四年四組の惨劇
第二章 四年四組の惨劇
私は志手山駅で電車を待っていた。この町には一時間に一回しか電車が来ない。だが、それは私の通学にとってかかせない物だった。
私が通う高校は、青波台という場所にある。そこは志手山から十駅離れた都会の町で、そこの青波高校は偏差値が高い事で有名だ。
志手山は中学校までしか無い。だから高校、そして大学はどうしてもここを出るしか無いのだ。
私は出来る限り、この町を出たかった。そして誰にも知られないような遠い町で暮らす事が夢だった。
だから私はこれ以上無い程勉強して、この青波高校に入った。だが、まさか同じように志手山からこの高校に入ってくる人がいるなんて思わなかった。
それは、伊織と同じ四年四組だった向井陸だった。
陸とはここの所毎日同じ電車に乗っている。本数も車両も少ないから、偶然だとしても、どうしてもそうなってしまう。
「青山、また一緒になったな。」
陸は眼鏡の奥の目で私を見た。
「私に一時間早く学校に来いと?無理だよ、家の手伝いもあるのに。」
陸はそれを聞いて、窓の外の景色をぼんやりと見た。
「すっかり暑くなったな。もうあの夏が近づいて来たのか。…確か、今年が七回忌だったよな。」
陸の半袖シャツは、冷房が効いてない車内でぐっしょりとなっていた。
「もうそんなに時が経つのね。」
「………あの出来事は今でも忘れないな。何しろ、僕以外の四年四組はみんなあの合宿で死んだんだからな。」
「そうだ、伊織も…………。」
私は伊織の顔を思い出した。
「まぁ、あの時の僕も病弱で、明日か明後日には死ぬって毎日言い聞かされていたんだからな。けど…、そんな僕が今も生きてて、元気なみんなが死んでいっただなんて…世の中何が起こるか分からないよなぁ。 」
私達はそう言ってあの時の話を始めた。
伊織や陸が通ったクラス、四年四組、私は三組だったので詳しい事は分からないが、伊織を含め、友達思いで賑やかな人が多かったらしい。
私の代はちょうど人数が多く、この小学校で唯一四クラスまで作られた。
後で考えるとそのせいもあったかも知れない。
夏休み、四組は全員で合宿をする事になった。一泊二日、志手山の合宿場で寝泊まりするだけだが、クラス全員が参加する行事とあって皆、楽しみにしていた。
だが、陸は参加しなかった、いや、参加できなかったのだ。
その当時の陸は病弱で、合宿どころか学校もあまり行けていなかった。合宿の話はお見舞いに来た人から聞いたのだ。
「四組がいなくなってから、僕はお医者さんも驚くような早さで回復していったんだ。」
確かにあの後陸は、私の三組に編入して来た。それからはあまり休んでない。
「ねぇ、被害状況ってどんな感じだったの?」
「僕は新聞に載ってる事しか、それは青山の方が詳しいだろう?」
「あっ、そういえば私、あの後の合宿場に行ったんだったっけ………。」
電車はいつの間にか、青波台駅に着いたようだった。私達はそこから降りて、歩いて学校に向かった。
………七年前の夏、伊織がその合宿で居ない間、私の遊び相手は七歳離れた弟の晴人しか居なかった。晴人も確かに良い子だったが、伊織と同じようには遊べない。私は、早く明日になって伊織と遊びたいな、って思っていた。
その時、信じられないニュースが入って来たのだ。私がふとテレビを付けると、そこには、伊織達が泊まっているはずの合宿場が灼熱の炎で燃え盛っているという映像が飛び込んで来た。
「姉ちゃん、これ志手山町だよね……?」
私には晴人の声も届いて居なかった。ただ、画面の奥の、そして山の裏側の景色に圧倒されているだけだった。
「伊織は…、大丈夫かな?」
そう思うのに必死だった。そうでもしないと私は、晴人の目の前で、姉が弟の前ではやってはいけない事をやってしまうかも知れなかったからだ。
翌日、火が収まってから私はその合宿場に向かった。
被害状況は未だ新聞にも載っていない。
他の人は死んでも伊織は…、伊織だけは生きているかも知れない、そんな浅はかな考えだった。
合宿場に着いた時、私は驚いた。一夜で燃えたはずの合宿場が、その跡を残さず以前の姿でそこに立っていたからだ。
私は周囲を見渡して何も無い事を確認して中に入った。
そこは、人こそ居ないが、内装にも燃えた跡は無かった。
私は二階や、体育場、台所も調べたが、人が全く居ない以外は異常も何も無かった。
そして、伊織を見つけて帰ろうとしたその時、何処からか煙の臭いと火の音が聞こえて来た。私は慌てて非常口から逃げようとした。その時、向こうの壁から伊織の声が聞こえた。
「真海、ごめんね…、私はもう………。」
私はその壁を強く叩いた。
「伊織?!そこに居るの?!」
燃え盛る合宿場の中、私は伊織が居る部屋の扉を開けた。が、誰も居ない。
壁や天井はどんどん燃え落ちて行く、危険を感じた私は慌ててそこから逃げ、外に出た。
すると、私の目の前には焼跡と化した合宿場があった。
私は慌てて手や服を見た。するとあの燃えた中に居たはずのそれは、全く燃えていなかった。
「そういえば、熱いと感じなかったな…。」
私はゆっくりと立ち上がり、焼跡の中を歩いて行った。すると、そこには炭と灰になった瓦礫と一緒に、黒っぽい人のようなものが転がっていた。
すぐに焼け死んだ人の死体だと分かった。それを何十と見た後、私は二階が焼け落ちた所を見た。すると、髪の毛が長い人の死体があった。その先には炭となったヘアゴムも落ちている。
「これは…、伊織の死体…?」
私はヘアゴムを持って、自分のと確認した。
「やっぱりそうだ、伊織はあの時に………。」
私が駆けつけた時には、伊織は既に死んでいた。それなら、私がさっき見たあの景色は何だったのだろうか…………。
私は伊織の死を受け入れざるを得なくなった。だが、いざそうしようとすると、伊織との楽しかった思い出が頭を回って離れられない。
それを忘れたら悲しまなくなるのだろうか、だがそうしたら伊織そのものも忘れるかも知れない。私はそれも手放せなかった。
炭となったヘアゴムは、私の手の中で跡形もなくなっていった。伊織は目の前に居るのに、触れられない。
その事実を受け入れなければならないのだろうか………。
私は焼跡に座り込んで泣いた。泣いても泣いても、すっきりする訳でも、伊織が戻ってくる訳でもない。
だが、今は、今だけはそうしたかった。
消防員の気配がした、焼跡に人が居ると知られたら、ただ事では済まない。私は急いで山を降りて行った。
そして、家に帰ろうとした時、私の横を二人の女の子が通って行った。双子なのだろうか、身長と髪の長さは同じくらいで、手を繋いで歩いている。
私も、伊織と手を繋いだ事があった。その温もりの感覚は今も残っている。だが、それを失った私はもう、仲が良い人と手を繋ぐ事は無いだろう。
だから、せめてあの二人には、そのかけがえのない時間を大切にして欲しいと思った。あの二人には私達と同じ目には遭って欲しくない。だが、私はそう願う事しか出来ない。
それでも、人の願いは身勝手で、浅はかなものと知っているから、私にはどうしようにも出来なかった…………。