遺された人々は…
第三章 遺された人々は……
その後、私と陸は普段通りの高校生活を送った。そして放課後、陸は考古学部、私は美術部に入った。
伊織が死んだ後も絵を描き続けている。そうすればいつか誰かが評価してくれると知ったからだ。あの後、私の画力は上がって、時々市のコンクールで入賞したりもした。
そして、先生は大学は美術関係を勧めてくれた。
陸が考古学部に入ったのも理由がある。それは亡くなった人々が、そこで生きていたという記憶と記録を遺す為だった。志手山町では亡くなる人が多い。だからそれは歴史上ではなくても、重要な事だった。
美術部を終えた私は、また電車に揺られ、志手山にも戻る。そして、晴人と叔父さんが待つ家に帰るのだ。
交差点に差し掛かった時、偶然由香ちゃんに出会った。
「真海さん、学校から帰ってきたんですね!」
由香ちゃんは私の元に駆け寄って来る。
「ただいま。こんな時間に珍しいわね、由香ちゃんはどこに行ってたの?」
「あ、両親の代わりに買い出しに行ってたんですよ。」
そう言って、レジ袋を取り出した。
「そうなの、偉いわね。」
私はそう言って、由香ちゃんの肩を叩いた。
「そうでもないですよ。真海さんの方が、私よりずっと………。」
由香ちゃんは交差点を眺めた。
「………そういえば、真海さんと初めて出会ったの、ここでしたね。」
「そうだったわね……。」
駅前の交差点は、相変わらず交通量が多かったが、未だ信号機は付けられていない。そのせいなのか、毎月のように事故が発生し、死亡者も出ている。
由香ちゃんも、それに巻きこまれた人だった。
伊織の事があって数日後の話だった。私がその交差点を通ろうとした時、その脇に花束が置かれている事に気づいた。
「また、ここで誰か死んだのかな。」
よく見ると、そこにはお菓子やぬいぐるみも置かれている。どうやら死んだのは小さな女の子のようだった。
残念ながら私はたまたまここを通り掛かっただけなので、そういうものを一切持ち合わせていなかった。
そして、それを横目に立ち去ろうとした時だった。
花束の前で泣いている女の子が居た。しかも、その子はこの前すれ違った双子の一方だった。
「……千香が死んじゃった、どうして、どうしてなの…?」
その姿が、この前伊織を失った時の私に似ていたから、思わず私はその側に行った。
「どうしたの?何があったの?」
私は中腰になって、女の子に話し掛けると、うつむき加減でこう言った。
「………私のお姉ちゃんの千香が、私をかばって、死んでしまったの。」
女の子は泣き出した。
「千香、どうして私をかばったの?自分が死ぬ事が分かってたはずなのに、あの時どうして私の事を………………。」
私は思わずその子を抱き締めた。
「辛いんだね、悲しいんだよね、よしよし。」
「お姉さん………?」
私はその中で、晴人と一緒の時と同じ感情が芽生えてきた。
「私があなたのお姉さんになる、だから私の前では自分の思いを言って良いよ。」
「お姉さんが、千香の代わりに…?」
「もちろん、全部の事は出来ないかも知れない。けど、話を聞いたりはするから。」
「お姉さん…、私、嬉しい。」
女の子は私を見て、笑顔になった。
「私は青山真海、小学四年生。あなたは?」
「私は草壁由香、幼稚園の年長さん。これからも、よろしくね、真海さん。」
由香ちゃんはそう言って握手をした。そして、両親がやって来たので由香ちゃんは行ってしまった。
「あの時は、まさか本当の姉妹みたいな関係になるとは思わなかったです。」
あれ以降も、由香ちゃんは私の所に来てくれた。一緒に中央公園で遊んだり、晴人や瞬君、友也君の遊び相手にもなってくれた。
「失ったものもあるけど、それがあったからこそ手に入れられた存在もある。ひょっとしたら由香ちゃんは、伊織が連れてきた存在かも知れないわね………。」
「そうですね、今も千香が生きてたら、ひょっと二人だけの世界で生きていて、こんなに広い世界を知らなかったかも知れませんね。私、あの時真海さんに出合ってて、良かったです。」
そして、もう一度交差点をみた。
「もうすぐ、四年四組の七回忌ですよね?そういえば真海さん、私と会った後も交差点に残ってましたが、何をしてたのですか?」
「ああ、あの時?…こんな話、しても良いのかな?」
「過ぎた事だから、気にしなくて良いですよ。」
私は由香ちゃんの方を見て、あの後の話をし始めた。
由香ちゃんと別れてからも、私は交差点を見ていた。そして、翌日花束を置いておこうと思って立ち去ろうとした時、背後から下駄の音が近づいて来た。
振り返るとそこには、深緑色をした着物の男が居た。髪の毛は焦茶色で、鼻まで前髪が伸びてて、口元しか見えない。
その人のなんともいえない気迫に押され、私は後ずさりした、にも関わらずその人は近づいて来た。
「また、ここで誰かが死んだんだって?」
私はその人に出来る限り、自分の感情を示さないようにするのに必死だった。
「ここで誰が死んだかなんて、あなたには何も………。」
「知ってるのなら、教えてくれないか?私はその話を小説にしたいんだ。」
気迫が一気に私の方に向かって来る。それに耐えきれなくなって、遂に口を開いてしまった。
「………死んだのは、双子の女の子です。その子の姉の方が、妹をかばって、そのまま轢かれました。そして、妹だけが生き残ったんです。」
男は本を開いて何かを書き留めている。
逃げ出したいのは山々だったが、体が何かに縛り付けられたように動かない。
「そうか…。後、もう一つ気になる事があるんだ。この前志手山の合宿場で、不発弾の爆発死亡事故があっただろう?その時の話を聞かせてくれないか?」
男はそう言って、肩を叩いた。その衝撃が静電気のように体中に行き渡り、背筋が凍り付いた。
「不発弾、ですか?私はただ、四年四組が全員死亡した事しか………。そうだ、あの後私が行った時、奇妙な事があったんです。まるで幻を見せられてるような、そんな感じの…………。」
体の震えが収まらないにも関わらず男は、恐れる私の様子を楽しんでいるようだった。
「……ありがとう、これで良い小説が書けそうだ。…………大丈夫、悪いようにはしないから、ね?」
私はその場にひざまずいた衝撃で、男の目が見えた。
その目は、人間のものとは思えない程、狂ってて、赤く見開いていた。
男はそんな私を見て、にやりと笑って、その場を去った。それからも私は何かに取り憑かれたように、しばらくその場から動けなかった………。
由香ちゃんはその話を聞いて、しばらく考え込んだ。
「まさか、あの時に会っていたなんてね。」
「『闇深太郎』にですか?」
私は瞬君の事を思い出した。
「由香ちゃんにはまだ話してなかったっけ?怪奇小説家『闇深太郎』、本名は渡辺茂さんって言うんだけどね、その人はずっと昔から、前世の自分が描いた本に取り憑かれていたの。その呪縛を瞬君の力でなんとか解いたんだけど………。」
「瞬君が、ですか?」
「うん、あの時瞬君が居なかったら、茂さんは、今もあんな感じだったんだなって。」
そう想像すると、震えが止まらなくなった。
「へぇ、そんな人だったんですね、私が会った時は優しかったのに…。そうか、真海さんがあの時言ったから私達の物語が、茂さんの小説に載ってるんですね。」
由香ちゃんは夕焼けの空を眺めた。
「茂さんは今、何をやってるのでしょうね、『闇深太郎』の新刊は毎回買ってるのですが、あの家には居ないし、何処に住んでるのですか?」
「うん、青波台に住んでる話だけど、あれから直接会ってない。」
「そうですね、また会えたら…………。」
由香ちゃんは私の方を向いて来た。
「そういえば、私は今年千香に会えたんですが、真海さんは親友に会えたんですか?」
私はそれを思い出して、悲しくなった。
「そうだ、伊織は未だ私の前に現れてない。伊織の事だから、全くの未練もなく逝ってしまうなんてあり得ない、きっと、私に伝えたい事があるはずなのに……。」
「私、七回忌行きますね。」
「由香ちゃん、ありがとね。」
そして一緒に家に帰った。
「そうか、七回忌か…………。」
私は伊織との写真の隣に、自分の伊達メガネを置いた。
この伊達メガネは、高校生になった時、叔父さんがプレゼントしたものだ。女の子として生まれたはずの私が、あまりオシャレをしないのを気にして、買ったらしいのだが、それならなぜ伊達メガネなのか、叔父さんの意図が全く分からない。
それでも、貰ったものは嬉しいので、学校以外は付けている。
「これも一応持って行こうかな。」
私は引出しの中から伊織とお揃いのヘアゴムを出した。髪を下ろすようになってから全く付けていない。
「伊織、待っててね。」
私はカレンダーの印を見て、笑った。