそれに比べて短い。君らみたいにいちいち悲しんでいたら明日には死んでるかもしれないんだ。悲しむのに十分な時間があるだけでも幸せだとは思えないのか。思えないよな。君ら、ほんとに弱くて汚くてちっさい生き物だもんなでかいのは図体と態度だけだよな。

 見てごらんよ?君らほど弱い生き物なんてこの世には存在しないよ。僕は病んだことなんて一度もないよ、その、病むとかいう言葉だって美桜ちゃんがいつも言ってるから覚えちゃったんだ。植物だって踏まれたくらいじゃ倒れやしないし、頑張って再生しようとしているよ。そんなこと言ったらまた君は、そんな小学校の道徳みたいなこと言って、って笑うかい?笑ってもいいよ別に。そんなことじゃあ僕は病んだりしないから。君は笑われたり馬鹿にされたりからかわれたりするのがほんとにキライで怖いみたいだけどさ。捨て犬より震えているものね。すっごく怯えた目しちゃってさ。

 見てごらんよ?君らほど汚い生き物なんてこの世には存在しないよ。小さい頃僕がトイレを失敗したり、ごはんを見て思わず、つーってなっちゃったりすると美桜ちゃんは汚いもう!って騒いだから僕は傷心していたよ。でもね、そんなに言うことなかったんじゃない?君らの汚さは違うところの汚さだ。もっとかわいげのない、愛すべからざる汚さだ。自分が可愛くって自分の為なら手段を厭わなかったりさ、自己防衛の為に誰かを追い詰めて笑ったりさ、恩を、なんだっけあの人偏に九って書くやつよ、あれで返したりさ。すごいよね、漢字を作ったのは君らなのにちゃんとあの字を人偏にしたあたり。そこだけは分かってるじゃんって尊敬してやってもいい。僕普段こんな横柄な口はきかないけど、君らのこと見てて嫌気が差してしまったから許しておくれよ。こんなに無垢な僕をそんな気持ちにさせた君らの世界が悪い。

 見てごらんよ?君らほどちっさい生き物なんてこの世には存在しないよ。僕はふぇるとみたいな耳にも、ふっさふさのしっぽにも、生え変わりの時期には綿毛のように飛びまくってママを困らせちゃう毛にも相当な自信とほこりを持っている。ほこりって分かる?廊下に落ちているのじゃないよ?君らの中にはこれを持っている仲間があんまりいないみたいだから一応説明しておくけど、誇りだよ。でもだからって、どうって訳じゃない。美桜ちゃんの持っている文明の機器では、色々な情報が飛び交ってるみたいだねこれっぽっちも興味ないけどね。前美桜ちゃんに見せてもらったことがあった気がして何となく覚えているんだけども、なんかのページに恋人との写真を載せている馬鹿を見た。君らはこの機器によって世界中と繋がれているんだっけかこれっぽっちも興味ないけどね。こんなものその恋人との間で大事にしまっておけばいいのに、恋人は自慢のツールに過ぎないのだろうか。君ら単細胞の世界のことは僕には理解しかねるが、きっと恋人という唯一無二の大事な存在すら君らにとっては自慢のツールかつアクセサリーかつ単なるステータスに過ぎない。おともだちはそうであったとしても、頼むから美桜ちゃん、君だけはそんな馬鹿どもの仲間にならないでおくれ。そんな写真を見つめていいなぁ、なんて言わないでおくれ。そんなこと言われたら僕と君の価値観はまるで違ってしまう。それに愛しき美桜ちゃんよ、


 君には僕がいるよ、そりゃあ美桜ちゃんにだっていつかはそんな素敵な存在が現れるのかもしれないし、まぁそんなやつが出来たらちょっと妬いちゃうけどさ、それは置いとくとしてもだ、美桜ちゃんにはそいつを心から大事にしてほしい。金じゃないんだ、気持ちだよ、きもち。今から他と比べて焦ったり悲しんだりする必要は皆無だ。自分に誇りを持てばいい。何も自慢できる所が無い?そんなの美桜ちゃんが決めることじゃない。僕はたくさん君のいいところを知ってるもの。羅列してもしょうがないから的を絞って言うと、僕の前ではいつも笑ってくれるところ。多くを望みすぎるのはいいことじゃない。そんなささやかだけど幸せなのが一番いいんだ。欲があるのが悪いこととは言わないけど、まぁありすぎるのはいかがなものなのよ?


 君らは自分の時間に甘えてないかい?もしかしたら僕より早く死んじゃうかもしれないのに。


 いつか君が読んでいたね、病気の女の子のお話。病気のせいで長くは生きられない、だから残りの時間を自分の好きなことして生きようと決めたのに、その子は通り魔に遭ってさくっとやられて死んでしまった訳だ。それで、その子の大切な存在だった男の子が言うんだよね、あの子の命の時間に甘えてたって。

 まぁつまりはそういうこと。いつ死ぬかなんて誰にも分からない。周りの目ばっかり気にして生きててなんか楽しいかい?言いたいことはちゃんと言えよ。怒りたいなら全部相手にぶつけたれ。泣きたいなら声張り上げて泣けばいい。激しくていい。ガマンしたらいつかばーんってなっちゃうんだよ。もしかして君のお友達、そうなっちゃったんじゃないの?それで君は泣いてるんだ。勝手な僕の想像だけど。


 僕には分からない?それは君の驕りかい?ニンゲンなんか何も偉くはない。偉ぶってるだけだ、すっかすかのくせに。僕のことなめんなよ?



 













 なーんてね、今言ったってもう届かない。僕は死んだ。短い犬生を全うして豆柴のまめ太はもういない。こんな汚れた世界に未練なんかあるわけないと言いたいけど、一つあるとしたら君にこんな大事な話を伝える為の言葉を僕は持ち合わせてなかったってことだ。今は君をここから見守ることしか出来ないけど、君にも人生を全うして欲しい。悔いなく生きてくれれば十分だ。君は僕が見初めた女の子なんだから自信持ちなよってこれはまぁ冗談だけどさ。


 この先何かあった時は、昔君の隣にいた丸っこいちび犬がやったばかなことをひとつ思い出して泣きながら笑ってくれよな。


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